かくあれかし

宵月ヨイ/Yuk=i=a

短篇 かくあれかし

摂氏十七度のお天道さまに照らされ、私は空を見上げる。

すっかりと人気の無くなった故郷は、既に自治体として能力を喪っていた。

広大なる盆地の内に田畑の、日が差す長閑。

そう言えば言は良いが、人口三十人の村落には若き猛りがありはせぬ。

ここも後数十年とすらば、いつぞやの集落の跡と為るのであろうか。

弟ばかりを贔屓した祖母も喪わば哀しく…いや、癌を患い機械に生き永らえる姿を見ていたからかついにか、としか思わなかったか。

永らえる、と顔を見た半月後に他界するのは実に哀しきことだ。

祖父は生き永らえ続けたが、数年前に往生を遂げた。生命力は何処から来たのであろうか、と思うほどに。

故郷は哀しく、しかして高原に謳うは懐かしき夢。

老骨ばかりと言えど、人のいた過去に思いを馳せる。

いい思いはあまりしてはいなかったが、満ち足りてはいた。

湿った風が頬を吹き、季節外れの秋雨を感じる。

広げた敷物を仕舞い、一雨来る前にと家へ戻る。

暗く染った空、遅めの昼飯を取る。幼少からの馴染みの梅干、骨を外された塩鮭。多少の茶と百瓦の白米に、豆腐や蕪など入った味噌汁。

居間に飾った七福神の、ネズミに齧られた棚を直す。土壁に潜った熊蜂は既に死に絶えた。

明くなった空を見れば、紅く染った空に虹がかかっていた。

光あれと願った幼子は、光を浴びて育ち、光を喪いて故郷に戻る。

幼子の浴びた光が陽の光か、蒼白き光か、世間の光かはさておき、幼子の心は残るものだ。

故郷に戻りて尚残した長門の模型に積もる埃を払い、空を見る。

牛歩の如き暑さが引き、飛脚が明さを奪い取る。

浴槽を洗い、米を炊き、味噌汁に豚肉を入れる。

鯖を出し、切り分けて盛る。ステイクは…いや、脂はもう取れない。

口に含み、風呂に入り、蒼白い光を浴び、眠りにつく。

また変わらぬ日よ上れと願い、目を閉じる。


世の中よ、かくあれかし。吾よ、かくあれかし。

世の中よ、光あれ。吾に光あれ。

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かくあれかし 宵月ヨイ/Yuk=i=a @Althanarou

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