ヘリオトロープの花に寄す③(皇帝side)
彼女と二人だけの時間は後にも先にもこの僅かな時だけだったが、今でも二人の会話を鮮明に覚えている。それこそ、鼻をくすぐる風や早起きの鳥たちの声、少しひんやりした空気。穏やかな風に揺れる、ヘリオトロープやスモークツリー、ダリア等、鼻をくすぐる甘い香り。東の空が白み始め辺りを包み込む透けるような薄紫色の光……その全てに至るまで。
『キレイ? ホント? オシェジじゃなく?』
彼女は不安そうに瞳を震わせながら聞いてくる。もしかして誰からも褒められた事が無い……のだろうか? このまま話を続けて行けば、尋問しなくてもこの子の家庭環境が分かるかもしれない。そう感じた俺は、そのまま会話を楽しんでみる事にした。
それにしても、この子は意外と度胸がありそうだ。認識阻害魔法で、俺の顔はぼやけてよく見えない筈なのに全く怖がっていないではないか。
……それに、光の精霊王か。実に悪くない気分だ。彼女にはそんな風に映るのか。
「オセジなもんか。ホンキだそ?! どうしてそう思うんだ?」
先ずは優しく問いかけてみる。
『だって、みんながフォル……あ、アタクシはフォルティーネ・リビアングラスっていいます……はカワイクナイからカワイソー、ていうもの』
「みんなが? カワイクないからカワイソウだって? あぁごめん、最初に名乗るべきだったな、俺の名前は……そう、ソレアード・クォーツだ」
皆ってドコのどいつだ? と詰問したくなるのをグッと抑え、彼女のペースに合わせる。フォルティーネ……、幸運の女神の名前から取ったのだろうか? だとしたら、名前をつけた時点では愛情はあったと推測されるが。その前に、差しあたって……俺の仮の名は彼女曰く、光の精霊王とやらから連想して『太陽』の意を持つ『ソレアード』と名乗る事にした。
あぁそうそう、全くの余談だが。ミドルネームは全くの初対面の者には名乗らない習慣がこの国には根付いている。生まれてから神殿で洗礼を受けた際に、大神官を通して名付けられる神から与えられた神聖な名前、とされるからだ。
彼女はコクリと頷く。
『兄サマと姉サマも、シヨウ人たちも、あとね、母サマや父サマのおともだちも』
「なんだって? 父君と母君は? 直接言われたりするのか?」
『ううん、みんなアタクシがいないところでいってるよ。でもたまたまきこえてきちゃったりするから……母サマや父サマはね、「あの子だけβに生まれてきてしまってヘイボンでキノドクだから。かみのけのいろも、めのいろもぼんやりしてるしかわいくない。だからあの子のまえでそういうはなしはしない、兄姉とくらべたりもしないように」ってみんなに、うーんとね、兄サマや姉サマ、シヨウ人を集めてメイレイしてたの』
そこまで話すと、ハッとしたように俺を凝視する。
「なんだ? どうした?」
『あ、あのね、ぬしゅみぎ、き……チたんじゃないお? おけしょーしチュにいこうとチタときとか、ひとイでカクレンボチてたときにね、きこえてきたの』
慌てたように言い訳(?)して舌足らずになる様子が何とも微笑ましかった。だが同時に彼女自身が言葉に出来ない虚しさや孤独感、疎外感などがごゃまぜになって胸に迫り、何とも言えない気持ちになった。思わず抱き寄せて頭を撫でてやりたくなる気持ちをグッと抑える。家族なりにこの子を気遣っていそうなのは垣間見えるが。古今東西、共通の貴族特有の選民意識が透けて見えてくる。これでは、安心出来る居場所はないだろう。
恐らく、この子は誰かに無条件に撫でられたり抱きしめられたりといったスキンシップに慣れていなそうだと直感した。何故か? 何となくだが、俺と同じ匂いを感じ取ったからに他ならない。故に、初対面の得体の知れない男子に触られたら怖がらせてしまうだろう。
「大丈夫だ、そんな風には思っていないから。それで、お前のお付きの侍女はどんな感じなんだ?」
最大限に、穏やかに優しく話を促す。
『あ、お付きの……メイサはね、フォルのジジョはラクチンだって』
「ん? 楽ちん?」
『うん、あのねワガママいわないからっていってた』
