擬似姉妹

蠱毒 暦

無題 幸福な生活

注意…この物語は、IF作品となります。本編とは何ら関わりはありません。



❤︎001



「…ちゃん!」


小鳥のさえずり…聞き馴染んだ可愛い妹の声。開かれたカーテンから日差しを浴びて、私は渋々目を開ける。


「朝だから、もう起きて…遅刻しちゃうよ。お姉ちゃん!!」


「ふぁぁあ…うん。」


寝ぼけた頭で、スマホを開き時間を確認する。


「んん…妹よ。今日ってさ…何曜日だったっけ?」


「え?金曜日だよ。」


「金曜日か。あっはっは……朝練じゃん今日。遅刻確定だ。」


「えぇ!?…じゃあ、急がないと…」


「まぁまぁ。もう、どうせ怒られるし、この際ゆっくりしよう…とうっ!」


妹にぶつからないように、2段ベットからシュタッと飛び降りて、床に着地する。


「さあ、仲良く朝食を一緒に食べようじゃあないか!愛しの妹よ!!!」


妹が若干、拗ね気味でそっぽを向いた。


「…何度か起こしたけど、お姉ちゃんが、全く起きる気配がなかったから私…もう食べちゃったよ。」


「げぇ!?そうなの…か。がっくし…なら、せめて…」


私は大きく腕を広げた。


「…せめて?」


妹が警戒して、距離を取ろうとする前に…私は行動を起こす。


「起きたばかりで、不足してる妹分を補給させて!!!」


「やっ…お姉ちゃ…えぁ、ちょっと…っ…」


「うりうりうりうり……すぅぅぅぅ…いつ嗅いでも、いい匂い。例えるなら…雨上がりで、暖かな日差しを浴びて、乾いた芝生の上にいる感じ。一生このまま、妹の胸の中にいたいな。」


「!?お…お姉ちゃんのバカぁ!!!!」


「べくしっ!?」


ガッチリとホールドしていたのに、普通に振り解かれた挙句、モロに平手打ちを喰らった。


「写真部の癖に…もうちっと昔なら、勝ててたんだけどなぁ。」


「私、学校に行って来るから…放課後になったら、ちゃんと家の仕事を手伝う事…いい!?」


「お姉ちゃんを睨むものじゃないぞ、あっはっは…ぜ、善処します。」



❤︎002



「…で、結局…朝練をサボって、昼休み登校か。そりゃあ、そうなるよな。」


「いやぁ…廊下に立たされるなんて、前時代的だと思ってたけど、逆に新鮮でいいね。」


私は両手に持った水バケツを一瞥して、笑った。


「女テニの後輩の子…確か、さくら 蒼井あおいだっけ。ちゃんと謝っとけよ。形はどうあれ顧問と、ずっと討論を繰り広げてたらしいからな。」


「私の周りにいる人達は皆、過保護だからなぁ。勿論、私の事を心配してわざわざ来てくれた君もその1人だよ?神助かんすけくん。」


「…おだてても、僕の弁当は渡さないぞ。」


チャイムが鳴り、昼休みが終わりを告げる。


「…時間切れだな。僕は教室に……」


「ってかさ、神助くん、お弁当…食べ損ねちゃった…むぐっ!?」


神助くんは表情を変えずに、箸を巧みに使い、無言で、喋っている私の口にチーズ入りの卵焼きを突っ込ませた。


その動き…なんと、僅か1秒の早技。


「ごっくん…いつもより、2倍くらい美味い!!!」


「これで少しは、マシになるだろ…砂夜ちゃん。」


「ちな、残りはどうするのさ?」


「5限の時間にこっそり食べるよ…お前が美味そうに食べる所為で、無性に腹が減ったしな。」


「ふ〜ん。私は、廊下組が増える事を切に祈ってるよ…独りぼっちは、寂しいしね。」


「さあ……どうかな?」


私の煽りに対して、不敵な笑みで応じた神助くんは、授業が始まったその20分後…他の生徒達にチクられ、廊下組の仲間入りを果たしたのだった。



◾️003



お昼休み。私は学校近くでやっている和菓子店で、いつも購入している、白玉ぜんざいを啜って…お姉ちゃんが今頃どうなっているのか、心配していると…後ろの席の牧田まきたくんに、声をかけられた。


「それ、いつも飲んでるみたいだけど…そんなに美味しいの?」


「うん。良ければ牧田くんも…飲んでみる?」


「はぅあ!?」


白玉ぜんざいが入った白い容器を渡そうとすると突然、白目を剥いて…椅子から転げ落ちてしまった。


「それは、だめ、だめだめだめだめ…か、か、か、間接……き、きっ、きき…!?!?」


「どうしたの?牧田くん…牧田くん!とりあえず、早く保健室に連れて行かないと…あっ、迷惑かもしれないけど…手伝ってくれない?」


「は…え…ボク?」


その様子を登校してからさりげなく、私の事をずっと観察するかのように眺めていた、隣の席の女子である、残雪ざんせつさんに助けを求めた。


……


痙攣を繰り返す神助くんを、丁寧に保健室のベットに降ろす。


「…ふぅ。ありがとう残雪さん。」


「……。」


運ぶ時も、ずっと黙っていた残雪さんが、遂に口を開いた。


「……えと。たちばなさん…だよね?」


橘。うーん…誰だろう?


「私は雨天うてんだけど…」


「んえ…そ、それは…知ってる…けど。」


明らかに挙動が変だ。体調が悪いのかな。そう思って、声をあげようとした時…丁度、保健室の先生がやって来た。


「リード先生!牧田くんが、突然倒れて…」


「…んあ?」


「…っ。」


私が一連の出来事を説明すると、吸っていた煙草をゴミ箱に投げ捨てると、牧田くんの様子を確認して、適当に頷いた。


「…後は、何とかしとくから、さっさと教室に戻りなぁ。」


「お願いします!…残雪さんも行こう?」


「……。」


リード先生が入って来てから、ずっと硬直している残雪さんの手を引くけど、全く動こうとしなかった。


「あー、よく見ると顔色悪いな。朝食、食べてないだろ。少しここで、休んだ方がいいんじゃないか…お前さん?」


「ぁ…そ、そうする。だから…」


「分かった。先生に伝えておくね!」


私は保健室の扉を閉めて、教室に戻って…何故か好きになれない、担任の福沢ふくざわ先生に連絡しておいた。


……


結局、授業が終わっても残雪さんは教室に戻って来る事はなく、部活終わりに保健のリード先生の所を尋ねてみると、あの後すぐに学校を早退したらしい。


昇降口で靴を履き替えて、帰りの会の時点で雨が降り始めていた事は知っていたから、常にカバンに入れている薄汚れた黒色の雨ガッパを、取り出そうと……


「お…いい雨ガッパだね。カッコいい!」


「ひゃん!?!?」


気配もなく声をかけられて、私は驚いて振り返ると、牧田くんと同じ剣道部で、主将をしている阿達あだち てるくんがいた。


「あ…阿達あだちくん……びっくりさせないでよ。」


「ごめんごめん…悪気はなかったんだ。今日は写真部は休みなんだっけ?」


「うん…」


昇降口で、2人きり…雨の音と、私の心音だけが聞こえる。


「剣道場に行く時に偶然、階段を降りてるのを見かけて…後をつけて来たんだ。」


「…趣味が悪いよ。」


「っていうのは、冗談で……はい。」


手渡された赤色の傘を見て、私は首を傾げる。


「…お姉さんの分。今日の天気予報は晴れって言ってたから…持ってないんじゃないかな。」


「え…お姉ちゃんがいる事…教えたっけ?」


「それは部活中ずっと、牧田が…あっ。何でもない忘れてくれ。渡せるものも渡したから、僕はこれから部活動に戻るよ……また剣道場の写真が撮りたくなったら、いつでも来ていいからね。」


