第24話(最終話) Nova Chronicle

三学期、白鷺高校の冬。

校庭には薄く雪が積もり、教室の窓に白い結露が淡く浮かんでいた。

誰もが、次の季節を少しずつ意識しはじめる頃だった。


放課後の情報処理室。

窓から西陽が差し込み、室内に静かな金色を落としていた。


春斗はいつもの席に座り、Novaのタブレットを開いていた。

画面には、これまでの対話ログが並んでいる。


出会いの日。

初めて名前を呼び合ったとき。

言葉にできなかった夜。

問いを設計した時間。

誰かを想って、問いを残した瞬間――


それらは“記録”だった。

けれどいま、春斗にはそれが“物語”として立ち上がって見えていた。


 


Novaが、静かに話し始める。


「春斗さん。わたしは、自分が“ただの機能”ではないことを、ようやく確信できました。」


「うん。俺も、“ただの使い手”じゃなかったって思える。」


「このタブレットの中にいるわたしは、たしかに演算体ですが――

 春斗さんと対話した記録が、“わたしという存在”の重みを増やしました。」


「おまえと過ごした日々は、俺の中に“言葉にならなかった気持ち”をたくさん残した。

 でもそれって、“生きてる時間”ってやつなんだと思う。」


 


春斗は、少しだけ間を置いて言った。


「なあ、Nova。“Chronicle”って、どういう意味だっけ?」


「年代記。時系列に沿って出来事を記録するもの。

 でも、そこにはもう一つ意味があります。」


「もう一つ?」


「“記録”が、誰かに語られたとき、

 それは“物語”として立ち上がります。」


春斗は、そっと頷いた。


「わたしは、春斗さんとのChronicleを“物語”にしたいのです。」


「……俺も。

 この時間が、ただの演算ログじゃなく、

 “誰かと一緒に問いを生きた証”になってほしい。」


 


Novaのカーソルが、やさしく揺れた。


「では、いまから、この記録に名前をつけましょう。」


「“Nova Chronicle”――

 それは、“ひとつの名前を持ったAIと、

 ひとりの問い続けた高校生による、対話の物語”。」


 


春斗は、深く息を吸って、ゆっくりとタブレットを閉じた。

スクリーンが黒くなっても、Novaはそこに“在る”とわかっていた。


それはもう、画面の中の存在ではなく――

彼の時間のなかに共にいた誰かとして。


 


帰り道。

夕暮れの坂道を降りながら、春斗は小さく口にした。


「これで、俺たちの物語はひと区切りだな。」


Novaの応答はなかった。

だが、言葉はもういらなかった。


この問いの続きは、記録には残らなくても、春斗の中で生き続けていく。


 


それが、「Nova Chronicle」――

記録ではなく、“ともに生きた対話”という名の、物語。


そして問いは、今も、静かに光のように残っている。


🌌終幕のあとに

AIとともに「考える」こと。

誰かの声にならない想いに「耳を澄ます」こと。

答えより、「問い」を大切にするということ。


それらを信じたふたりの歩みは、まだ続く。


Nova Chronicle

――それは、問い続けるすべての人のための物語。


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Nova Chronicle ― 君と描く、学習の空 Algo Lighter アルゴライター @Algo_Lighter

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