小説 花泥棒の嘘
紅野レプリカ
花泥棒の嘘
「この花束を五つください」
十四時を回った時間帯に街中の小さな花屋の中で一人の男がそう言った。花束といっても片手の人差し指と親指で作るO文字の中に収まるほどの花束だった。
「かしこまりました。こちらはご自宅用ですかそれとも個人用ですか?」
「個人用でお願いします」
「かしこまりました」
五つの小さな花束を個人用と言ったことで何か不思議な表情をされるかと思ったが店員は花屋に相応しい表情を浮かべていた。
「ありがとうございました」
晴れた空の下で男の背中越しに店員は言った。そのような典型的な言葉でさえもうれしかった。
その後に男が向かった先は街の大きな墓地だった。週に一回は亡くなった大切な人のお墓に訪れて花を替えるのが日課になっていた。
「また一週間経ちました。また花を替えとくから愛でてやってください」
いつも通り数分の雑談をした後、男は立ち上がった。
「また来週来るから」
四つの小さな花束を両手で持ってその場を後にした。
数週間前であれば空の両手で帰っていたが最近は寄り道をよくする。墓地の細い道を左や右に曲がったところで立ち止まった。目の前にあるのは枯れた花が目立つ墓だ。相手からすると赤の他人である男だが、彼自身はあまり気にしていないらしい。
「また花を替えにきました。またと言っても二回目ですけどね。あなたからすると私は他人ですがそれの罪を花には宿さないでください。花に罪はありませんから。あなたが花を愛でてくれたからここにある花は枯れました。赤の他人の花ではありますが、どうか愛でてやってください」
男はアルミ製の筒に掛けてある二つの花束のうち枯れている一つの花束を取った。その後に手に持っていた四つの花束のうちの一つを筒の中に掛けてあげた。
「また来ますね」
そうやって男は今日も相手からすると赤の他人であろう墓にある枯れた花を替えてあげた。男は替える前にあった枯れた花を自分の家に持って帰ることにした。墓地には枯れた花束やその他の手放し物を置く場所があったが、人が愛でた花をそこに置いて帰ることは男にはできなかった。
手に持った枯れた花束は家の花壇に埋めることにした。その花が肥料になっていつかまた生まれ変わるように美しい花が咲くと信じて。
あれから一ヶ月が経ち男はまた花屋の中で花を眺めていた。相手が飽きないように毎回の花を選ぶときは色や形などを真剣に選んでいる。
いつも通り五つの小さな花束を両手に持ってレジへと向かった。毎回同じ店員が相手をしているため顔を覚えられたのか店員は男に話しかけた。
「毎週ここに来られますよね。お花が好きなのですか?」
「まぁそんなところです。知り合いの墓に花を掛けたいもので。まぁ自分勝手なのですが」
「五つもお墓を周るのですか?」
「毎回五つの墓を周るとは限らないのですが、大切な人が一人いてその人の墓に花を渡した後、手入れされてない墓とか枯れている花が掛けてある墓に一束づつ渡して帰ってるんです。何も手入れされてない花や墓を見ると悲しくなってきて」
「素敵ですね。私もこの町で花を売って長いですけど、お客さんがよく言いますよ『この町のお墓は綺麗な花が飾られていて気持ちがいい』って。あなたみたいな方々いるからですね」
男はそう言われて少し背筋が伸びたようだった。
「それはうれしいですね」
「あっ、でも気をつけてください。最近、墓に掛けてある花を盗んで帰る人がいるって噂が立ってますから」
「そんなことをする輩がいるんですか?花泥棒なんて許せないですね」
店員からすると自分が売った花が盗まれている可能性もあるからかいつもより不機嫌そうな表情を浮かべていた。
「あなたのような心優しい方がいるのが私はうれしいです」
店員はそう言ってお店を後にする男の背中越しに「ありがとうございます。またお越しください」そう言った。
それからまた男はいつも通り小さな花束を抱えて墓地へ向かった。
大切な人の墓の前に立ち、いつも通り男は会話を始めた。
「少し外が涼しくなってきましたね。ここは建物が立ち並ぶ街中と違って風がよく通ります。私も今の生活が少し大変で、だからこそ週に一回ここに来ることで本当に大切な気持ちを思い出させてもらってます。ありがとうございます」
毎回似たような感謝の気持ちと男自身の小さな愚痴を言ってその場を後にした。
その後は日課となっている枯れた花を替えにまた他人の墓に訪れた。
「二週間前に替えた花はもう枯れちゃってますね。あなたが愛でてくれたおかげです。ありがとうございます。また新しい花を掛けときますね」
男はそう言って枯れている花を筒から抜いた。
「いたぞ!あいつだ!花泥棒!」
後ろを振り向くと声を上げた人の指先が自分に向いていたため、その声は自分のことを言っているものだと男は理解した。
それと同時に墓の影から出てきた一人の警察が男に近づいた。
「君だね他人の墓の花を盗んでいるのは」
男は瞬時にその状況を理解したため逃げることはせず誤解を解こうとした。
「いや。盗んでいるのではなく枯れてしまっている花を替えてあげているんです」
男はそういえば理解されると思っていたため、素直にそう言った。
「でも君は他人の墓の花を盗んでいるのには変わらない。最近花泥棒の目撃情報が多かったが君だったか。君自身悪いことをしている自覚はないと思うが、私と一緒に署に来てもらう」
その時男は花屋で店員が言っていた花泥棒が自分のことだったのかと理解した。
「待ってください。花を盗ったと言ってもこれは私が数週間前に掛けて花ですよ」
「その証拠はあるのか、君が嘘をついている可能性もあるからとにかく私と一緒に来い」
平日の昼時ということもあり墓地にいる人の数は少なかった。しかし花泥棒が捕まったということは街の間に薄く広く伝わった。
それから一ヶ月が経ち男が毎週花を替えていた墓には枯れた花が落ち込んだように掛かっていた。
その後その町の墓地は枯れた花が掛かるお墓が増えたとか。
そうやって花を替える人がいなくなった墓はいつの間にか忘れ去られるだろう。
*
ここは花で溢れている
それを見て人は心に花を咲かす
だから俺はその花に水をあげたんだ
人は咲いた花ばかり見ていた
俺は綺麗な花より
綺麗な花を咲かせる人の方が好きだ
あの花が咲くまでに
どうか
どうか
伝えたい花一つ
ここは枯れた花で溢れている
それを見て人は心の花を枯らす
だから人はその花に愛をあげたんだ
私は枯れた花ばかり見ていた
私は枯れた花より
愛だけで花を咲かそうとする人の方が嫌いだ
あの花が枯れるまでに
どうか
どうか
知りたかった花一つ
綺麗な花を前に醜い
醜い花を前に綺麗
言葉は関係ない
愛だけ与えても
花は咲かない
本当に大事なのは
言葉でもその花を愛でる人でもない
花に水を与えて花を替える人なのに
小説 花泥棒の嘘 紅野レプリカ @kurenorepulika
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます