第9話 指輪と耳飾り



 それは欝蒼としげる樹々の中に、なかば埋もれていた。


 朽ちはてた石造りの都市……。


 膨大な時に押し流され、植物の生命力に浸食されながらも、かろうじて姿をたもっている。


 琉酔乱には、見覚えのある場所である。


 かつて水をたたえていたであろう、壕のなごりを越え、崩れおちた石塀をのりこえる。


 そして着実に都市の中心部をめざしていく。


 それは、奇跡的に残っていた。

 蔦におおわれ、苔むしてもなお、往時の偉容をたもっていた。


 それは……。


 純白のかがやきこそ失せてはいるが、まごうかたなきハーン神殿であった。


 琉酔乱は足を速めた。

 こそげ落ちた石畳を踏みしめ、折れ伏した列柱を縫っていく。


 ひたすら、本堂の入口をめざす。


 そして半分あけ放たれたままの、錆でまっくろに変色した銀の扉をすり抜け、ホールの入り口へとたどり着いた。


 ひび割れた、紅御影石の祭壇がある。


 天井から落ちた瓦礫に埋もれ、枯れ葉の堆積した、四角い室内池があった。


 そして……。


 祭壇への階段を駈けのぼった琉酔乱の目に、ぼろぼろの、家型アーチのかかった部屋が飛びこんできた。


 そこで、走るのをやめる。

 一歩一歩、踏みしめるように近づいていく。


 部屋に入る。


 蓋の割れ落ちた、岩くれのような柩があった。


「やはり……」


 琉酔乱は、くやしそうに唇を噛んだ。


 柩の蓋の割れ目から、キラリと光がもれている。

 他はすべて朽ちはてて、なにも残っていない。


 琉酔乱は柩に手を入れた。

 光を発しているものを、慎重につまみあげる。


 それは――。


 時の流れに、色あせることもない。

 黄金の耳飾り。


 変形してはいるが、それは、いまだに花の形をたもっていた。


「ラミア……」


 琉酔乱は、イヤリングを握りしめた。


「おまえは、やはり、戻ることができなかったのだな」


 深々と、こうべをたれる。


「時が流れを止めたとき……すでにおまえは、冥府の住民だったのだな。あのとき気づけなかった、俺が馬鹿だった。許してくれ……」


 胸の中を、むなしく風が吹きぬけていく。


 よもやと思い来てみたが、やはり予感は的中してしまった。


 あの別れきわの、ラミアのためらい……。

 なぜあの時に、自分は気づけなかったのか。


 気づいていれば、なんとかできたかもしれないと思うと、琉酔乱の心は乱れた。


 声がした。


 否――。


 したような、気がした。


 時の流れは、だれにも止められません……。


 それは別れぎわの、ラミアの言葉。

 しかし琉酔乱には、そばにラミアがたって、語りかけているような気がした。


「そうだな」


 寂しそうに、微笑む。


「何事も可能だと思うのは、恐ろしいほどの傲慢かも知れぬ。おまえの言うとおりだ」


 懐に、手を入れた。


「おまえの唇には、紅がにあうと思った」


 二枚貝の蓋をひらく。

 そのままの状態で、そっと柩の中に入れる。


「かわりに、この耳飾りを」


 ラミアの耳に光っていた、ただひとつの品。


 琉酔乱は、その花の耳飾りを、胸にさげた守り袋へと入れていく。


 耳飾りは袋の中で、聖王の印――月石の指輪と出会った。


 そして、嬉しそうに……チン、と澄んだ音をたてた。



                       悲しみのエフェネル 了




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 これで晴嵐王異伝は終わりです。

 当初の構想では、まだまだ続く予定でしたが、残っている原稿がこれだけです。続きを書くには時がたちすぎました。ですので、残念ですがこのお話も終わりとなります。

                                羅門祐人



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『抜刀! 琉酔乱』青嵐王異伝 羅門祐人 @ramonyuto

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