「う、うん…!じゃあ、また明日。」


阿達くんは頷くと、元気に駆け出して行った。



(今度こそ、一緒に帰れるって…思ったのにな。)



「あれ…何考えてるんだろ。」



より一層、雨が強く降っていくのを見て、お姉ちゃんの事が心配になった私は、急いで雨ガッパを着て、学校を後にした。



❤︎004



『今日は1日中、晴れが続くでしょう!』


「って…ニュースでやってたのに、結果は雨じゃん…天気予報の嘘つき。」


部活に行く事も許されず、居残りで謝罪文を書かされて、ようやく地獄から解放された私は現在…昇降口の前で、立ち往生をしていた。


こんな時に頼りになる、神助くんや後輩ちゃんは…運悪く、既に下校しているという始末。


このままだと、妹との約束を反故にしてしまう。


「……っし、こうなったら。」


下駄箱の1番上のスペースに、今持ってる荷物を全て置いた。


思考は不要。躊躇いは一瞬。準備運動は、ほどほどに。びしょ濡れになるのもまた、一興!!!これ正に、青春の1ページ。


「うわ…冷たっ、冷た…あっはっは!!!!!!」


奇異な目で周りを歩く人々に見られながら、無我夢中になって走って、走って…走り続ける。


この疾走を止められる者は、誰もいな…


「あっ、お姉ちゃ…」


「動き出してしまった歯車は、上手く止められな…ぎゃう!?」


曲がり角で、黒い雨ガッパを着た妹と激突しかけた私は、咄嗟に体を捻って軌道修正。


妹を傷つけず、雨で濡れたコンクリートの壁へ無様に激突する事に成功した。


「…っ、大丈夫!?」


尻餅をついて、悶絶する私に駆け寄って来る音がして、顔を上げた。


「な…なぁに、パンツがびしょ濡れになっただけだよ…あっはっは!」


「額から血が出てる…確か、消毒液と絆創膏の予備が…あった。」


「そんな事しなくても、傷口を舐めてくれれば、解決す…」


「お姉ちゃんは黙ってて!!!」


「あ、はい。」


物凄い剣幕に、私は思わず黙ってしまう。


「傷はそのままにしたらダメ…破傷風になっちゃうから。」


濡れないように、妹が赤色の傘を側に設置すると、バックから取り出した絆創膏を私に貼ってくれた。


「これで…よし。」


「いやぁ、良い妹を持って…私ぁ、幸せ者だよっと。」


赤色の傘を手に持って立ち上がる。


「お礼に、私の傘に入って行かないかい?」


「っ、それはお姉ちゃんのじゃ…」


「その雨ガッパが大分、痛んでるって…私、知ってるんだぁ。右肩と左脇腹の部分に小さな穴があるでしょ?」


妹の表情が強張り、私は笑った。


「あっはっは…何せ、中学校の入学祝いに私が買った贈り物だからね。大事に使ってくれていて、私的には嬉しさの極みだけど…今度、裁縫道具を使って修繕しよう。私も力になるぞ?」


