常世の夜灯
めいき~
とこよのあかり
夜に見える灯りは、都会のオアシスである。
蛍の季節は、夏に入る前に終わる事が多い。しかし、サラリーマンにとっての月夜の蛍とは、重い足取りを照らしてくれる。深夜にあけてくれている店達。
これらの蛍は、閉店という文字と共に光を消す。
人手不足の昨今、誰が好き好んで深夜まで働こうと言うのか。
それでも、同じように疲れ果てた働き人にとって。まるで、街中で輝く竹を見つけたような気持ちに一度や二度はなるはずだ。
夏のうだるような暑さ、家に帰っても真っ暗な部屋。秋の落ち葉を見ては、あの落ち葉の様に何処かに流れていきたいと感じる様な。眼からハイライトが消えかかったその時に見る入り口の灯りに。
晴れていれば、月が昇る様に。星が瞬く様に看板たちが心に呼びかけるのだ。
薄給で得た、金銭を握りしめ。今日もその中に誰かが吸い込まれ。幻想的な姿は何処にもない。むしろありきたりの小さな席と小さな机があるだけの店だってある。人生でさえ輝きの少ないサラリーマンにとって、メニューを頼むごとに料理が置かれ机の上が華やかになるのだから。
隣や奥を見れば、自分と同じように疲れた顔の人間がまるで家族で食卓を囲んでいたあの頃を思い出す様に料理を並べていた。
誰にではなく、自分にお疲れ様と呟いて。最初の一杯を力いっぱいあおる。
店の中に月光は無いが、月色に輝く黄金の液体は冷たく体の中に消えていく。
タコさんウィンナーを頼むと、幼い頃に母が作ってくれた弁当に二個申し訳程度に入っていたあれが金属の安っぽい皿の上にぎっしりと並んだそれがでてきた。まるで、それは学芸会の様に並んでいて。しばし、思い出した様に一節を歌いだす。
たった一皿で、もう酷い枯れ果てた人間はそこにはもう居なくて。
大きな子供が、楽しそうに歌うだけ。
明日の現実に負けない様に、蛍は水を飲んで短い時間生きる。
サラリーマンは、何処かの店で夢を飲み。
月光の様な香りを夢に見て、想い出を抱きしめ。
古ぼけた椅子が破れかけ、まるで自分達の様だと薄く笑う。
さっきまで、学芸会の曲を歌っていたのに。今は机が寂しいと、料理を頼む。
明日も、明後日も。そうやって、明滅を繰り返し。
見渡せば、同じようなサラリーマンたちが。同じように瞬いて、都会という河原に消えていく。それが、三途であろうが賽のであろうが。
悲しくも、当たり前の毎日がそこにはあって。
せせらぎの音の様に、都会の雑踏が流れていく。
排ガスの様な淀んだ都会に。人と言う蛍が瞬くその様子を、華やかな席からただ眺め。自然と、お疲れ様という言葉が口をつく。
消えそうな光を放ちながら。明日も、何処かの店にとまる蛍として。
今日も、色んな街から色んな蛍の歌声が聞こえるのだろう。
悲しい歌、懐かしい歌、楽しい歌。想い出の数だけ歌がある。どんな蛍にも、子供の頃があるのだから。
気がつけば、店の奥から料理人の歌声が聞こえてくる。そんな日もあっていいじゃないか。
俺達は、同じような蛍で。社会と言う川をふらふらと懸命に飛んでいる。
ただの、蛍なんだから。光は強くなくていい。匂いを放つ所だって蛍みたいじゃないか。人は加齢だが、それでいい。
ただこうして、座って。
同じような蛍の邪魔をせず、お互いに河原を照らそうじゃないか。
その光景はきっと、幻想的ではなく現実的。
「乾杯」
その言葉だけで、今日という日が報われた気がした。
<おしまい>
常世の夜灯 めいき~ @meikjy
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