第7話
シルヴェス様に言われて私たちは部屋を出た。私たちが入ってきた食堂のロウェルには戻らず、私たちが来た道を逆側に進んで行った。なぜ奥に進むのだろうかと不思議に思うものの、私たち二人以外はなんの疑問もなく進んで行った。もしかして、この奥に彼らの本拠地があるのだろうか。でも、シルヴェス様は屋敷と言っていた。ロウェルは一般的な三階建の建物で、2階、3階は食堂の人たちの部屋だろう。その建物を屋敷とは言わないだろうし…
考えている間に、とある部屋にたどり着いた。シルヴェス様が質素なドアを開けると書斎のようで、壁一面に本棚が設置されており、ぎっしりと本が並べられていた。
「ここは? 書斎のようですけど……」
「そう。本棚には流行りの恋愛小説から哲学書や魔法書など幅広く入っている。一見しただけじゃ、
ただの、を強調したと言うことは、この書斎には何かがあるのだろう。アヴァロンさんが左奥の本棚の前にしゃがみ込むと、一つの本を押し込んだ。カチッと音がすると、本棚が壁の方に移動した。
「隠し扉……」
「そう。ちなみに、奥にある部屋はダミーで、本命はそのさらに奥の隠し部屋だ。」
書斎の隠し部屋はダミーで、その奥の部屋が本命。私なら最初の隠し扉だけでここには何もないって、騙されていたかもしれない。私の思っていたことを、リラーレが言葉に出した。
「かなり厳重ですね。」
「厳重にもなりますよ。この先は我々の本拠地の入り口ですからね。くれぐれも外部に漏らさないように。」
スカーレットさんがメガネのブリッジを中指で押し上げながら答えた。そして、私たちを牽制するために少しだけ睨んだ。話したら殺すと言われてる気分だ。
「スカー。やめろ。」
「失礼しました、若。」
こちらを見ることなくスカーレットさんを諌めたシルヴェス様に、スカーレットさんは頭を下げていた。たぶん、スカーレットさんなりにファミリーが大切で、信用できない私たちに情報を渡すのが嫌なんだろう。まぁ、そこまで警戒しなくても、漏らす気は一切ないけれど。
アヴァロンさんの後に続けて隠し部屋の中に入ると、机と椅子が一つあるだけの何もない部屋だった。アヴァロンさんがその机の下に潜ると何かをした後にカチッと音がして、私たちの後ろにあった壁が重い音を鳴らして開かれた。またその中に入ると、机すらも存在しない何もない部屋だった。だけど……
「リリアーナ、何が見える。」
私には何かが見えていると確信した質問だったので、素直に答えた。
「魔法陣、だと思います。」
「正解。これは転移の魔法陣だ。転移先は、ヴォルフ・ツェーネファミリーの本拠地、つまり俺の家だ。ここから先に足を踏み入れたものは家族とみなされるが、裏切り者へは容赦なく噛みついて、絶対に殺す野蛮な一族だ。覚悟はいいな?」
シルヴェス様が挑発的な笑みを浮かべて振り向いた。最後の忠告だと、本当に引き返せないぞという意志を感じたので、私は躊躇うことなく踏み出した。リラーレも同じようについてくると、私たちは魔法陣の中に入った。それを見届けたシルヴェス様が、私に手を差し出した。
「お前らの命、俺が預かった。裏切りさえしなければ、俺たちはお前らを全力で守る。」
優しい瞳で宣言された言葉に、私は胸が高鳴った。私を大切にしてくれる言葉をかけられたのは初めてだったから。嬉しいのに少し恥ずかしくて、控えめにその手を取ると、魔法陣が光り始めた。驚いていると手を握られ軽く引っ張られると、その胸の中に私を招き入れた。女の体とは違って硬い胸板に顔を埋めることになった。男らしい体つきを感じて固まっていると、ほんの少しの浮遊感を感じた後に周囲の景色が変わった。戸惑っていると、抱き込まれていた腕を外されて体が離れた。体温が離れていってしまい、安心したような、寂しいような気持ちになった瞬間。
