第13話

 シュライファーの工房には、相変わらず鉄と火薬の匂いが漂っていた。


 ホルトは乱暴に二人を押し込み、場末の居酒屋にでも転がすように、脚のガタつく椅子へと座らせた。床板が悲鳴を上げ、積み上げられたガラクタがわずかに揺れる。


「触らないでください!」

「触るんじゃねーや!」


 怒声が重なり、火花のように空気を弾いた。


「意見が合うじゃねーか。その調子だ」


 ホルトは溜息混じりに呟き、取り上げたライフルとショットガンを背後の作業台に叩き置いた。油の染みた鉄の上で金属音が響き鳴る。

 それから数十秒、重い沈黙が工房を支配する。まるで決闘の号令を待つかのような張り詰めた空気の中、ホルトは険しい視線で二人を見比べた。


「いい大人が、いい加減にしろ……話が進まんだろ」


 その声が、ようやく緊張の薄皮を破った。

 オズレロは眼鏡を押し上げ、小さく咳払いをしてから口を開いた。


「……ギアード鍛冶シュライファー、改めてお訊ねしますが――」


 その瞬間、シュライファーの顔に苦虫を噛み潰したような表情が走る。


「答えねえって言ったろうが」

「しつこいぞ、シュライファー!」


 ホルトが叱咤すると、曇ったガラス窓がカタカタと揺れた。


「大変ねー、ホルト」


 作業台に腰を掛け、銃を撫でているマルノワがのんびりと言った。

 ホルトは心底忌々しいというように、舌打ちを彼女に送り返す。


「楽しんでるだろ、お前」

「あらやだ、そんなことないわよ」


 その睨みも、彼女にはモスキートの鳴くようなものだった。

 オズレロは議論の停滞、その苛立ちを押し隠すように言葉を紡ぐ。


「事件番号298番の裁判直後にマルノワ・クロード氏を誘拐した白銀色のギアード、その残骸を検めたところフレームから貴方の銘が見つかりました」


 その口調はいつも通り流れるような早口だったが、ホルトにはシュライファーがそれを理解できているか疑わしかった。マルノワが顎に手を当てて首を傾げる。


「裁判のあと、私をさらったあの女の機体ね」

「確か……ペイシェンスと〈ロムルス〉とか言ったか」


「そうです。あれを仕上げたのは貴方ですね? シュライファー」


 シュライファーはふん、と鼻を鳴らし、汚れた顎を突き出した。


「テメェら秩序ぶった審理会は大嫌いなんだ、何も教えてやらねえ」

「貴方の造ったギアードが誘拐に利用されたのですよ! 責任が……」

「俺はただ道具を作るだけよ! それをどう使うかなんざ、知ったこっちゃねえ」


 議論は堂々巡りに陥る。ホルトは痺れを切らし、椅子から身を乗り出した。


「おい、シュライファー」

「なんでえ、ホルト」

「どうにも、この制裁者の聞きたいことは、俺達にとっても大事そうだ」

「へぇ、そうかい」

「そうさ。そこのクライアント様を攫ったヤツがいる。要するに俺の敵だ。そいつは‘七つの銃の一人’だと名乗っていた。何か思い当たる節はないのか?」


 ホルトの視線が、鋼鉄のような硬さでシュライファーを貫く。

 禿げ頭の鍛冶屋は「うーん」と唸り、首筋を掻いた。


「白銀のギアード、七つの銃。心当たりがあるな?」

「……ああ、ある。あるにはあるが……」

「教えてくれ、そいつらはまだマルノワを狙っているはずだ」


 目を伏せて思い返すように、シュライファーが低く呟いた。


「七つっていうと、七機だ。――七機、白銀色のギアードを仕上げた」

「いつだ? どんな奴らだった?」

「随分と前だ。連邦の軍服を着た奴らがぞろぞろとやってきてな」


「……ミニステリウム」


 その言葉を漏らしたのはマルノワだった。

 脳裏には、あの日出会った軍服の女――ペイシェンスの姿が浮かんでいた。


「言っていたよ、奴ら、真に連邦を継ぐ者なんだと」

「馬鹿な、ありえません。橋梁星系連邦はナラクから完全に撤退しました」

「いいや、あの目はマジだったぜ。連邦は復活するに違いねえ」


 ホルトは小さく息をつき、点と点が繋がる音を胸の奥で聞いた。


(――あの妄言は、ミニステリウムとやらが原因だったか)


