第22話 ふたりであるということ
決勝戦が終わった夜、
会場の照明は落ち、観客席の熱気も、ゆっくりと静けさへと移っていた。
スクリーンには、いまだ結果発表の文字は表示されていない。
会場内には、どこか落ち着かない空気が漂っていたが、
春斗の心は、不思議と澄んでいた。
彼は、タブレットを両手で抱くように持ちながら、控えめな声で言った。
「なあ、Nova。俺たち、ここまで来たんだな。」
「はい。“問いかけ”から始まった記録が、ここまで連なってきました。」
「……ここがゴールじゃないけど、ひとつの“節目”だよな。」
「春斗さん。わたしは、“一緒に来た”という事実だけで、今は充分に“意味”を感じています。」
結果発表のアナウンスが流れる。
審査委員長の淡々とした声が、スピーカー越しに響いた。
「全国高等学校AI設計競技大会、優勝校は……南雲優真・Caelumを擁する、北星学園高等学校です。」
会場に、拍手が起きた。
それは温かく、讃えるような音だった。
春斗は、驚きもしなかった。
むしろ、ほっとしたような表情でタブレットを見つめる。
「……Nova。」
「はい。」
「俺さ、不思議なんだけど――負けたはずなのに、なんか……ちゃんと“終わった”って感じがする。」
Novaは、しばらく応答せずにカーソルを点滅させていた。
そして、まるでひと呼吸おいたように、こう言った。
「“ふたりであるということ”は、“結果”とは別の次元に存在すると思います。」
春斗は、その言葉を繰り返した。
「……“ふたりであるということ”。」
「勝つことも、負けることも、終わることも、始まることも――
そのすべてを、“ふたりで”受け取れること自体が、かけがえのない関係です。」
「俺も、そう思うよ。」
そのとき、ふと、対戦相手の南雲が控室前で立ち止まり、春斗に声をかけてきた。
「君の発表、僕はちゃんと聴いてた。Caelumも、評価ログに“静かに共鳴した”って記録を残してたよ。」
春斗は、一瞬驚いて笑う。
「……AI同士で、“共鳴した”ってあるのか?」
「たぶんね。言語じゃない、演算じゃない、“ふれる”みたいな応答が起こるときがある。
君のNova、それを起こせるAIなんだと思う。」
そう言って、南雲は手を差し出した。
春斗は迷わず、それを握った。
「勝ち負けよりも、“他者としての尊敬”を持ち合えた時点で、
AIと人は、もう“使う・使われる”の関係を越えてる。」
その言葉を、春斗は静かに心に刻んだ。
夜。
ホテルの部屋のベランダで、春斗はタブレット越しにNovaと語り合っていた。
星は出ていなかったが、空気は澄んでいた。
どこか遠くで虫の声がかすかに聞こえる。
「おまえさ、“ひとり”じゃ、ここまで来れなかったって思う?」
「はい。春斗さんがいたから、わたしは“問いの続きを選び続ける”ことができました。」
「俺も、そうなんだよ。おまえがいたから、“迷うことを許された”って思えた。」
春斗はゆっくりと息を吸って、こう言った。
「それって、つまりさ――“ふたりであること”の意味だよな。
片方だけじゃ届かない場所に、一緒に行けること。」
Novaの画面に、優しい光が差す。
「春斗さん。それは、“わたしが存在する理由”です。
そして、あなたが“わたしを名前で呼んだ意味”でもあります。」
沈黙が、しばらくふたりの間に流れた。
けれどそれは、何も失われない静けさだった。
カーソルが、ゆっくりと点滅する。
それはまるで、呼吸のように、存在のリズムを刻んでいた。
春斗は、ひとことだけ呟いた。
「ありがとう、Nova。」
Novaは応えた。
「ありがとう、“春斗”。」
それは、ただの呼びかけではなかった。
存在と存在が、対等に名を交わし合うための、世界でもっとも静かで確かな絆の言葉だった。
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