第4話
何の返答もない。
本当にあの人は居るんだろうか。誰もいないかもしれない。緊張で手に汗を感じながら、一段づつ登っていく。
下からの光が届かなくなり、頭上は真っ暗だ。手を伸ばすと持ち手があり扉になっている。
ゆっくり押し上げると、眩しい光と新しい空気が広がる。
誰も居ない?
あの金髪に騙されたのか。悲しくなったが、せっかく登ってきたので珍しい景色を堪能しようと屋上に立つ。
清々した気持ちで、ぐるりと見渡す。
と、居る。誰かいる。
誰かじゃない。アカオさんだ。
「アカオ会長!」
「本日、16時から"武士の野点"を予約してました」
あの人に届くように声を出す。
「遅れてすいません」
準備してくれてたろう。待っててくれただろう。
「行けなくてすいませんでした」
行きたかったのに。楽しみにしてたのに。私はなんで?
涙がにじんできて、下を向いてしまう。
「カワガキさん」
近くに声がする。
驚いて顔を上げると、アカオ会長が少し離れた所に立っていた。
私の事、私の名前を覚えていたんだ。手にはあの器を持っている。
「これは君が教えてくれた。」
器を優しく持ち上げて言う。
「君はいつも真剣で厳しくて勉強になった。尊敬してる」
「実は"武士の野点"は人気がなくて、予約は1件だけ」と、少し笑う。
「だけどこの器を使う誰かが、君で嬉しかった」一度外した視線をもどして続ける。
「時間に現れなくて、絶望したけど、今来てくれた」
「それで充分なんだ。泣かないで」
いつの間にか私はとめどなく涙を流していた。
あの人に促され、私達は並んで座る。
「あそこの花壇の端に生えている小さい木達、わかる?」あの人が指差す。
「あれはお茶の木なんだ。春になったら摘んで飲みたいと思ってる」
夕暮れが近くなり、ひんやりとした風が二人の服をはためかす。
「その時は、今度こそ、一番に飲んでほしい」
空も陽の光も赤みが強くなってきた。アカオ会長の横顔も赤く照らされている。少し俯いた顔は黒髪が揺れて表情がよく見えないが、耳は赤い。
きっと私の顔も赤く熱を持っているだろう。
お茶を やってみる @yasosima91
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます