第12話 悪役令嬢と使用人

「――お嬢様!!」


旦那様の部屋を後にし、お嬢様の部屋へと向かう途中、メイドの一人に声をかけられた。


「お嬢様がゼラニウム家から追放されると聞いて……!!本当なのですか!?」

「えぇ、本当よ」


メイドの質問に取り乱すことはなく、極めて冷静に答えるお嬢様。

そんなお嬢様を見て、目の前のメイドは決心したかのように、まっすぐな清い目でお嬢様を見つめ、口を開く。


「お嬢様がこの屋敷からいなくなるというのであれば、私も、お嬢様についていきます……!」

「……え?」


そんなことを言われるだなんて微塵も思っていなかったらしいお嬢様は、数秒の間を経て、気の抜けた声を出す。


「私だけではないはずです、お嬢様についていくと決心する人は。それに、旦那様は貴族としての仕事をほったらかして、女遊びをするような人……!!これまではお嬢様の近くに仕え、お話しできていたから、渋々ゼラニウム家にいましたが、お嬢様がこのお屋敷から離れる今、ここにいる意味はありません!」


そんなメイドの言葉に、私はよく言った!!と声をかけそうになったが、のどまで出かかった言葉を飲み込み、お嬢様に「だ、そうですよ?」と声をかける。


「でも……」


お嬢様がなにか言おうとした瞬間、屋敷のあちこちからメイドやら執事やらがお嬢様のもとへと駆け寄り、「お嬢様がこの屋敷から出ていくとは本当ですか!?」「お嬢様が出ていくなら私も!」など、次々に声をかけていく。


「え、えっと……あの!」

「「「「「「――私たちは、お嬢様についていきます!!」」」」」」


何か言おうとしたお嬢様の声を遮り、そう宣言したのは、この屋敷に仕えているほとんどの者であった。


―――――


その後、私たち使用人はお嬢様が屋敷から出ていくよりも、旦那様が出て行った方が早いのでは?と思い、お嬢様のために一致団結し、旦那様のこれまでの数々の問題行為を国王陛下に告発した。すると、旦那様が実の娘を暗殺しようとしたことが公となり、いつの間にか旦那様は姿を消した(私は旦那様には一切手出ししていないよ……多分ね)。そして、ダチュラとカルミアは、舞踏会で発言したことが、お嬢様を侮辱する嘘だということが、あの場にいた多くの人からの証言で発覚し、社会的地位を失った。


ちなみに、カルミアがダチュラに近づいたのは、私は単に顔がいいからだと思っていたが、公爵家のご子息であるダチュラに近づけば、大金が手に入ると思い、近づいたらしい(馬鹿馬鹿しい)。私は彼女を転生者だと疑っていたが、結局彼女とは舞踏会の日以外で話す機会がなかったので、分からずじまいであった(まぁ、今となってはもうどうでもいいことではあるが)。


「――おはようございます、お嬢様」


しかし、世がどんなに変わろうと、私がメイドとして、お嬢様に使えることに変わりはない。私は、この命尽きるまで、お嬢様にお仕えしたいと思う。


「……おはよう、アイビー」


ふにゃりと笑いながら、私に朝の挨拶をするお嬢様を拝められるのは、専属メイドである私の特権。


「今日も学園があるのですから、急いで身支度を済ませてしまいましょう」


私がそう言ってお嬢様を急かすと、お嬢様は「は~い」と、あくび混じりに返事をする。


そして、お嬢様の身支度を終え、屋敷の外で待っている馬車までお嬢様を見送ると、私は元旦那様の部屋で、貴族の仕事を行う。もちろん、一人でやるわけではない。お嬢様のために、この屋敷に仕える皆で、分担して行っている。王族からは、お嬢様が学園を卒業するまでの間の中継ぎとして、誰かを派遣しようかという話が来たが、この時代、中継ぎを装って、そのまま家を乗っ取る者も多いため断らせていただいた。

不満はない。お嬢様が卒業し、ゼラニウム家を継ぐまでの間の辛抱だ。


「おい、アイビー。ここ、間違ってるぞ」


ただ、大変である。今日何度目かの指摘をされ、私は少々イラつきながら、間違いを訂正する。


「はぁ、俺らもそろそろ30か……」

「やめて。現実を突き付けてこないで」


軽口を叩きながら作業すると、あっという間に時間が過ぎる。軽口を叩く相手がストックだと、尚更だ。


「それにしても、お前、結婚しなくていいの?」

「婚期を過ぎた行き遅れだし、そもそもお嬢様の専属メイドになった時点で結婚する気なんてなかった。そういうあんたも、結婚しないの?」

「俺も婚期すぎたしなぁ……まぁ、行き遅れ同士、仲良くしようや」

「なに急に気持ち悪いこと言ってんの」


そうこうしているうちに、今日分の貴族の仕事を終え、私はメイドの仕事に戻る。

さて、今日もあと半日。残りの仕事も頑張ろう……!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おはようございます、お嬢様 ~悪役令嬢の転生専属メイドは、裏切り者を許さない~ 夜桜 舞 @kamiyasotara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