どくだみ

秋犬

抜いては引いて

 最近どうにも「自分の作品はつまらないのではないか」ゾーンに陥っている。もちろんそんなことはないのだろうけど、作者としてそう思ってしまうことは作品を作っている限りずっと続く。数時間おきに「あなたの作品は面白いですね!」とヨイショしてもらわないとこのゾーンは突破できない。無論大作家だとしてもそんなことはないので、このゾーンに抗うのはなかなか大変だ。


 大変と言えば、この時期になると思い出すことがある。通っていた中学校は清掃指導に力を入れているとかで、定期的に校外清掃や校内の大規模清掃が行われていた。梅雨が見えてきたこの時期、ゴミ袋片手に近くの川まで行って地域のゴミ拾いをするというイベントがあった。結構大きな中学校だったので学外へ行くのは1年生と清掃委員だけ、みたいな感じで後は校内の清掃か何かをしていたのだと思う。


 清掃と言えばまた別に思い出すことがあり、この中学校は少し荒れていたので生徒指導が厳しかった。特に清掃時には膝当てと男子は体育帽子、女子は三角巾が必須とされて、忘れたものなら全校中に響き渡る声で怒鳴られた。そして年頃の中学生なので、三角巾や膝当てを折り目正しく着用なんかしなかった。特に女子は白い三角巾を首に巻いたり、真っ黒で武骨な膝当てをルーズソックスのように下げたりしては生徒指導の対象になった。


 何より怖いのが、清掃前の整列だった。清掃委員会委員長が「黙想」の号令をかけ、北校舎一階の放送室から向かい側の南校舎の廊下に並んでいる生徒の列を監視する。そして「何年何組は早く整列してください!」と放送で呼びかける。それでもざわざわしている場合は生徒指導教諭がマイクで「いい加減さっさと並べ!」と全校中に喝を入れる。それでしーんとなった後、委員長が「これから清掃を始めます。よろしくお願いします。」と号令をかけ、無言で清掃が行われる。


 この「黙想」の間の張りつめた空気は独特で、一人でもおかしな動きをしている者がいれば全校生徒の恨みを買うことになる。大多数は「さっさとこの時間が終わればいいのに」と思いながら項垂れていたに違いない。


 それでも「黙想」の前はそれなりに和やかな時間で、夏場などはうちの担任は霧吹きを持ってきて「お前ら暑いだろ、ほらマイナスイオンだ」と並んでいる列にシュッシュと吹きかけていた。その担任に関して他のことはあまり覚えていないが、何故かこの「マイナスイオン」だけは強烈に覚えている。


 全体的に軍隊か刑務所かというなかなかキツい清掃指導だったが、割と治安の悪い地域の学校だったため「時代」といえば時代なのだと思う。隣の学校ではカラーギャングの真似事とかして補導された奴がいるという噂もあったようだし。


 話を校外清掃に戻すと、その時の大規模清掃では校外へ行かずに学校に残って中庭清掃を行った。なお、さすがに大規模清掃では「無言清掃」は行わず、レクリエーションのような感じで清掃が進められる。友達同士で普段手の届かない場所の埃を払ったり窓を拭いたりするのは楽しいと言えば楽しい。


 中庭清掃は、渡り廊下の土ぼこりを掃き清めて落ち葉を拾うくらいの簡単なものだったが、大規模清掃になると一段と大変になる。北と南に分かれた校舎の中庭は主に駐車場やテニスコートになっていて、それ以外の場所には砂利が敷かれていた。そして砂利の間からぼつぼつと雑草が伸びている。この雑草を抜くのが中庭清掃の仕事だった。


 職員室から持ってきたゴミ袋に、抜いた草をどんどん入れていく。名前のわかる草はあまりない。やたらと背の高いタンポポや、ヒメジョオンだかハルジオンだかわからないけれどもそういう花の咲く植物。あとはネコジャラシに、ジメジメしたところに生えるシダ植物。そして大量のドクダミ。ドクダミは葉が丸いのでわかりやすい。


 側溝と砂利の隙間にずらっと並んでいるドクダミを抜きながら、どうしてこの植物はこんなに勝手に生えてくるんだろうとイライラしたのを覚えている。梅雨が始まる前の湿った天気で、余計イライラしたのかもしれない。


 他の場所の草を抜いていた子たちも、最終的にドクダミの列にやってきた。「ドクダミって毒なのかな」「でもドクダミ茶ってあるよね、薬じゃない?」「じゃあなんでドクなんて言うんだろうね」「触ったら死ぬとか」「きゃー」などと中学生らしいことを話しながら並んでいるドクダミを駆逐していく。


 清掃の終了間際になると、さすがにドクダミをはじめとした雑草は中庭から姿を消す。力自慢が根の強い雑草(これは今調べたらオヒシバというらしい)を引き抜こうとしたりコンクリートにへばりついたコケをはがしたりなどして、中庭の緑はゴミ袋に集約された。皆で重くなったゴミ袋を集積所に運んで、これでその日の授業は終わった。


 ただ草を抜くだけなのだが、何故かその時のことが妙に忘れられない。ずらりと並んだドクダミをせっせと摘んでも、どうせまた生えてくる。それでは何故抜くのか。おそらくは一時でも中庭をキレイにしたいため、そして生徒に草むしりのスキルを覚えさせるためだ。こうしてドクダミは毎年子供たちを悩ませ、毒だか薬だかわからない様相を見せ続ける。


 今でも建物の日陰などでドクダミがわっと生えているところを見ると、あのときドクダミをたくさん抜いたことを思い出す。抜いても抜いても、奴らは生えてくる。それでも、抜かなければならない。


 どうせ一生懸命書いたって、読まれないかもしれない。毒にも薬にもならずに、ゴミ袋に集められて捨てられるようなものになるかもしれない。それでもドクダミのように書き続けなければならないとしたら、なんて哀れな雑草なんだろうと思う。それでもこうやってドクダミを抜いたことを忘れていない人がいるように、誰かに忘れられないでいてもらえるかもしれない。


 そう思って、とりあえず書いていくことにする。きっと今年も、ドクダミは白い花をつけるのだろう。


<了>

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