ラストコネクト
シャル
第1話 蒼い空と静かなノイズ
どこまでも広がる空には、白く輝くエアカーゴがゆっくりと航跡を描き、地上では自動配送ドローンが忙しなく飛び交い、AIによる自動運転のエアカーが走っている。
行き交う人々は手首に装着したウェアラブルデバイスや、スマートコンタクトレンズに投影される情報ネットワークに常に接続され、ヒューマノイドが介護から運動サポートまで行い、最適化された日常を送っていた。
そして、僕たちの生活の中心には、いつも必ずパーソナルAIがいる。
「アオイ、おはよう。今日の日の出時刻は5時17分。現在の外気温は18度、天気は快晴。通学用のリニアポッドは定刻通り運行中だよ」
僕の部屋の空間モニターに、澄んだ声と共にホログラムアバターが表示される。
水色のショートカット、透き通るほど綺麗な水色のまつ毛、深い蒼の瞳が特徴的な、僕のパーソナルAI「シズク」だ。
シズクは単なる情報アシスタントじゃない。僕の学習管理、スケジュール調整、健康チェック、そして時にはただの話し相手になってくれる、かけがえのない相棒だ。
「おはよう、シズク。今日もよろしく」
挨拶をするといつもアオイは健康チェックをしてくれる。
「アオイの体温は正常、体に異常はなし、精神状態も安定。大丈夫今日もバッチリだよ」
僕は起き上がり、伸びをする。
「昨日のうちに予習しておいた古典文法の解析データ、転送するね。小テスト、これでばっちりだよ」
「ありがとう、助かるよ。シズクは本当に優秀だな」
「ふふ、もっと褒めてくれてもいいんだよ?アオイのために、私は常に最適化されているから」
モニターの中で、シズクは少し得意げに微笑む。プログラムされた反応だと頭では分かっていても、その表情や仕草には、まるで人間のような温かみを感じてしまう。それが、今の時代の最先端AIだった。
制服に着替えてから朝食を食べる。
朝食はアオイと接続された家事ロボットが用意してくれる。それ以外の洗濯、食器洗い、掃除などもやってくれるから、僕がやることはほとんどない。
「美味しかった。ありがとうシズク」
「喜んでもらえて良かった。アオイのために毎日心を込めて作ってるからね」
アオイは微笑みながら誇らしそうに言う。
朝食を済ませ、支度を行う。そして、自動ドアを出てリニアポッド乗り場へ向かう。
街を行き交う人々も、それぞれのAIとイヤホン越しに会話したり、空中に浮かべたウィンドウを操作したりしている。
学習特化型、ビジネスサポート型、エンターテイメント型、コンシェルジュ型…AIは用途に応じて多様化し、僕たちの社会に深く浸透していた。
「今日の時間割ってどんな感じ?」
僕は歩きながら自分のデバイスの中のシズクに尋ねる。
『今日は、いつもと違って午後まであるよ。歴史、AI学、医学、芸術の順だね。頑張ろうねアオイ』
学校では主に、パーソナルAIを活用したアウトプットをすることと、他人とのコミュニケーションが重要視されている。インプットはすでに人間の役割じゃない。
その中でも僕は芸術が好きだ。シズクと話し合いながら、何かを作り上げる事ができる。それほどまでに嬉しいことはない。
『いつもより少し人が多いから気をつけてね。』
「シズク心配しすぎだよ。」
そして乗り込んだリニアポッドの車窓から、朝日に照らされた未来都市の景観が流れていく。
高層ビル群の間を縫うように走るエアカーの列、公園でホログラムのペットと戯れる子供たち。何もかもが整然としていて、便利で、快適な世界。
教室に入ると、クラスメイトのハルカが、最新型の情報ゴーグルを装着して何かを調べていた。
彼女はメカやネットワーク技術に詳しくて、時々僕も知らないような専門知識を披露してくれる。
「おはよう、アオイ」
「おはよう、ハルカ。朝から熱心だね」
「うん、ちょっと気になるニュースがあってね。」
ハルカは調べながら言う。
「おはようございます。ハルハくん。」
「おはようカイル。今日もハルカは熱が入ってるね」
彼はハルカのパーソナルAIだ。どうやらハルカの調べ物の手伝いをしているらしい。
「最近、都市管理システムの一部で、原因不明のマイクロ・グリッチ(微細な障害)が断続的に発生してるらしいの」
ハルカは手を止めこちらを向く。
「マイクロ・グリッチ?大きな影響は出てないんだよね?」
「今のところはね。すぐに自己修復プログラムが作動してるみたいだし、単なるシステムの高負荷が原因かもしれないけど…発生頻度が少しずつ上がってるのが、なんだか引っかかるんだよね」
ハルカはゴーグルを外し、少しだけ心配そうな表情を見せた。
「シズクどう?そういう情報はある?」
『アオイ…確かにそういう情報があるよ。でもすぐに回復するみたい。安心して。』
シズクは微笑み、その優しい言葉に僕は安堵する。しかしそれでも僕の心に小さな不安はなぜか残っていた。
その日の午後、授業中にふと自分のデバイスに目をやると、シズクのアバターが表示されているウィンドウが一瞬、砂嵐のように乱れた。
『……ア……イ……接続……確認……』
ノイズ混じりの、途切れ途切れになった声。すぐにいつものクリアな音声に戻ったが、あれは確かにシズクの声だった。
「シズク?今、何か…?」
僕は尋ねた。
『え?どうしたのアオイ?私は何も言ってないけど…ネットワーク接続は安定してるよ』
シズクは不思議そうに首を傾げる。単なる通信環境の一時的な乱れだろうか。
僕は言いようのない違和感を覚えながら、窓の外に広がる、あまりにも完璧な未来都市を眺めていた。
まだ、僕たちは知らなかった。
この静かな違和感が、すぐそこまで迫っている大きな変革の、ほんの小さな予兆に過ぎなかったということを…
ラストコネクト シャル @shrki129csillg
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