風の図書館

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風の図書館

風の図書館


町はずれの森の奥、誰にも気づかれずひっそりと佇む小さな図書館がありました。けれど、そこには本棚も司書もいません。ただ、風が吹いています。


この図書館に迷い込むのは、心が少し疲れている人たちだけ。今日、その場所に足を踏み入れたのは、ひとりの青年、ユウでした。


何もかもがうまくいかず、自分の居場所も分からなくなっていた彼は、ふらふらと森に入り、知らず知らずのうちにその扉の前に立っていました。


中に入ると、風の音だけが静かに響いていました。優しくて、どこか懐かしい音。


しばらく座っていると、風が一枚の紙をふわりと彼の前に運んできました。


それは、どこにも書かれていないはずの彼自身の気持ち――

「消えてしまいたいと思った夜。だけど、誰かが自分を探してくれるかもしれないって、ほんの少しだけ思った」

――そんな言葉がそこに、書かれていました。


ユウは驚きながらも、なぜか泣きたくなるような安心感を覚えました。

「ここには、風に流した心が集まってくるんだ」


風の図書館は、本の代わりに、誰かの思いを集めて残している場所だったのです。書いた人の名前もない。でも、その言葉は、誰かの心の奥深くから生まれたもの。


ユウは紙をそっと胸に抱き、外へ出る前に、机の上の白紙にひとことだけ残しました。



「生きてるだけで、誰かにとって、風のような存在になれる日がある」



風がそっとそれを運んでいきました。

森は静かに揺れていて、ユウの足取りは少し軽くなっていました。

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風の図書館 sui @uni003

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