3章23話:月が昇る前
追いかけてきた木の枝から逃げてる時、呪文が聞こえてきたこと。チョジュラスの槍に触れた時の天使との会話。
それを話した。
「んーじゃ結局、フミーも『メヴィ・ソラシア』についてよくわかってないのだな」
「それは、うん」
フミーの説明を聞いて確認するお祖母様に小さく頷く。
「アヤートは知ってるのか?」
「知らないよ。二人に初めて話したから」
「それがいい。反動ダメージつきとかいい顔しなそうだしな」
「ん。でも本当はね、父様に限らず誰にも言わないようにしたかったの」
夜風で靡く髪を抑えながら、視線をお祖母様から逸らして地面を見つめる。
流れ的に勢いで使い、クロシェットとお祖母様には話してしまったが、こんなことは避けたかった。
「どうしてだ?」
お祖母様は首を傾げる。純粋な疑問が声に込められていた。
「言いたくなかったから……」
「……? だからそれはどうしてなんだよ」
不思議そうに眉を顰めるお祖母様に答えが詰まる。
きっとそれは、二人に話していないフミーの心情に起因する。
メヴィ・ソラシアを教えてもらった時の焦燥感、自己嫌悪、罪悪感。そして、そんな鬱陶しい感情を髪の毛ごと切った。もはや八つ当たりで投げやりに、無理矢理、自分と決別した。
それが後ろめたかった。
矛盾だ。そういう感情を切り離したはずなのに。
月光に照らされてるできた影をフミーは睨みつける。
「ねぇ、フミーちゃん」
「何?」
お祖母様の問いに答えきれないフミーに助け舟を出すようにクロシェットは呼びかけてくれる。
「その天使ちゃんの言った7スコアってどんなことだと思う?」
クロシェットが着目したのは天使と邂逅した時の会話の方だった。
天使はくわしく説明しなかったが、生き返らせるには7スコア必要と言っていた。
その意味はわからない。だけれど、リクの能力があればそれもわかることだろうし、わからないことに不安はない。
ただ、
「長寿や強い再生能力を持つ者の犠牲で成り立つ力って言ってたのが引っかかる」
ぽつりと、フミーは呟いた。
チョジュラスの槍を知るきっかけとなった本『命の槍』。その題名が示す『命』とは、命を生き返らせられるからではなく——『命の犠牲』を必要とするからではないのか。
何度も天使との会話を思い出し、そんな考えも浮かんでいた。
「犠牲、か……」
「クロシェット?」
少し俯いたクロシェットの顔に影がかかる。何を考えているのだろう。
「フミーちゃんは、どうしても生き返らせたい人がいるんだよね」
「うん」
「スコアとか、犠牲とか、何だったとしても、達成できるといいね」
優しい声がフミーを包んだ。
「うん。絶対、達成するよ!」
力強く返事をする。そんなフミーを見てクロシェットは満面の笑顔を咲かせた。
「絶対か、そっかー!」
クロシェットは急に声を跳ねさせ、フミーを撫で回す。
「わー!」
髪がぐしゃぐしゃになる勢いだ。
その後、無事エルフの里へと帰った。遅くまで仕事をしていたシュージにメヴィ・ソラシアで負った自傷ダメージを回復してもらってから布団へ入る。
アルウェイル森林地帯がお祖母様を自由の身にしたのか、正確なところはわからない。
———
翌朝、フミーとお祖母様は旅館の庭で向かい合っていた。朝の清涼な空気が心地良い。
「ゴホン。いよいよ明日帰るんだな」
どこか穏やかなお祖母様の声が庭に響く。
「お祖母様も、一緒に帰るんだよね……?」
お祖母様を見つめながらおずおずとフミーは問いかけた。
「ああ。フミーのおかげで出られるようになってるかもしれないしな」
「……!」
その言葉にフミーは頬を緩ませ、ホッとする。
「そんでな」
お祖母様はそう言うと、天井へ掌を掲げた。次の瞬間、槍が現れお祖母様の手の中へと収まる。
久しぶりに、その槍が自分の瞳へ映る。
その美しさは、頭の中を空白で埋め尽くすほどのものだ。吹雪のように冷たく輝く槍。
朝日に照らされ、キラキラとしていて思わず視線が吸い寄せられる。
先端だけが黒く、あとは白で染め上げられた槍。
「チョジュラスの槍……」
「ほれ、受け取れ」
手に持ったその槍をお祖母様はフミーへと突き出した。
