タイムカプセル
猫柳蝉丸
本編
ねえ、お兄ちゃん。
えっとね……、私、お兄ちゃんのこと大好きだよ。
ちっちゃな頃から……、ううん、産まれた時からずっと大好きなの。
ずっと分かってたと思うけどね、私、この気持ちを伝えたかったの。
えっと……。
えっとね……、そう、お兄ちゃんは私たちが小学生の頃のこと覚えてる?
そう、二人でちょっと遠出してタイムカプセルを埋めにピクニックに行った時のこと。
うん、そう、二人の思い出がいっぱい詰まったタイムカプセル。
ここでの生活が落ち着いたら、掘り出して確かめようね。
でも、あの時は大変だったよね、私が川岸で足を滑らせて川に流されちゃって。
はっきり覚えてるよ、お兄ちゃんが川に飛び込んで一生懸命私を助けてくれたこと。
その時、お兄ちゃんのおでこに付いちゃった傷を見る度にね……、私、思ってたんだ。
お兄ちゃんの事が大好き!
お兄ちゃんの妹に産まれてよかった……! って。
お兄ちゃんもだよね……?
お兄ちゃんも私のお兄ちゃんに産まれて幸せに思ってくれてるよね……?
私が妹で幸せだよね……?
それ以上に幸せなことなんてないよね……?
そうだよね……?
そうでしょ?
それでね……。
えっと……、えっとね……。
待って、待ってよ、お兄ちゃん。
そんな顔しないで。
私はお兄ちゃんのことが大好きなんだもん。そんな顔されたら悲しくなっちゃうよ。
だから……ね?
もうちょっと落ち着いて私のお話を聞いて……ね?
えっと……、えっとね……。
そう、中学生になった頃からね、私ね、お兄ちゃんが私の着替えやお風呂を覗いてたの知ってたよ?
嬉しかったなあ……。
お兄ちゃんがそんなにも私のことを気にして、性欲の対象にしてくれてたなんて。
だって私たち血の繋がった兄妹なんだよ?
そんな関係許されるはずない……、パパとママだって許してくれるはずない、絶対に誰にも許されない関係……。
それでも、お兄ちゃんは私のことが好きで、私と結ばれたいと思ってくれてたんだよね?
そうだよね?
だからお兄ちゃんは今私とこういう関係になれて嬉しいんだよね?
朝も昼も夜も好きな時にキスをして好きな時にセックスする関係が嬉しいんだよね?
私と同じ気持ちなんだよね?
そうじゃないと私……、私……、またお兄ちゃんを家から出したくなくなっちゃうよ?
それはそれで素敵な関係だと思うけど……、でも、いつまでもそういうわけにはいかないでしょ?
だって……、えっと……。
えっと……、私はお兄ちゃんと結婚生活を送りたいんだもの。
私たちのことを誰も知らない土地に行って、まるで幸せな新婚さんみたいに生活するの。
毎朝お兄ちゃんがお仕事に行くのを見送って、お兄ちゃんの帰りを切ない気持ちで待って、夕方にはお出迎えするの。
まるでまるでごく当たり前の新婚さんみたいにね。
だから……、だからね……、お兄ちゃんはずっと私のそばにいてほしいの。
他の女が出る雑誌やテレビや映像なんて見ないでほしいの。
私だけを見ていて。
他の物を見ないで。
私しか見ないで。
二人きりの運命の兄妹なんだから、他に見るべきものなんて無いでしょ?
これ以上叩かせないでよね。
お兄ちゃんを叩く度にね、私の心も引き裂かれそうになるの。
痛くて痛くて泣き叫びだしたくなっちゃうくらい痛いの。
そんなのお兄ちゃんだって嫌でしょ……?
だからお兄ちゃん……、私を抱きしめて、私にキスして、私とセックスして、私を愛し続けて……。
それでそれで……、この世界で一番幸せな兄妹になろうね……?
覚えてるでしょ?
私が高校二年生の時、お兄ちゃんが帰り道で肩を並べて歩いていたあの女……、西島理恵。
私、はっきりと覚えてるよ。
びっくりしちゃった。私以外に興味ないはずのお兄ちゃんが他の女と歩いてるなんて。
きっとあの女の方から言い寄って来たんでしょ?
