第15話 焚書の後調べ

 浚帝は反乱軍を制圧し、西天連峰の豪族たちを従えた後、焚書を行った。貴重な渡来文書や異民族研究書が焼かれた。そして自らこそ珀帝国始祖と潤帝の遺志を継いでいるとして、新しい歴史書編纂の事業を開始した。輝かしき珀帝国の発展に、異民族の関わりなどあり得ないものとして排除された。

「将軍が刻まれているのは、かつて螺鈿宮にあった物語の数々でありましょう」

「さあ、文字を学びながら記憶を辿るまでに随分かかってしまった。どこからか耳にしたものや、俺が創ってしまったもの、誤ったものもあるだろう」

 私は伝え聞いていた通りの人柄に、礼をしたまま微笑んだ。

「私は父を継いで商売をしておりますが、幼い頃、父が私の傍らにいることは稀でありました」

 父は長らく戦場へ赴いておりました。戻って参りましたが、負傷のため長距離の交易に出ることが叶いません。私は、父がなぜのために家族を残して働きに出なければならなかったのか、ずっと分かりませんでした。私を見つめる将軍の瞳が揺らめき、罅割れたた頬が震えた。

「シャラ! 父君の、面影が……」

「父は悔やみ語ろうといたしません。将軍のお話を伺い、私は幼い頃の時間を取り戻したように思います。また父を母を、彼らの生き様を、愛することができる」

 戦や抗えぬ事情で失われた人々の、それでも立ち向かった人々のお話をお聞かせ下さい。貴方様を励ました伝承や異国のうたや学説や新しいことを聞かせて下さい。どんなに小さな脆い声でも、誰かに届いて、心を揺らめかすことがある。砕かれて砂に紛れて波に浚われても光を失わない、我々はみな、螺鈿の欠片。

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螺鈿宮抄 珀帝国による焚書の後調べ 田辺すみ @stanabe

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