「……お姉ちゃんの癖に。」


「だって、お姉ちゃんだからね!世の中の姉は妹のあーんな所やこーんな所も全て網羅しているものさ。ほら、意地張ってないで…ほら。」


悔しいそうに、私の傘に妹は入り、妹の歩幅に合わせて、家へ向かって歩き出す。


「どうして…知ってたの?」


「そりゃあ週1回、妹の雨ガッパを使って……いんや、何でもないない♪」


「ちょっと!?詳しく教えてよお姉ちゃん!!!」


「妹よ…世の中には、時に知らなくても良い事もあるのだよ。」


「…やっぱりお姉ちゃんは、お姉ちゃんだ。私の気持ち…返してよ……」


「あっはっはっは!!!」



◾️005



部屋に戻った私とお姉ちゃんは、すぐに濡れた制服や下着を脱ぎ、お互いの体をタオルで拭いてから、従業員用の服に着替えた。


「シャワーを浴びれないのは残念だけど…元気も湧いたし、銭湯の手伝いに行きますか!」


「…?うん。」


私達の両親は下の階で、銭湯を運営している。だから、上の階の居住スペースには、お風呂がないのだ。


「……おかっつぁん。妹と共に、お手伝いに馳せ参じましたぜ?」


受付にいるキリッとした金髪の女性…お母さんが、私達に敬礼した。


「増援感謝する…砂夜さよは脱衣所の清掃。雨天うてんは、この場を任せる。迷惑客がやって来たら躊躇せずに、2階にいる私を呼べ。」


「はい!」


「じゃあ、行って来るね。終わったら、こっち手伝いに来るから〜」


お母さんとお姉ちゃんは、それぞれの持ち場に向かい、私は受付の席に座った。


……大変な仕事だけど、ふざけてばっかな、お姉ちゃんよりは上手く出来る。


「お……大人1人。い、いいですか?」


「あ…ようこそ!スーパー銭湯『泡沫うたかた』へ…300円になります!!」


……


「一応、大人1人に」


「こども、ひとりー!」


「はい…400円になります!」


「よく言えたね…まことお兄ちゃんがナデナデしてあげよー!!」


「きゃわわ〜くすぐったいぃ〜〜♪♪」


心なしか、体が透けてる気がしたけど…ただの気のせいだろうか?


……


客足がひと段落ついて、一息ついていると、受付の机に力強く現金を置かれた。


「大人2人だよ、お嬢ちゃん。」


「おい、子供を恫喝するな。ごめん…後で強く、言っておくから。」


「ええと、600円丁度…ありがとうございます!」


「はえ〜君にだけは言われたくないなぁ…そうだ、これも預かっておいて。」


拳銃も追加で置かれて、私は目を丸くする。


「…グロック17?」


「へぇ…今時の中学生にしては、詳しいね。」


「お前っ!?いつの間に、俺の拳銃を…」


「んじゃあ、お先に失礼するよ。」


「待て、話はまだ済んで……」


慌ただしく2人は男湯に入って行った。


……


「いえーい、銭湯だぁーーーー!!!!」


「わーーーい!!!!でありまぁす…で、銭湯とは何でありますか?」


「ふふん。それはねぇ…」


「…主様。」


「エクスは2人を黙らせておけ……はぁ。連れがうるさくてすまない。大人4枚だ。通貨はこれで足りるな?」


お姉ちゃんくらい背丈の男の人から、現金を受け取る。


「は、はい!ではごゆっくり。」


「ラスットぉ〜私達を覗いちゃ…駄目だゾ☆」


「お前のその低脳さには、つぐつぐ呆れるよ…後は任せる。」


「!はい。主様の御命令のままに。」


「ナハハハ!!!どっちが、長くお風呂に浸かれるか、勝負でありますよぉ!!!ユティ姉?」


「いいね、上等!!!…私、絶対負けないんだからっ!!!」


まるで嵐の様に4人組は各々、浴場に入って行く。その後、何人かの受付業務を終えた辺りで、お姉ちゃんがやって来た。


「お疲れ〜後は私が受付やるよ。今晩の仕込みが終わって、おかっつぁんが清掃役を引き受けてくれたからね!」


「ありがとうお姉ちゃん…少し上で休むね。」


「そうしな♪」


私は受付席から手を振るお姉ちゃんに、手を振り返して、階段を登った。



❤︎006



「これからも私の妹の事を、よろしくね〜…ありがとうございました!またのご利用お待ちしておりまぁ〜す…っと。」


最後のお客さんがいなくなって、私は机に突っ伏した。


「流石に、腹…減ったよ。」


「ご苦労だった砂夜さよ。ご飯の支度と用意は、既に雨天うてんが済ませている。身の回りの整理整頓が済み次第、上へ向え…そして、期待するといい…今から走って来る。後、私の分を考える必要はない。」


そう言い残し、おかっつぁんは外へ行った。


「…期待ねぇ。」


パパッと片付けを終わらせて、1階の電気を消し、2階へと登ろうとした瞬間…おかっつあんの言葉の意味を悟り、私は戦慄した。


この香りは…まさか。まさか!?


