いかさま師の小芝居
柳 一葉
いかさま師の小芝居
まさか月と再会出来るとは思ってもいなかった。
あの時の私の耳飾りの揺れを、今も確かに覚えている。
今夜は月に一度の催し物、ドレッシーな雰囲気の西洋造りの館に招かれた。玄関先で招待状に印を押す。
徐々にヒールの音を鳴らしながら歩き進むと着物やドレス、スーツを召してる男女がみな酒を浴びる様に飲む。
芳醇だが、何処か初々しい香りが立ち込める。玄関口からは、既にカルテットの演奏が聞こえ、徐々に気分が高まる。
私はと言うと、カクテルも好きだが、それと同時にトランプゲームをしたくて訪れていた。
中央に赤い絨毯が、織り織り敷いてある階段を前にした。温かみのある木造の手彫りで出来ている花柄の模様の飾り。
その手摺は丸くカーブを描いてる。
男性が私をエスコートして二階へ上がる。まるで主人公になった気分だわ。
装飾照明の儚くとも、明るい華やかさが皆をより鮮やかに導いてる。
天井を見ると、丸窓があり月がこちらを覗いている。どちらの灯りも心地良い。大きく長い重そうな花柄の模様のカーテン。そして奥に突き進むと、貴賓室があった。四つの椅子と円テーブルに、柔らかい淡い色の紫陽花の切り花が、ゆうゆうと浮かんでいた。
私はその場を見廻す。恋謳う者、ワインを嗜んで外の景色を眺めてる者、キスを落としてる者、色んな人間がいた。
私も近くに居たウェイターに声を掛けて、一杯ワインを頂く。程よい酸味と深みが鼻を抜ける。グラスに少しばかり映る私は今日も「美しいわ」
鎖骨と肩が肌覗き、赤紫色のそう、今飲んでいるワインレッドのベルベットのドレスを纏ってる。髪の毛もまとめ上げ、うなじを見せる。今日は誰を相手にしようかしらと、虎視眈々に見据え狙う。すると、一人の男性から声を掛けられた。
「あっ、もしかして美紗子さんですか?」
私は驚いた。何故なの貴方が、何故ここに居るの?どんな巡り合わせなの?
「あら、夏目様もこのパーティに招かれたのですね」
私は平然と淡々と挨拶を交わす。あっ、そうだわ。今日は夏目様とトランプで遊ぼうかしら。
「夏目様、宜しければ私とトランプゲームをしませんか?」
「トランプですか?もちろん僕で良ければ」
「嬉しいわ。それでは、あちらのカウンターテーブルで、カクテルを飲みながら始めましょう」
私は彼を誘う。そう、私という女に堕ちて欲しい。小さめのロウソクがテーブルに置かれていて、真横には絵画が飾られてる席に共に着いた。
「夏目様はお酒は嗜む方ですか?」
「はい。毎日では無いですが、飲んでますよ。美紗子さんは?」
「私はそうですね。最近は週に三日程ですね」
私は彼の出方を訝る。昔一緒に、一緒の集落に住んでいた。その男の名前は
「
彼は私の二個年上だ。
田舎ではいたが、村の名家の子息だった。
「私はエンジェル・キッスを頼むわ。夏目様は?」
「僕はグランド・スラムを」
「それじゃ、その二杯を。マスターお願い」
「かしこまりました」
カクテルが出来上がる数分の間、久しぶりに会った彼と話したかった。
「夏目様は、いつからこの街に住んでいるんですか?」
「僕は数年前からですよ。仕事関係でこの街に引っ越してきました」
「そうなんですね。私はあの村の事件があり、あれ以来ここで叔母と暮らしてます」
私は、聞かれていないが、少しでも興味を惹こうと、ついうっかり話をしたフリをした。
「ああ、僕たちの村ですね。あれは仕方ない事ですよ、恨んでも意味は無いですよ」
「そうですよね。すみません」
「いいえ、謝らなくとも。あっ、カクテルが来ましたよ」
「こちらが、エンジェル・キッスとグランド・スラムです。どうぞ」
二人して静かに乾杯をした。
夏目様は、カクテル言葉ご存知なのかしら。この意味知ってるのかしら。
私はチェリーを口に含む。そして、グラスに口付けして生クリームと、チョコレートの甘みを口に充満させる。一杯目から重たかったかしら。横顔の貴方を眺める。相変わらず私の乙女心を擽る笑顔で
「美味しい」
と呟く貴方。
カクテルの言葉の意味、そのまま受け取っちゃうけどいいの?とは聴けず。
「あっ、トランプはしなくても良いんですか?」
「そうだったわ、何が良いかしら。二人で出来るゲーム……」
「僕はブラックジャックか、戦争位しか思い浮かばないですね」
「ブラックジャックしませんか?」
「それじゃそうしましょう」
カクテルを、テーブルの端に置いてカードをシャッフルする。
「あっ、ジョーカーは抜かなくっちゃ」
私は、そのカードを抜いて、中央に戻す。手札を互いに引く。
「私から引きますね」
「はい、どうぞ」
柔らかな声色でそう呟く彼。
初めに引いたカードは「八」とりあえず一枚引いてみる。「三」か。
夏目様は「ステイ」と言った。まだ引かなきゃな。私は二枚目を引く「クイーン」だった。これは勝てる。
「私もここまでで大丈夫です」
「はい。じゃあ結果をお互いに見せましょう」
「はい」
「えっ」
それは、互いにいかさまをしたのかと思った結果だった。そう、ブラックジャックだった。夏目様は「エース、キング」だった。
「待ってすごいわ」
私は、夏目様と目が合った。彼はまたあの笑顔をしていた。ずるい人だな。それから、ゲームは続き五回戦して、二対三で私の負けだった。その後も、夏目様が提案した戦争を五回程勝負をしたけど、また私が負けてしまった。不覚だったわ。
やはり、貴方には何をしても負けちゃうのね。不意にカクテルをまた飲む。やっぱり甘いわ。視覚も味覚もとても甘いわ。
「美紗子さん、顔が赤いですけど大丈夫ですか?お水頂きましょう」
また新たに聴覚と嗅覚が甘くなって
私は……
もう……
「ありがとうございます。お水頂きたいです」
「マスター、水二杯良いですか?」
「はい、少々お待ち下さい」
私は、夏目様のスーツの袖を引っ張った。上目遣いになる私。
「ねぇ、どうしてこの大勢の中から、私を見つけたの?」
「ここ」
彼は私の肩を触った。
「左肩にある蒙古斑だよ。昔からそこにあったから、もしかしてと思って声を掛けたんだ。お日様みたいでお気に入りだって言ってたからね。覚えてたよ。ほらっ丁度お水が届きましたよ」
「ありがとうございます。頂きます」
そんな事まで覚えててくれてたんだ。本当に昔の事なのに。
「どうします。まだゲームしますか?」
私は段々と酔いが覚めてきたから、勢いよくもう一杯頼むかなと思った。
「ねぇ、もう一杯いいかしら」
「まあ、この会は後一時間位で終わると思うので、後一杯ですよ」
「分かったわ。マスター、イエロー・パロットをお願い」
「じゃあ僕は、プレリュード・フィズを」
「はい、かしこまりました」
結局二人して最後に頼んだ。ふぅ良い酔い気分だわ。
「ちょっとタバコ吸ってもいいですか?」
「夏目様もタバコ嗜まれるんですね」
「まあ、たまにですが。すみません」
マッチに火を。そして、それを口に咥えてるタバコに灯す。すごく色気があってドキドキした。こちらに気が付くと、首を傾げて微笑んでくる。仕掛けてみようかしら。
「夏目様、私事ですが許嫁がいるんですの」
私は意味を確かめる様に放った。そうしたら
「そうなんですね。美紗子さん昔からすごく、色んな男性に声掛けられますもんね。おめでとうございます」
え、なんでそんな顔するのよ。もっと悔しがってよ。試したのは私だけど、そうだけど。