 *


 シュライファ―は、ようやく機体の修理に取り掛かった。

 四人は彼の工房を叩き出されるようにして、表通りに立たされる。


 日が完全に沈み、グリット・ウェルズの町並みは褐色から青みがかった墨色へと変わっていた。露天の幌が畳まれ、香辛料の香りもすっかり薄れつつある。

 通りの明かりは、ランプの揺れる火だけになっていた。


「手こずりましたが、聴取は完了しました。ご協力に感謝します」


 オズレロが心のこもってない謝辞をこぼすと、マルノワが肩をすくめた。


「大変なのね、審理会の制裁者ってのも」

「やりがいのある仕事です。給料もいいですし」

「あら、私も転職しようかしら」


 ふたりの掛け合いに、ホルトは呆れ顔で口を挟んだ。


「いい加減に黙れ、早いとこ宿を探さなきゃならん」

「えっ、でも、私たちホテルの予約なんて……」


 と、グレイスが口にしたその瞬間、オズレロが軽く手を挙げた。


「町の外れに決闘審理会の出張所があります。来客用の部屋が二つ、仮設ですが空いています。私もそこに寝泊まりする予定でしたが……」


 彼はホルトたちをじっと見た。


「もしよろしければ、使われますか?」


 ホルトは眉をひそめる。


「……何の真似だ。監視か?」

「はい。というより、これから先も同行させて頂きたくと思いまして」

「断る。貴様らのルールには従ってるだろうが」

「存じております。問題はあなた方ではなく、マルノワ・クロード氏を狙っている“ミニステリウム”なる組織の存在です。彼らはこの星の秩序を乱します」

「……要するに、うちのクライアントを餌に狩りをしようってのか」

「はい、その通りです。それが最も効率が良いはず」


 事務的な口調で悪びれることなく言い切る仕草は、妙に無垢だった。

 しかしそれだけに、言葉通りの意味なのだとホルトには感じられた。


「マルノワ・クロード氏の護衛戦力が増えるということで、そちらにとっても悪い話ではないと思いますが? いかがでしょう」


 マルノワが微笑し、ホルトが渋い顔をした。

 ややあって、グレイスが少し不安げな声で口を開いた。


「えっと……その……ご一緒するのは、悪くないと思います」


 グレイスの声はかすかに震えていたが、はっきりと聞こえた。


「前にも、オズレロさんには助けていただきましたし。それに、まだマルノワさんを狙う人たちが……その刺客があと六人もいるっていうなら……」


「グレイス。わかっている、そんなことは」


 ホルトの低い声が、彼女の言葉を遮る。


「わかってるが、俺はコイツが嫌いなんだ」


 ホルトは彼に視線を向けた。まるで獣が睨みつけるような鋭い目だった。

 一方のオズレロはどうかといえば、しっくり来ていない様子だった。


「ホルト、私と貴方の連携能力は以前の共闘で示されたはずでは?」

「…………うーん、はぁ。言うだけ無駄か」


 うんざりした、というようにホルトは大きな溜め息を吐き出した。


「……分かった。好きにしろよ、クソッタレ」

「助かります。ではご案内します。審理会の出張所はこの先、三ブロックです」

「歩かせやがる。風呂ぐらいは入れるんだろうな」


 眼鏡を上げ直し、キラリとレンズに月光を反射させながらオズレロは答えた。


「無論です。自動マッサージ機、サウナ、ドリンクのサービスもございます」


 その答えに、女子二人は姦しい歓声をあげた。

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死腕のホルトの裁き旅 ~荒野最強の決闘パイロットは、発明淑女を護りたい~ 不乱慈(ふらんじ) @frangi

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