「メイサとは仲良しなのか}
「うん、えへへ」
少しはにかんだように笑みを浮かべる姿も可愛いらしい。侍女との関係はそう心配する事は無さそうだ、多分。
この国の貴族については、幼少の頃から徹底的に暗記させられる。皇族なら当然の教育だ。
なるほど。この子、フォルティーネはリビアングラス侯爵の次女なのか。確かリビアングラス侯爵家と言えば、母親は精霊人のθ、父親は獣人族でαだったな。長男はαで長女はθ……だった筈だ。そういえば、次女が生まれたとは聞いたが……
「そうか。こんな朝早く、メイサとやらは今どうしてるんだ?」
『あのね、ここにきてるのはみんなにナイショなの』
「ナイショなのか? どうして? 一人で起きて支度とか大変だろう? 護衛はどうした?」
内緒話らしく、彼女の囁き声を心地よく耳に感じつつ、それに合わせて俺も声を落とす。
『フォルね、ひとりでおきられるしでかけるのもできるよ。ゴエイはでかけるときにつくだけなんだ、兄サマや姉サマにはゴエイついてるよ』
得意気に話す姿は可愛らしくもあるが、やはり冷遇されている様子は看過出来ない。
「どうしてお前にはゴエイはつかないんだ?」
『フォルはヘイボンだからだれにもさらわれないからアンシンだって、母サマ父サマがいってた』
と少し気まずそうに笑う姿が何ともいじらしい。同時に怒りが込み上げてくる。何故だ? こんな可愛い子に……
『あのね、まいにちひとりであさひにおねがいしたらヒカリのカミサマがかなえてくれるの』
話を聞いてみると、絵本で読んだ内容に基づいての行動らしい。ふと、願い事を叶えてやりたくなった。何故か猛烈に湧き上がる庇護欲……
「俺は光の精霊王だからな、お願い事を言えば叶えてやれるかもしれないぞ?」
この時の俺は、ただ浮かれて何も考えてなかったんだ。彼女との会話が楽しくて。立場も、状況も何もかも頭から抜け落ちていた。
『うん、ほんとうにヒカリのセイレイ王サマにあえた』
花笑みとはこういう事を言うのだ、と彼女の嬉しそうな表情に見惚れる。
『あのね、おねがいはね、βでもしあわせにたのしくいきられるクニにしてほしいな、て』
まさに、脳天を鈍器で殴られたような衝撃を覚えた。唐突に現実に引き戻された感じだった。βが生き辛い。こんな幼い子が肌で感じ取れるくらい、格差意識が広まっている国になってきているのだ。これは、リビアングラス侯爵家だけの問題ではない。
「ソレアード、さま?」
心持ち不安気に、不思議そうに問いかける彼女の声で呆けていた自分に気づく。
「よし、分かった! 約束しよう。誰もが幸せに過ごせる国を創ろう!!」
跪いて、彼女の右手を取る。そしてそっと触れるだけの口づけを落とした。
「君に誓うよ。それと、フォルティーネ、もし本当に困る事が起こったら必ず助けてあげるから」
照れて深紅のブーゲンビリアのように頬を染める彼女を、心の底から守りたい、同時に支えてやりたいと感じた。その前に、全ての人が生き易い世の中にしていかないと。
彼女に記憶を曖昧にする魔術を施すのを名残惜しく感じながら、皇帝になる為に只管邁進していく事を強く誓ったんだ。
勿論、人々に深く根付いた価値観を根底から変える事など一朝一夕に出来るものではない。それは覚悟の上だ。
それからも時々、彼女の事は気に掛けるようにして来た。成長を見守ってきたとも言えるだろう。透明の魔法で彼女の様子を見に来ていた事は誰にも言えない秘密だ。この秘密は、墓場まで持って行く。
時は流れ遂に、クソ親父がやらかして失脚する機会が訪れた。緻密に練られた作戦の元厳正に対処している内に……。
彼女は出会ってしまった。よりによって、俺のとは正反対の容姿、美点を持つ狼系獣人族α、エリアス・テオ・ハイドランジアに。
【冷血皇帝の秘書官、フォルティーネの幸福】~この度、最愛の婚約者に「魂の番」が現れてしまいまして……~ 大和撫子 @nadeshiko-yamato
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