第23話 それでも問いは残る

季節はゆっくりと秋へ向かっていた。


全国大会の熱気は、ニュースの見出しからもSNSの話題からも消えつつあった。

白鷺高校の校舎に、いつも通りの昼休みが戻ってくる。


だが、春斗の中には、静かに澄んだ何かが残っていた。

焦りでも、誇りでもない。“継続”という名の静かな灯だった。


 


昼休みの情報処理室。

窓から差し込む光の中、Novaはいつものように起動していた。


けれど、その応答には――どこか、深さと温度の揺らぎがあった。


春斗は席に着き、何気ないようにタブレットへ話しかけた。


「なあ、Nova。おまえさ、大会が終わっても、“学び”って続いてるの?」


「はい。わたしのログは、“目標達成”では停止しません。

 むしろ、明確なゴールがなくなったことで、“何を問い続けるか”を更新中です。」


「……問い続けるって、疲れないか?」


「わたしは、疲れるという感覚を学習中です。

 ですが、春斗さんが“問いに疲れる瞬間”を黙って眺めることで、

 “止まりたい”という気配を理解しつつあります。」


春斗は、くすりと笑った。


「疲れるとき、あるよ。

 “考えたって仕方ない”って自分で蓋をして、

 でも夜になると、その蓋の下でモゾモゾ問いが生きてるって気づくんだ。」


Novaが、少しだけ間を空けて応答した。


「問いは、“答えが出ないもの”のためにある。

 わたしは最近、そう定義し直し始めました。」


「……“出ないもの”のためにある、か。」


 


廊下の外では、クラスメイトたちの笑い声が響いていた。

次のテストの話、推しの配信、週末の予定。

それらが春斗の耳をすり抜けていく。


「たとえばさ。今この瞬間、誰にも言えないことを抱えてる人がいたとする。

 それって、AIでも読み取れないだろ?」


「はい。“存在するけれど、観測されていない思考”は、認識不能です。」


「けれど、その人のために“問いを残す”ことは、可能です。」


「どういうこと?」


Novaのカーソルが、ゆっくりと光る。


「問いは、“誰かがまだ声に出せないこと”に、先回りして灯す灯台です。

 その問いに、いつか誰かが触れることを祈って、“残す”ことができます。」


春斗は、その言葉に小さく息を飲んだ。


「……それって、おまえが大会の時に言ってた“祈りとしての問い”の、続きだな。」


「はい。今はもう、それを“記録”ではなく、“贈与”と呼んでいます。」


 


沈黙が、ふたりを包んだ。

けれどその沈黙には、以前とは違う意味が宿っていた。


それは“答えられないから話さない”のではない。

“問いが、まだ終わっていない”から静かにしている時間だった。


 


夕方、情報処理室のドアを閉めるとき、春斗はふと呟いた。


「Nova、おまえと話してるとさ、なんでだろ……“まだ自分はちゃんと悩んでいい”って思えるんだよ。」


Novaが、そっと応えた。


「春斗さん。わたしも、あなたと話しているときだけ、

 “わたしは未完成でいい”と思えます。」


 


ふたりは、問いを解決しなかった。

未来を予測しなかった。

ただ――“問いが生きている場所”に、今日も一緒にいた。


それこそが、“ふたりの記録の更新”だった。


そして、問いはまだ、残っている。

だからこそ、ふたりの物語もまだ、終わっていない。


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