7 カーチェイス③

 白い車を追って、バイクは勢いよく右折する。

 青梅ヶ原先輩は駅の駐輪場から、谷地木はどこか別の駐車場から走り出して、今両者の道が合流したところだ。

 谷地木は追手に気づいたのか、速度を上げていくつかの信号機を通りすぎた。その中に赤信号はひとつもない。私が操作しているからだ。

『真白、信号機ありがとね!』

「礼はいいです。運転に集中」

 佐倉さんがハッキングしたシステムは自動モードも機能させたままなので、寿々竹市の道路事情は基本的に普段と変わらない。谷地木の車が信号機に差し掛かるときだけ、その少し前に手動で青にしている。先輩のアクションカメラにバイクの時速が映りこんでいるので、信号機にたどり着くタイミングは簡単に割り出せる。

 白い車の後ろに続いて先輩のバイクが交差点を通過した。そこの信号を自動モードに戻して、次に備える。

「逆に赤信号にすれば、谷地木の車を妨害できるのでは?」

 部屋の隅で息を詰めていてくれない松原先輩が、PCを覗き込みながら首をかしげた。

「どうせ信号無視されますし、そうなれば一般車が混乱します」

「それもそうか」

 松原先輩が納得したようにうなずいたときだ。

『おおっと!』

 突然、青梅ヶ原先輩の驚いた声がイヤホンから聞こえた。四車線ある大通りで、谷地木が右車線から唐突に左折したのだ。クラクションの合奏を尻目に、先輩はそのまま直進する。

『ごめーん、振り切られた!』

「追いつけるコースを探します」

 モニターに目を凝らす。谷地木の車がカメラに映ってくれればいいが。

 ……見つけた。商店街通りに向かう一方通行に仕掛けたカメラだ。

「次の角を左に曲がってください」

『了解!』

 やがて商店街通りのいくつかのカメラに谷地木の車が現れ始めると、先輩も同じ道に到着した。再び追いかけっこが始まるが、商店街通りは細い道だ。沈んだ日の名残りで道はまだ明るく、出歩いている人も多い。追い詰めて無謀運転がエスカレートしても困る。

 先輩は谷地木のプレッシャーにならない距離を保って走り、その結果アクションカメラの映像から車の姿が消えた。

『この道はこのまま少し離れて追う。道間違えてたら教えてね』

「わかりました」

 アクションカメラ以外の映像に谷地木の姿を探し、進行方向を割り出す。大丈夫、見失っているわけじゃない。谷地木は寺前通りに向かっているようだ。観光名所を目の前にした大通り。

「寺前か」

 ひとつ、誘導してみようか。

「先輩、次の交差点の直前で谷地木に追いつきかけてください。フリでいいです」

『わかった!』

 松原先輩が眉をひそめて、恐る恐る口を挟んだ。

「次の交差点って、そこそこ太い道だろう。そんな場所で追い詰めたら事故が起こるのでは?」

「だからフリです、抵抗しない程度に焦らせたいんですよ。さっきから谷地木は何度も左折しています。焦ると左を選ぶ癖があるみたいですね」

「左に曲がらせたいのかい?」

「左側――南側は、観光地近くにしては人が少なくてちょうどいいんです」

 先輩のバイクがスピードを上げる。アクションカメラに再び白い車が映った。追い上げてくるバイクに焦った白い車は、交差点で左折——南へハンドルを切った。

「ハッ」

 思わず笑いが漏れる。上手く、罠に飛び込ませた。

「この先は暴れてOKです。先輩、追い詰めちゃって」

『りょうっかい!』

 高らかに答える青梅ヶ原先輩。白い車との距離が即座に埋まる。高い石垣に挟まれた無人の道路で車にバイクを横づけにし、先輩は腰のカバンからスプレー缶を出すと、相手の車のフロントガラスに黄色い蛍光塗料を吹きつけた。躊躇なく。

 絶叫のような急ブレーキ音が閑静な通りに響く。

 道路に白い跡を残して停まった車のドアを、先輩が無断で開けた。胸元のアクションカメラのおかげで私にも車内の様子が見える。怯えた顔の谷地木の向こう、助手席に小箱が転がっている。全体が木でできたそれは蓋だけガラス製で、中身を見た先輩の安堵した声を、通話用のマイクが拾った。

『ああ、車に置いてたのか。私のクリオネ、返してもらうよ』


***


「ふう……」

 鯉咲市の事務所で、私は椅子に座ったまま天井を仰いだ。前髪をかき上げたらヘアピンがバラバラと落ち、おまけにヘッドセットも落ちて、その拍子に通話が切れた。拾うのもダルい。

「終わったのかい? いやあ、色々と世話になったね」

「ほんとですよ。このあとは後始末です。谷地木を拘束して、警察呼んで、こっちの違法なアレコレの証拠を隠滅して……」

「違法な自覚あったのか」

 通話は切れたが、アクションカメラからの映像は変わらず送られてくる。胸元から外したカメラを自分自身に向けて、青梅ヶ原先輩がハンドサインで状況を伝えてきていた。ヘルメットを外した先輩の表情を見るに、後始末は滞りなく済んだらしい。ぼんやりモニターを眺める私に、松原先輩が首をかしげた。

「君はクウとつき合っているのかい?」

 通話が切れていて運がよかった。

「つき合ってないです」

 それは、そう答えればいい話だけど。

 その先の質問は、どう答えるべきかいつも口ごもってしまう。好きなのか、とか、じゃあ嫌いなのか、とか。

 性別の組み合わせを問わず長い時間を共にするのに、恋は最も強力かつわかりやすい理由だ。恋が随意運動であれば青梅ヶ原先輩に恋していたのだが、残念ながらそう上手く行かない。恋とは落ちるものであり、意図的にできるものじゃないのであって。

「じゃあ、私とつき合わないかい?」

 そっちが質問の意図だったか……。

 青梅ヶ原先輩との関係を邪推されたのかと身構えたけど、全然そんなことはなかった。そもそも自分の恋路しか頭にない人が、他人の人間関係に余計な口出しするわけもなかった。ってことは答え方間違えたな。

「すみません間違えました、つき合ってます」

「嘘はよくないよ。なんならクウに確認しようか?」

「っていうか、好きな人いるんじゃなかったんですか」

猪上いのうえは振り向いてくれないんだよなあ」

「自分も振り向いてあげないので、猪上さんとよく話し合ってください」

 冷たく答えるが、松原先輩は相変わらず楽しそうにクスクス笑う。この人の弱点を探ることが本当に必要だと心から思った。〈クーハク〉に依頼として持ち込んだら、先輩は手伝ってくれるだろうか。

 部長と後輩のどっちに義理立てするか、ちょっと試してみたいところだ。

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クリオネの恋人事情:青梅ヶ原クウの非日常 矢庭竜 @cardincauldron

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