第70話・決断! センガインよ永遠に⑤

 私は社章をクシャッと潰した。

 膨大なエネルギーが放出されて、身体中に電撃が走る。黒石姫乃のリクルートスーツから、薄く煙が立ちのぼる。

「黒石君──────────!」

「姫ちゃん!? 姫ちゃんじゃないか!」


 シュチ・ニクリーン様の声と重なるように、駆けつけてきたジカビ・レッドが、私の名を呼ぶ。

 エネルギーを使い切って電撃が止むと、私から力が抜けていく。ジカビ・レッドは、崩れ落ちる私を抱きとめた。


「ジカビ・レッド……いいえ、赤沢さん。私、嘘をついていた。本当の名前は黒石姫乃、秘密結社センガインの女幹部、ダークインよ」

 ジカビ・レッドは、息を呑んだ。視線を逸らして苦悩して、私の虚ろな瞳を見つめた。

「でも、ダークインも今日限りね。私はセンガインを抜ける。でもね……」


 起きようとしても、脚に力が入らない。ジカビ・レッドに支えられても、その場に立っているだけでやっとだった。

 子鹿のように身体を震わせ、船上のシュチ・ニクリーン様、酒内社長と向き合った。


「私は、日本に残ります! 山海せんがい商事のお客様と、社員を守る使命があるから!」


 酒内社長はそのままの姿で、シュチ・ニクリーン様の高笑いをしてみせた。

「フハハハハ! その責任感、顧客や社員への想いがあってこその黒石君だ! 私がハワイの東王父とうおうふ、黒石君は西王母せいおうぼになるがいい! 任命しよう、山海商事日本支社の社長にな!」


 そしてシュチ・ニクリーン様から酒内社長に戻ると、優しくも寂しい笑みを浮かべた。

「ハワイに本社を立ち上げたら、辞令を出す。それまでの間、山海商事をよろしく頼む。黒石君なら、必ずやり遂げる。何せ、私が見込んだのだから」


 私は痛みをこらえつつ、社長に深く頭を下げた。黒石グループではないけれど、子供の頃から目標にしていた社長に、ついに就任するんだ。

 身体の震えは、痛みのせいではなくなっていた。


「酒内社長、見ていてください。ハワイ本社の設立までに、山海商事を大きくします。地下組織の秘密結社ではなく、日の当たる場所で堂々と、日本一の会社にしてみせます」

「その意気や、よし。ただ、働きすぎには注意するんだ。黒石君は、頑張りすぎてしまうから」


 酒内社長とラマーズが客室へと入っていくと、船は係留ロープを外して、大さん橋を離れていった。社長のことだ。大統領の力添えを得て、船旅の間にハワイ本社設立の手続きを済ませるだろう。

 うかうかしては、いられない。山海商事の社員に説明と、新体制の準備に動かなければ。

 その前に、私は私のために生きなければ、と赤沢さんと向き合った。


「このあと、社内規定を改正します。社長の決裁が必要だけど、頑張って説得してみせます」

「それを……どうして俺に?」

「本業を疎外しないなら、副業を許可します。役員も含めて」


 私は姿勢を正して、ジカビ・レッドに頭を下げた。


「もう一度、赤沢さんのお店で働かせてください! 準備が整うまでは、お客さんとして遊びにきます」


 ジカビ・レッドは、赤沢さんは陽だまりのような笑顔をみせた。


「大歓迎だよ。ただね、姫ちゃん」


 顔を上げて、少し首を傾げると、赤沢さんは私の両手を握った。


「お客さんでも、アルバイトでなくてもいい。俺と一緒にいてくれれば」


 私の視界が潤んでいった。見つめられなくなった私は、赤沢さんの胸に飛び込んだ。


「嬉しい……ずっと、そばから離れない」

「俺もだよ、姫ちゃん。ずっと一緒にいよう」


 そのときだ。くじらのせなかが踏み鳴らされた。饕餮とうてつの湯に浸かり、疲労回復したスイハンジャーの四人だった。私と赤沢さんはパッと離れて、互いに目を背けてもじもじとする。


「アツアツねー」

 と笑っている、フライ・イエロー。

「あれ? 一緒に肉じゃが作ったお客さん?」

 と目を丸くする、ボイル・ピンク。

「そのあと、うちで酔い潰れたお客さん?」

 と、気まずそうなスチーム・ブルー。

「姫ちゃん!? うちの店に帰ってきてよ!」

 と、懇願するピクルス・グリーン。


「コンカフェには戻りません! そんなことより私のお給料、支払ってくださいね。給料未払いは労働基準法違反、三十万円以下の罰金ですよ!」

 私が啖呵を切ってやると、ピクルス・グリーンはしおしおとしぼんで謝った。


 *  *  *


 九月の夕暮れ。赤々と灯る提灯に、私は吸い寄せられていた。のれんをくぐると、ねじり鉢巻をした赤沢さんがパァッと笑顔を見せてくれた。一番乗りで、ほかにお客様はいない。

「姫ちゃん、いらっしゃい」

「こんばんは、赤沢さん。烏龍茶を」

 席について、烏龍茶とお通しを受け取った。含みのある笑みをしてから、赤沢さんに声をかける。


「制度改正が承認されました。施行されたら、またお世話になります」

「やったぜ! いつから働けるのか、教えてよ」

「その前に、見て頂きたいものがあるんです」


 私がカバンから取り出したのは、一枚の絵はがきだった。酒内社長と普段着のラマーズが、ワイキキビーチに勢ぞろいしている。


「裏に書いてありますけど『東の果てで仙界を見つけたり』ですって」

「本当だ。えーっと『日の当たる場所に出て、我らは戦意を失った。黒石君を見習って、表で真っ当に働く所存』だって!?」

「そうみたいです。秘密結社センガインではなく、山海商事のハワイ本社としてやっていきます」


 赤沢さんは、ポケットからスイハンジャーのピンバッヂを取り出した。それを口元に当てて、四人の隊員に連絡をする。

「秘密結社センガインは消滅した。我々の役目は、もう終わりだ。今まで、ありがとう」


 そう伝えると赤沢さんは、ピンバッヂを握りつぶした。一瞬レッドに変身し、すぐ赤沢さんに戻る。電撃に顔をしかめて、涙ぐむ。瞳を潤ませたまま、爽やかな笑顔を私に贈った。

 私も同じようにして、同じ笑みを贈り返した。

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恋を知らない女幹部は情熱のレッドに恋をする 山口 実徳 @minoriymgc

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