「「「「お久しぶりです、若!」」」」
大きな屋敷の玄関前に、大勢の男たちが並び、野太い声による挨拶を上げた。それに私がビクッと驚いてしまったのを察したシルヴェス様が私の肩を抱き寄せた。
「おう。お前ら、元気にしてたか。」
「「「へい!」」」
「それは重畳。紹介するぜ。こいつはリリアーナ・ベリアス、その侍女のリラーレ・フォートムだ。このリリアーナは俺の女になった。」
お、俺の女?! だれが?! 私か! とんでもない破壊力すぎる! 現実でこんな偉そうなことを言われたら何様だこいつって思いそうって思ってたけど、好きな人に言われたらこんなに嬉しくなるなんて思わなかった。心臓を矢で射抜かれた気がする! 私はいつか、シルヴェス様に殺されるかもしれない。
「丁重にもてなせよ。手を出したやつは殺すからな。」
「「へい!」」
「というわけで、ようこそ、ヴォルフ・ツェーネファミリーへ。歓迎するぜ、お嬢様?」
破壊力抜群な言葉を脳内再生していたら、シルヴェス様が私の肩を抱いたまま、右手を取って手の甲にキスを落とした。
「ふぁ?!」
今度こそ変な声を出せば、ニヤニヤと楽しそうに笑われてしまった。柔らかくて、少し湿った暖かい唇の感触が、手の甲に鮮明に残っている。慌てて引っ込めれて胸の前で隠すと、周囲の人がざわついた。人がいたことを忘れていて慌てて俯くと、周りの声が聞こえてきた。
「おい、若が女に微笑んだぞ……」
「女の手にキス……??」
「あの若が、女を口説いてる……??」
どうやら、シルヴェス様が女にこんなふうにするのは珍しいみたい。なんだかそれにホッとした。
「さ、いくぞ。」
私の肩を抱いたまま、整列した男たちの間を進んでいく。中に入ると、赤いカーペットの上を歩き続けて一つの部屋に辿り着いた。アヴァロンさんがドアをノックすると男の声が帰ってきた。入れと言う合図で中に入ると、右の眉尻に傷がある男の人が机に頬杖をついて出迎えた。
「おう、シル。久しぶりだな。」
ニヤッと笑った顔は、シルヴェス様と似ているから、もしかして……
「おう、親父。元気そうだな。」
やっぱり、シルヴェス様のお父様、つまりヴォルフ・ツェーネファミリーのボスだ。ま、まさか、いきなりお父様に会うなんて……き、緊張が……
「まぁな。それより、そちらのお嬢さんは?」
一瞬、見定めるような視線を向けられた気がするけど、すぐに笑顔の下へ隠した。ど、どうしよう。こんなことになるなんて思わなくて、手土産がない……
「リリアーナ・ベリアス。俺の女だ。」
「は、初めまして。リリアーナ・ベリアスです。」
「初めましてお嬢さん。私の名はルクレツィオ・ヴォルフツェーネだ。ご想像の通り、シルヴェスの父であり、このファミリーの頭をやってる。」
挨拶だけはしないとと思ってカーテシーをしたら、自己紹介をしてくれた。でも、すぐに次の話題に移ってしまった。
「それにしても、お前が女を連れてくるとはな。しかも貴族の女を。一部の部下たちが、お前は男が好きなんじゃと噂してるほど女っ気がなかったくせに。」
「冗談じゃねぇよ、気色悪い。」
はははっと笑い飛ばすルクレツィオ様は、ヤクザのボスをやってることを知らなければ、快活なお父さんって感じだった。怖いイメージがあったけど、あまりそんな気配はなくて、少しだけ肩の力が抜けた。
「リリアーナ、親父は食えない狸だ。人の良さそうな顔して平気で人を揶揄ってくるから、気をつけろ。」
「それ、多分シルヴェス様もだと思います……」