心臓をドクンと鳴らしながら、そっと指先で触れ、表面をなぞる。雪のように冷たい。それを味わってから受け取った。
フミーですら振り回せそうなほど軽い槍だが、ずっしりとして重いような気がした。
『命の槍』に書かれていた蘇生方法としては、遺品、髪の毛、爪、その死者にまつわるものへ、その死者のことを思い浮かべて槍を振えばいいとのこと。
天使の言っていたことは一旦忘れて、それを試してみたい。
「一応確認するけど、この槍をどう使えばカザミショーヤを生き返らせられるのか知らないよね」
「ああ。あたいもミーちゃんとこの図書館で槍のこと探し始めたわけだしお前たち以上のことは何も。吸血鬼の国にあったわけだし吸血鬼の国の連中なら知ってたかもしれんが、聞きそびれちまった」
「吸血鬼の国……」
反射的に口にする。吸血鬼と聞いて思わず知ってる顔がよぎった。
「ひでーんだぜ。あの国の奴ら人を見るなり襲ってきやがってよー。フミーも行ったら気をつけろよ」
「行く予定はないなー」
吸血鬼の国——ひょっとしたらドットルーパやログライフの出身地ではないだろうか。だとしたら、気になる。
「ねぇ、吸血鬼の国ってエルフの里がエルフばだかりみたいに吸血鬼ばっかりなの?」
「エルフの里にはあたいやシュージみたいな人間もいるが、あっちは吸血鬼一色だ。何せ鎖国国家だし。……少なくとも表面は」
「鎖国ってことはそこに住んでる人は外へ出てないの?」
「そうだな。出ることも入ることもできない国だ。まっ、あたしは入ったんだけどな」
入った存在がいるなら出た存在も考えるのが自然だ。それがログライフたちかは定かではない。しかし、彼女らにも今に至るまでの過去はあるのだろう。考慮するに値しないものだとしても。
「吸血鬼……」
ぽつりと呟いた言葉はお祖母様には届かず終わる。
槍を握る手に力が籠った。
———
フミーとルルーミャが去った後、旅館の庭を縁側へ座って眺めるリーゼがいた。
今朝はネオンに連れられお土産屋を物色したが、その後のリーゼは暇を持て余している。だから、ぼーっと手入れの行き届いた庭を眺めるくらいしかやることがない。
そんなリーゼへ忍び寄る影が一つあった。
「リーゼさん」
ゆったりと落ち着いた声が静寂を破る。
「隣、ええどすか?」
声の主は旅館の女将であるアイリスで、いつのまにかリーゼの横に立っていた。
「いいっすよ」
返事をすれば、アイリスはリーゼの隣に静かに腰を下ろす。彼女の水色の髪が揺れた。
「リーゼさんたちが来てから結構経つなぁ」
柔らかな風に靡かれながらアイリスは続ける。
「エルフの里、ええ場所やろ。楽しんでくれたんかいな?」
「ああ。自然に囲まれてていいな」
リーゼは答えながら、アイリスの顔をじっと見る。
アイリスに初めて会った時から、リーゼには引っかかる部分があった。
「そないに見つめられたら照れるわ〜」
口元を綻ばせ、くすりと笑うアイリス。しかし彼女の瞳の奥は謎めいている。
「やっぱりウチ、あんたの声聞いたことある気がする。ずっと昔に。あと姿もなんとなく見覚えが……」
だが、顔の見覚えがない。それが不思議だ。
「それ、アヤートさんも言うてました。ぼくはファースト大陸に行ったことあるさかい、すれ違うても不思議じゃないとちゃいます?」
「ああ、そうなんすか」
リーゼは素直に頷き、その発言を飲み込む。
フミーたちがファースト大陸から来たなど誰も彼女に言っていないことには気づかない。
アイリスはリーゼに会った時のことも、リーゼに会った時のことも、はっきり覚えていた。その時、彼女は顔を隠していたため、顔に見覚えがないのは仕方のない話だ。加え、アヤートの場合、彼の意識が曖昧な時だった。リーゼの場合は彼女の人覚えの悪い性質も影響していた。
「風、強なってきたなぁ」
ざわめく木々の音が響き、その風の強さにアイリスは髪を抑え、リーゼは目を閉じた。
召喚され少女と密室二人きり、俺が死ぬまでの七日間。そこから始まるアタシの物語 うさぎさう @Usagisau
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