何で知ってるのかって顔してるね、お兄ちゃん。
当り前じゃない、私がお兄ちゃんのことで知らないことなんてあるはずないじゃない。
それでね、もしかしたらその西島理恵、お兄ちゃんから急に離れていったんじゃない?
まるで逃げていくみたいに。
別に殴ったりなんてしてないよ、お兄ちゃん。あんな汚らわしい女なんて触りたいはずもないに決まってるじゃない。
ただちょっと呼び出して、私とお兄ちゃんがしていることを一から十まで教えてあげただけだよ。
私とお兄ちゃんが愛し合ってて、キスをして、赤ちゃんができるようなことをしてるって教えてあげただけなの。
そんなことで逃げ出すなんて……、あんな女本当にお兄ちゃんの隣にいちゃいけないよね。
お兄ちゃんを分かってあげられるのは私だけ。
私を愛さずにはいられないのもお兄ちゃんだけ。
運命の兄妹なんだもの。
それくらいは当たり前だよね。
えっと……。
それで、えっと……。
私……、私はね、お兄ちゃんの……。
●
僕は話し疲れた『みゆき』をベッドに寝かせてから、自室の窓を開いて満点の星空を見上げた。
思い切って引っ越してみてよかった。
僕たちのことを誰も知らないこの田舎での生活ははっきり言って毎日楽しい。
二人で生活して、二人で笑って、二人でキスをして……、こんなに幸せでいいのかって思うくらいだ。
『みゆき』もだいぶ成長した。
このままならきっと二人目の『みゆき』として、僕の可愛い妹になってくれるだろう。
でもまあ、まだまだ改良の余地あり……かな。
さすがにまだ一人目のみゆきの言動を完全には再現できていない。
まったく……、あれだけの『えっと』の数には苦笑してしまう。
あんなに教えたのにまだ覚えきれてないみたいだ。
考え込むのは仕方ないけど、あれだけ口ごもられると興ざめってやつだよね。
後でしっかりお仕置きしておかないといけない。みゆきが好きだったピアス穴を次は何処に開けようか。
もちろん心苦しくはあるけれど、僕がみゆきと再会するためなんだ。
『みゆき』には頑張ってもらわないといけない。
もっと頑張って、もっと完璧なみゆきになってもらわないといけないからね。
二人目の『みゆき』……、マッチングアプリで見つけた時にはこの子しかいないと思った。
目元と口元が一人目のみゆきに少しだけ似ている二人目の『みゆき』。
この子なら交通事故で死んでしまったみゆきの代わりになってくれると思ったんだ。
それで僕は身分を偽って、年収やら職業やらも偽って、二人目の『みゆき』を僕の家に連れ込むことに成功した。
最初こそ抵抗していたけれど、僕の熱意が伝わったみたいで泣きながら一人目のみゆきを再現してくれるようになった。
本当にいい人選だったと思う。
ただ難点は一人目のみゆきよりは優しい気質ってところかもしれない。
一人目のみゆきは本当に傍若無人だった。僕がみゆきの着替えやお風呂を覗いたことなんて一度も無いのに、そう言い張っては僕を何度も殴って蹴って張り倒した。
今思い出しても……、無茶苦茶で尊大で最高の妹だった。
そんなみゆきが交通事故なんかで死ぬはずがない。
嫌がる僕に跨って僕を犯したみゆきが、そんなことでこの世界から居なくなってしまうはずがない。
あんな破天荒な妹が僕に黙って死んでしまうはずがない。
だってそうだろう?
その証拠に二人目の『みゆき』はどんどん一人目のみゆきに近付いていっているじゃないか。
僕とみゆきの再会の時は近い……。
それがもどかしくて楽しくて嬉しい。
だから、明日からもこうして二人の思い出を積み上げていこう。
想いと、愛と、運命とを二人目の『みゆき』に教え込んでいこう。
いつか訪れるはずの輝かしい未来のために。
まるでいつか開くためのタイムカプセルに、思い出を詰め込むみたいに。
タイムカプセル 猫柳蝉丸 @necosemimaru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます