空に言えなかったこと。

小林すもーる

第1話

「ぐっもーにん!」

「おはよー

……あんた元気良すぎよ。」

そう言いながら海は本から顔をあげてほほ笑む。

「あれ!」

私が机にある袋を手に取ると、海は急に慌てだし、頬を赤らめた。

「これ、バレンタイン?」

「りーくー!!やめてよぉー!」

海の言葉を無視し、袋を高く掲げたまま笑顔を作ってたずねる。

「その反応…

これは本命ですな!」

「…」

「ねえ!誰にあげるのー?

答えないと返してあげないよぉー??」

海の顔はもう耳まで真っ赤だ。

「……ら。」

「えっ?何?」

よく聞き取れず、私は聞き返す。

「だからっ!そらだって!」

その瞬間海は私の手から袋を奪い取った。

「そっか…空か…」呟くように声を出す。

「何よぉ。文句あるの???」

「いや、こっちの話よ。」

そう言って私は、海の背中をバシッと叩いた。

そうだ。

これは私の話。

これは私の勝手な想い。

頭の片隅では分かっていたはずなのに、私の心臓はうるさいほどドクドクと音を立てる。


海と空、そして私、陸。

私達3人はいわゆる幼なじみってやつだ。

出会いは保育園。

名前が似ている。そんなごく単純な理由で、母親たちは意気投合した。

名前以外、最初は共通点が無かった私達も、気がつけば10年以上一緒にいる。腐れ縁というやつなのだろう。


「ばーか。」

誰に言うでもなく、口に出してみる。

自分でもよく分からないけど、おそらくこれは、バカな、本当にバカな私に対する言葉なんだと思う。


「やっほー!そらー!」

「おう!」

「今日、海いないんでしょ?」

「あー。今日、塾の日か。

じゃあ、帰るかぁ。」放課後、私達はいつものように集まると、歩き出した。


「なぁ。2人で帰るの久しぶりだな。」

「そうだね。」

いつもみたいに上手く返せず、話が途切れてしまう。

いつもなら…

私何て言ってたっけ?もっとおちゃらけて、面白く返せてたのかな。


「今日、俺さ…海に…」

空の言葉に被せるように、私はいつもよりふざけて返す。

「大丈夫!

海が今日美味しそうなお菓子持ってて、誰にあげようとしてたかくらい、知ってるよー?

私を誰だと思ってるの〜???

あの海ちゃんの親友様よ!」

「そっか…」

そう言って空はまた黙ってしまった。

けれど、大きく息を吐いた後、再び口を開いた。

「俺、今日海に告られた。

そんで…付き合うことになったよ。」

「うん。そっか。良かったね!」

私は空の背中をバシッと叩いた。

いつも海の背中を叩くより、強く。強く。

そして同じように、心の蓋もバシッと閉めた。

空が分かるよりも、早く。早く。


「ねえ、なんかさ…

陸、元気ないよな??」

「えっ!?」

気が付かれたかもしれない。

頭の中がその事でいっぱいになり、心臓がドクドクと早鐘を打つ。

「そ、そうかな?」

「そうだよ。

10年以上一緒にいて、分からないわけないでしょ。」

頭の中がぐるぐる回る。テストの時よりも早く回る。そしてゆっくりふうっと、息を吐く。

「実はさ、妹が入院してて。 家の方が少し大変なんだ。」

「マジ!!妹ちゃん大変だね。大丈夫か?」

「うん。結構早い段階で病気見つかったから。

まだしばらく入院だろうけど、一応大丈夫だよ。」

違う。嘘はついてないけど、悩んでることは違う。

それに私は、私を心配して欲しかった。

妹ではなく、私を。

みんな妹を心配して、家でずっと1人の私の事なんか考えてくれないんだ。

だから、だから。せめて空には、心配して欲しかったな。


分かれ道に近づき、2人とも自然と少し歩調を緩める。

足元にある石を思いっきり蹴ってみる。

すると、「何してるん」と空が笑った。

大丈夫。いつも通りだ。

大丈夫。大丈夫。


「じゃあ、そろそろ。」

「うん。じゃあ、また来週ね!」

そう言って私は、また顔に笑顔のお面を貼り付ける。

「なあ、なんかあったら言ってな?すぐ行くから。」

「うん。ありがと!」

ダメだ。泣きそう。期待しちゃうじゃんか。

「ばいばい!」

「じゃあな」

空と分かれるギリギリまでぐっと我慢した。

けれど1人になって、ふっと力が抜けると、涙がボロボロとこぼれてきた。

泣くつもりなんかなかったのに。

私は大丈夫なはずなのに…


「私だって好きだったのに…」


言ってしまった。

おそらく誰も聞いてない。

けれど、いけない事をしたようで胸がぎゅっとなる。

私は…大丈夫じゃない。

みんなが思ってるほど、私は明るくていつもバカみたいに笑ってるやつじゃないんだ。


「ただいまー」

誰もいないのに声を出す。

いつもやっている事なのに、今日に限ってすごく虚しく、悲しい事のように思えた。暗いリビングに声が吸い込まれたようだった。


電気を勢いよくパチッと付け、荷物を床に放り出し、制服のままベッドに転がる。

ふうっとゆっくり息を吐こうとしたが、その息は震えて、すごく頼りなかった。

1、2の3!

心の中で数えて、なんとかやる気を出して起き上がる。

そして先程放り出した荷物の中から、それを取り出す。

綺麗にラッピングされて、赤いリボンが掛けられたそれは、思っていた以上に幼稚で、バカみたいに思える。

きっとこれは、海が作った物と比べたら、はるかに不格好でいびつだろう。

しかし、私が作った本命チョコだった。

苦手ながらも私が作ったチョコだった。

だけどこれは、もう私には必要ない。


「やっぱり誰も信じらんない。」


私はチョコをゴミ箱に放り込んだ。

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空に言えなかったこと。 小林すもーる @small0512

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