……



居間の机のド真ん中に置かれたるは、黄色い液体が大量に入った黒い鍋。


その側にはバケット、各種野菜、ウィンナー、イカ、エビ、餃子、唐揚げ…などなど。


やっぱり、私の嗅覚に狂いはなかった……!


「チーズッ、ホンデュ!!!私の大好物じゃあ、ないかっっ!!!!」


「お姉ちゃん…そこで、ガッツポーズ決めてないで、席に座ってよ。」


私は意気揚々と、妹の顔が見える席に座る。


「切るのとかは、お母さんにやって貰ったけど、チーズは私がやってみたんだ。」


「…どれどれ。」


おたまでチーズを取り出し、お皿にそのまま入れて、置かれたスプーンでさあ、実食。お手並み拝見と行こうか。


うんうん。ワインの良し悪しとかは分からないけど、エメンタールチーズの僅かな甘み…グリュイエールチーズのナッツの風味に加えて、ゴーダチーズの実家の様な安心感…そして。


「隠し味とばかりに、カマンベールチーズを入れて…クリーミーさと上品さを演出してる…あっはっはっは!!!!一介の酒飲みなら、喉から手が出るくらいに、ビールが欲しくなっちゃうパターンの美味い奴だ。」


「お姉ちゃん…まだ未成年だよね?」


「たまーに、おかっつあん秘蔵のビールをちょいと…ね?」


「えっ!?」


妹の声が聞こえなくなるくらいに夢中になって、チーズを食べる。


「もう。チーズばっかり飲んで…具材も食べてよ!」


そうだ。白米にこのチーズをかけて『チーズ丼』みたいにしたら…美味しいんじゃないか?


そう思って、スプーンを置いて立ち上がろうとした私の口に、緑色の物体が侵入した。


「デジャブ!?…むぐむぐ……これ…ブロッコリー?」


「どうせお姉ちゃんの事だから、お米とチーズで『チーズ丼』…なんて、思ったんでしょ?」


私の行動を読まれて私は目を見開いた。


「な…なぜ、バレたし!?」


「これでも、お姉ちゃんの妹だから。はい、口開けて…野菜も食べなさい!」


「おのれ…おかっつあんみたいな事を…野菜って、全体的に硬くて好きじゃないんだよ!」


グイグイと野菜を押し付けて来る中、大好きなチーズを食べて、脳が活性化しているからか、悪魔的な閃きを思いつく。


「じゃあ…口移しだったら食べてあげてもいいよ?それなら野菜も柔らかくなるだろうし。」


「……!」


どうだ。妹よ…いくら私達が姉妹とはいえ、その一線は、流石に越えられまい。


私は勝利を確信して、水を一口飲んだ。


だけど…あれ?


よく考えたら妹がヤケになれば、フィジカルの差で無理矢理、野菜を食わされるし…最悪、「もう2度と作らない。」と言われるのでは?


それは…何としてでも避けたい。これが1度だけなのは、非常に勿体なさすぎる。


私はチラリと妹の様子を見ると、私を責め立てる事もなく、無言でニンジンやピーマンを食べていた。


拗ねた…か。大人気なく、妹相手に全力出し過ぎちゃったなぁ。どっかで…埋め合わせしなくちゃだ。


「……?」


おたまを手に取り、チーズをよそごうとする右手を、強く握られた。


今は海外に出張している、おとつっあんは勿論、おかつっあんも、ここにはいない。


誰なのか…考えるまでもなかった。


「いもう…っ!?」


信じられない事に、一般常識から逸脱してしまうという羞恥心よりも、私の健康面を気遣う心…家族愛が勝ったのだろう。


「…次いくよ。」


「い…っあ…ふう…ぁ…///」


そういうのには疎い癖して、的確な攻めで快感を感じさせて蕩けた表情にさせられてしまう…その魔性のテクに、私は脱帽する。



言い換えるなら、何にも変え難い至上のご褒美にして……至上の屈辱だった。



———この日…心理戦において初めて、妹に敗北を喫した。


が…今日は、まだ終わっていない。逆転のチャンスは必ず訪れる。


凶悪な殺人鬼みたく…狡猾に行こう。



◾️007



夕食の片付けやお皿洗いを終わらせ、ずっと惚けている、お姉ちゃんを無視して、私は着替えを持って1階に降りて、電気をつける。


いつまでも、お姉ちゃんが元気で健康でいてほしい…あれは、そう思っての行動だった。


(悪い事…しちゃったかな。)


お母さんが小さく印をつけたのれんをくぐり、脱衣所で服を脱いで、防水加工を施したカメラを持って、いつ見ても歪な富士山の絵をチラリと見てから、傷1つない体を洗う。


それが終わるとお母さんが洗って再度、湯を沸かしてくれた私1人だけじゃ、寂しいくらいに広い浴槽に浸かった。


「…ふぅ。」


こうして今日、撮った写真を確認していると…ふと、今の生活が幸せだと感じる事がある。


家に帰れば、お母さんやお父さん…お姉ちゃんもいる。中学校に行けば、牧田くんや、残雪さん、リード先生。


(それに……阿達くんだっていて。)


「っ!?」


無性に恥ずかしくなって、お湯の中に思いっきり頭を突っ込んだ。


「………。ぷはっ…はぁ…はぁ……何で。」


阿達くんの事を考えると…どうして、こんなに、胸がキュッと苦しくなるんだろう。


「……上がろう。」


湯船に浮かんだカメラを回収し、浴槽から上がって…自然に湯を抜こうとしている事に気がつき一抹の寂しさを感じて、小さく笑った。


「いつもは、乱入して来るのに…お姉ちゃん、まだ入ってないよね。」


ドライヤーで髪を乾かして、湯冷めしないように、早々に黒色のパジャマに着替えて、湯上り処で、抹茶アイスを食べる。


(お姉ちゃん…部屋で、何してるんだろう?)


大体20分くらい経っても、来ない事に疑問を覚えつつ、男湯を出て、1階の電気は消さずに階段を登って部屋のドアを開けた。


「お姉ちゃん、そろそろお風呂に…」


文句を言おうとした私は、あまりの光景に…言葉を失った。



◾️008



お姉ちゃんが、仰向けになって倒れている。


床には血溜まりが出来ていて…2段ベットや、私とお姉ちゃんが使っている机にも、所々に血が付着していて……


「お姉ちゃん……?」


腹部に包丁が…深々と、突き刺さっていた。


「嘘。ねえ…起きてよ。」


腕に手を触れるとまだ…生暖かい。揺さぶっても反応がなかった。


(陽気なお姉ちゃんが自殺する筈がないし、深々と包丁を刺せる力もない。なら他殺?でも戸締りは……あ。)


帰り際…銭湯の入口のシャッターが閉まっていなかったのを思い出す。


お母さんは普段、裏口から、外に出るけど…たまに入口から走りに行く事がある。


(いつも使っている1階と2階を繋ぐ階段には、仕切りもなければ、鍵付きのドアもない。)


厳密に言えば…あったけど、2年前…行き来が面倒だからと、お父さんが取り外したのだ。


つまり…階段さえ登れば、すぐに居間や部屋に行けてしまう。だから…必ず交代で、1人は2階にいるようにしていたのに。


私は反射的に、周囲を見渡す。


(料理に集中して気がつかなかった…?でも、潜伏場所が…)


私が料理をしていた居間ではなく、私とお姉ちゃんの部屋でもない、もう1つの部屋。


「……お父さんと、お母さんの部屋…っ。」


階段を登る誰かの足音…偶然、今日が男湯の日だったから、奇跡的に、私とすれ違っていたのだろう。


足が震える…幸せはこうも唐突に崩れてしまうものなのか。


「……っ。」


私はせめて護身用にと、お姉ちゃんに刺さっていた包丁を引き抜こうと……?


「あれ…抜けない?どうし…」


「わぁっ!!!!食べちゃうぞぉ!!!!!」


「きゃぁぁあぁぁぁあぁぁあ———!?!?!?!」


私が悲鳴を上げて、床に付着した血で転び、腰が抜けてしまった様子を見て、起き上がったお姉ちゃんがゲラゲラと笑った。


「サプライズ♪この通り、お腹にまあまあ分厚い歴史の教科書を挟んだ上に、包丁を刺していたってだけさ…それと、この血はタバスコだから。」


「……。」


「匂いですぐバレると思ったのに、案外バレないんだね。この従業員服はダメになっちったけど、妹の純粋で可愛らしい声を聞けて、私は大満足さ。あっはっはっはっは!!!!!」


「……お姉ちゃん。なら…足音は?」


「…え?あっ……」


既に足音は止んでいる。私の位置的に、後ろは見えず、お姉ちゃんだけが、足音の主を視認していて……


「お、おかっつあん…おかえりなさい。」


「話は全て聞いた…砂夜さよ。貴官は暫く小遣いは抜きだ。後、部屋の掃除をせよ。」


いつもよりもピリピリしていて、私も縮こまんでしまう。


「…そ、そんなぁ。」


「命令を遵守しないのなら…それ相応の罰を加算する。例えば、貴官が保有している娯楽用品全てを焼却処分…」


「分かった、分かりましたぁ!!すぅぐ、やるんで…この通り、掃除とか大得意なんで!!!掃除道具持ってきまぁす!!!!」


凄い勢いで、部屋から出て行ってしまった。


(はぁ…お母さんみたいに、なれたらなぁ…)


「ふぁ…んんっ。別に無理にとは言わんが、雨天うてん砂夜さよの補佐を……」


よろよろしながらも立ち上がる姿を見て、お母さんは、私に背を向けた。


「言うまでもなかったか。帰った時に、入口のシャッターは閉じておいた。私はもうお眠の時間だから、寝る…後は任せたぞ…雨天うてん。」


「はい…おやすみなさい。お母さん!」


「ああ。おやすみだ…子供達。」



❤︎◾️009



2時間後……時刻は23時になろうとしていた。


私達は同時に息をつく。


「あっはっは…今日が終わる前に、何とか掃除終了!!!!…これも、愛しい妹のお陰さ!」


「誰の所為だと思ってるの…私のパジャマも、汚れちゃったし。」


…………。


「その…寝る前に、」

「あっ…お風呂行く?いいよ、私まだ入ってないし、一緒に行こうぜ〜!!!」


私達は一緒に、1階に向かう。


「そう言えば私が受付してた時に、妹と同じ中学校の男子が来てたよ?つれないねぇ…お姉ちゃんにも、教えてくれてもいいじゃん!」


「え!?別にそういうのじゃ…お、お姉ちゃんだって…」


「はいはい、恋バナはお風呂の中でしましょうね〜♪夜はまだまだこれからさ。」



これが『泡沫』の夢だとしても。そこに刻まれた日々は、確かにそこにあって…



——静かに幕が降りるその瞬間まで、この日常は続いていくだろう。

                                        了

     
























































































































































































































































































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