第5話 追記

「そうだったんですか・・・」

 教授は静かに微笑んだ。

 白髪交じりの頭に黒縁の眼鏡。その奥の細い目が仄かに波打っている。

 後日、事情の説明を求められた教授に、俺と川上は隠す事無く事実を伝えた。

『真実を語って下さい』

 そう俺達に話し掛けた教授の眼は温和で、何か安らぐ感じると同時に、あのエキセントリックな出来事ですら、理解してくれるような気がしたのだ。

 教授は、俺達の話を揶揄も否定もせず、時折頷きながら聞いて下さった。

 俺達が話し終えると、教授は満足げな表情で大きく頷いた。

「去年、橋のそばで見つかった女子生徒は、私の知人の娘さんなんです」

 俺達は思いも寄らぬ展開に、声を上げる事は愚か吐息をつく事すら出来なかった。

 あの娘が、教授の知り合いだったなんて・・・。

 驚愕の事実だった。

「痛ましい事件でしたから、ショックでした。自ら命を絶った背景には、残虐な行為に見舞われた不幸な出来事が垣間見えましたから」

 教授は表情を曇らせると、重い吐息をついた。

「彼女が成仏出来ればと思って、発見現場に慰霊碑を建てようとした事があったんです。でも、彼女はそれを望まなかった」

 教授の奇妙な発言に、俺は眼を見開いた。

「どう言う事ですか、それ」

「彼女が、私の夢枕に立ったんです。『未だ成仏したくは無い。犯人を見つけるまでは、私はここに留まりたい。だから、慰霊碑は建てないで下さい』ってね。君達なら、信じてくれると思うけど」

 教授は伺う様に俺達を見た。

 俺も川上も黙って頷いた。

「でもこれで、彼女は成仏出来たのかもしれないね。君達の御陰だ。有難う」

 教授は安堵の笑みを浮かべると、俺達に深々と頭を下げた。

「先生、僕達は何も――」

 俺は言葉を失った。

 教授の背後に、一瞬、あの少女の姿が見えたのだ。

 にこやかに微笑む、彼女の姿が。




 

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うみのこえ しろめしめじ @shiromeshimeji

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