シルヴェス様と再会して、何度も揶揄われて遊ばれている気がするもの……
「そりゃあ、いちいち可愛い反応をするリリアーナが悪い。」
「かっ、?!」
可愛いなんて、男の人に言われたことは一度もない。かーっと顔が赤く染まるのを自覚してしまう。ルクレツィオ様の前なのに!!どうにか離れようと体を捩れば、あっさりと離された。やっと息ができたような心地でいると、ルクレツィオ様がシルヴェス様にちょいちょいと人差し指で来いとジェスチャーをした。それに従って前に行くと、二人で何か言葉を交わした後、こちらに戻ってきた。
「さ、今日はもう帰るぞ。」
「え、よろしいのですか?」
「今日のところは親父たちに会わせることが目的だった。それに、あまり長く滞在させるとリズがうるせぇ。」
確か、ロウェルの看板娘さんの名前だった。なぜリズさんの名前が出たのかと首を傾げると、質問に答えてくれた。
「あぁ。話が終わったらリラーレと話をさせろって言われてる。よっぽどリラーレを気に入ったらしい。」
たしかに、ロウェルの看板娘であるリズと呼ばれた女の子が、リラーレと仲良くなれそうだと言っていた。でも、まさか私たちと別れたすぐ後のあの短時間でシルヴェス様に頼んでいたとは思わなかった。それなら、早く帰らなくてはならない。リラーレにお友達ができるかもしれないのに、私が邪魔したくない。でも、もう少しだけ一緒にいたい気持ちもあったから、少し残念だ。
「あの、少しよろしいですか。」
リラーレが控えめにシルヴェス様に声をかけた。
「なんだ?」
「ここにいれば、お嬢様は安全ですか?」
リラーレが真剣な顔でシルヴェス様に問いかけた、なぜそんなことを?と思うけど、何か考えがあるのだろう。口を挟まないでいるとシルヴェス様が答えた。
「この屋敷の人間に、俺に殺されたいという自殺願望者はいないし、屋敷自体は厳重な対策がされていて侵入できるものはいない。いたとしてもすぐに見つけ出して始末する。」
あ、そういえば、俺の女だから手を出すなって、出したら殺すって宣言していた。再び、俺の女という言葉が脳内で埋め尽くされていると、リラーレがまた質問した。
「そうですか。ではもう一つ。私だけを元いた場所に戻すことはできますか?」
「可能だ。」
「わかりました。では、お嬢様。私は先にロウェルに戻り、リズと話をしてきます。お嬢様はここでゆっくりお過ごしください。」
え、それって、私はまだシルヴェス様と一緒にいてもいいってこと? 心の中で舞い上がっていると、シルヴェス様が挑発するような顔でリラーレに言った。
「いいのか? この屋敷で一番危険なのは俺だぜ?」
危険? シルヴェス様が? うーん?と考えているとシルヴェス様に呆れた顔をされてしまったが、リラーレは意地の悪い笑みで挑発し返した。
「貴方は、お嬢様が本気で拒絶すればそれ以上は何もしない方だと思います。お嬢様の尊厳を踏み躙るなんて言葉は真っ赤な嘘でしたし。」
私がどんなに嫌がっても押さえつけて、尊厳を無視するという言葉は、やっぱり嘘だったのね。私を大切にしてくれるリラーレが無反応だったから、脅しに使っただけの言葉ではないかなと思っていたのだ。
「……ヤクザの言葉を信用するなんて、迂闊な奴らだ。」
リラーレの言葉に満足そうな笑みを浮かべた。それに返すようにリラーレが頭を下げた。
「では、お嬢様をよろしくお願いします。」
「テオ、お前が送れ。」
「了解でーす。」
今までずっと口を開かなかったテオドールさんがリラーレを連れて部屋を出て行ったのを見送って、私たちも部屋を出た。
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