第8話



 リラーレと別れてシルヴェス様の後をついてきたのだが、道ゆく人が脇にそれてシルヴェス様に挨拶をしていた。それをみて、シルヴェス様はこのファミリーの中ではとても地位が高いのだと実感する。私なんかが隣にいてもいいのかと思ってしまう。

 でも、シルヴェス様は私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれている。私よりずっと背が高くて足も長いから、歩幅も歩く速度も私よりずっと早いはずなのに、今は歩きが早いと思わない。全然疲れないのだ。その配慮をしてくれている今は、そんなことを思って不安になるのは勿体無い。せっかくシルヴェス様が私を慮ってくれているのだ。それを噛み締めないと。


 そう思っていたら、どこかの部屋に辿り着いた。他の部屋より少し豪華になったドアをシルヴェス様が開けると、中は主室だった。グレーのソファ、白いテーブル、白いベッド、本棚、クローゼットと、貴族の部屋かと思うほど広く整えられていた。


「シルヴェス様、ここは?」


「俺の部屋だ。」


「……し、シルヴェス様のお部屋?!」


 あわあわとして、でも部屋を見回すのは忘れずにいれば、シルヴェス様がベッドに腰掛けた。左の膝に右足首を置くと、右膝の上に肘をついて頬杖をしながら私を見上げた。お行儀は悪いのだけど、かっこいいのだからずるい。


「リリアーナ。お前本当に貴族の娘か? 男の部屋にノコノコついて来んなよ。襲わてもいいって言ってるようなもんだぞ。」


 無警戒な私に対して呆れているのだろうけど、私は誰にでもついていくような尻軽な女ではない。シルヴェス様じゃなかったら二人きりになることすら避けていた。

 

「シルヴェス様だけです。」


「……それなら遠慮なく、据え膳はいただくが?」


 ほんの少し、張り詰めたような雰囲気になった。だけど怒っているとかではないのはわかるし、怖くはない。頬杖や足の位置を戻すと、ちょいちょいと、人差し指だけで近づくように言われた。なんか、自分から近づくのって、貴方のことを求めてますって言ってるような気がしない?? え、するよね?? めちゃくちゃ恥ずかしいと思いつつ、逆らいたくなくて一歩ずつ、ゆっくり近づいた。時間をかけてシルヴェス様の真正面に到着すると、シルヴェス様が隣に座るようにポンポンとベッドを叩いた。私が恐る恐る隣に座れば、シルヴェス様の手が頭に回って引き寄せられる。シルヴェス様の肩に頭を乗せる形になってドキドキしていると、シルヴェス様の穏やかな声が聞こえた。


「安心しろ。いきなり取って食いやしねぇ。」


「は、はい……」


 そうとはいえ、緊張しないわけではない! 距離は近いし、なんかいい匂いするんですが?! あ、どうしよう、頭が働かないのに、頭ポンポンされて死にそう!! これは、思考を逸らさなくては!!


「あ、あの! えっと、レッドバードのみなさんも、ファミリーの方なんですか?」


 急いで考えて捻り出した質問は、シルヴェス様に助けられた時のこと。レッドバードの皆さんと知り合いだと言っていた。ヴォルフ・ツェーネファミリーは仲間思いと言われているから、そうなのかも思った。


「いや、あいつらはカタギの人間、一般人だ。冒険者活動してるときに、死にかけてんのを助けたら懐かれただけでファミリーのことは一切教えてねぇ。」


 レッドバードの人たちは、シルヴェス様に助けられたと言っていたけど、その内容までは知らなかった。シルヴェス様って、ヤクザだなんだと悪ぶってるけど、優しい一面もある方だというのが隠せていない。


「シルヴェス様は優しいのですね。」


「なんでそうなる?」


 私の頭の上から訝しげな声が聞こえてきた。それがおかしくてくすくす笑ってしまった。


「だって、見ず知らずの人を何度も助けてるってことじゃないですか。十分、優しい人ですよ。」


「俺たちに優しい男はいねぇ。そう見える奴がいるとしたら、それは下心からだ。」


 私は一応貴族だとわかる馬車に乗っていたのだし、私を助けたのは下心からだったのかもしれない。これからも下心で人を助けるのかもしれない。でも、結果としてシルヴェス様は、助けた対価を求めなかった。私にはそれが全てだ。


「そうかもしれません。でも、誰かに近づくのは基本的に下心からですよ。相手を知りたいと思うのも、人を見殺しにできないのも、結局は自己満足ですから。」


 人が何かをするときの原動力なんて、基本的には下心しかないことを私は知っている。あの人と話したい、知りたい、あわよくば婚約者の座に……なんて下心も、あれが欲しい、人に注目されたいなども全て自分の欲求。結局、自分がそうしたいという欲求に従って行動に移してるだけにすぎない。それが他人にどうみられるかで評価が違うだけなのだ。


「……箱入りのあまちゃんだと思ってたが、意外とわかってんじゃねぇか。」


「伊達に貴族やってませんから。」


 それもそうだなと呟いたっきり、無言になってしまった。でも、さっきの恥ずかしさは少しだけ鳴りを潜めて、安心感が湧いてきた。今なら落ち着いてこの人に体を預けられる。そう思ったら、眠気が襲ってきた。最近は、慣れない街での生活とアドルファス様探しで忙しかったから、疲れが出たのかもしれない。男の人の寝室で寝るのはダメだという理性はあるけど、それでも睡魔が勝ってしまい、私はそのまま眠りに落ちた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

地味令嬢とヤクザの若頭が織りなす恋路 結里 @megumi-1224

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