「実を言うと、僕もフィアンセが居るんですよ。昔からの縁なんですけど」
私はさっきまで赤かった頬が、青白くなるのを覚えた。
「ちょっと……」
「あ、カクテル届きましたよ」
そうじゃないの。違うの。ねぇ、気づいてよ。
「イエロー・パロットと、プレリュード・フィズです」
ハーブとアプリコットの香りが漂う。もしかしたら、この意味を知ってたの?ねぇ、言葉の意味分かってたの?もっと残念がってよ。つまらない顔が見たかったのに。こんな小芝居打った私が悪いだけじゃない。タバコの灰の返事。私の随所を衝く。
私は、イエロー・パロットを飲む。度数が高くて少し咳き込む。先程頂いた水も飲む。一口、二口。
私は昔話をしたくてまた話を切り出した。
「ねぇ、昔私たちが住んでた村覚えてる?」
「はい。あの村ですね」
「この前ね、本屋さんに行ったの。そしたら急に思い出して、その県の地図を探して見つけてその場で開いてみたの」
「村残ってましたか?」
「いいえ、無かったわ。やっぱり無くなっちゃったみたい」
私は、カクテルを片手に持ちそれを含んだ。
「そうですか。まあ、ダムに反対してましたもんね皆」
「美紗子さんの家族は皆元気ですか?」
「私の家は……私はあの時、叔母の家に居たから……」
涙が出てきた。カクテルを置いた反動の様に、少し水滴が縁から零れ落ちる様に。
「僕の家族は皆元気ですよ」
「そうなんですね。それはよかったわ」
「あの……」
マスターがこちらに小声で
「そろそろ、ラストオーダーの時間ですが、飲み物の方は大丈夫ですか」
「美紗子さん大丈夫ですか?もう少しで会場の方も閉まるみたいですけど」
「大丈夫よ。水も飲んでるから」
もう少しで、このカクテルも飲み干すわ。
「それじゃ、帰ろうかしら」
やはり、少しは酔ってるみたいだわ。
「美紗子さん、手をどうぞ」
私は、彼の手を掴み握った。利点を利かそうとする君も、打点駄作だ。階段を降り、開いてる玄関口のドアに向かい外へ出る。もう、すっかり夜の息だわ。
「夏目様、今日はありがとうございました。久しぶりに貴方と会えて嬉しかったです」
「こちらこそ。美紗子さんに会えて、トランプゲームも出来て良かったです」
「では、また機会がありましたら此処で会いましょう」
「はい、喜んで。では」
「またね」
「またね、さっちゃん」
会釈して二人別方向に歩いて行く。夏風に吹かれながら、酔っているこの感覚が生ぬるいわ。
コツコツ ただ歩く。
コツコツ そうよ、ただ帰路につくだけよ。
コツコツ 私はどうしたいの。
待って。本当は寂しかっただけなの。待って
「ぜーはー、ぜっーはー」
走ってる。私は彼に追いつく為に走ってる。気持ちだけが先走って、体が追いつかない。酔っ払っていて思うように動かない。走れない。そう思ってたらピンヒールが、スチールの格子床に挟まって転ける。
「痛いっ」
靴擦れした足、ベルベットのドレスがはだける。ドレスの裾を握り座り込む。すると、道の横にある電化製品屋から、ラジオが聞こえる。不意に降ってきた雨音と混ざる声。真っ暗な夜と、相反して光る白熱電球。
私は息をハッキリとしながら、呆然と座り込んでる。流れてる男の人の声を聞く。
「ニュースです。十四年前の荒川村の、ダム建設について、たった今新たな情報が出ました。未だ捜索活動が続いており、白骨化した遺体が見つかりました。身元を調査したところ、その村の住人である【夏目智】さんとみられます。この村はダム建設反対において各家族、一家心中が多く見られており、これで十三件目の被害です」
嗚呼、貴方は私に会いに来てくれたの
「さっちゃん」
さっきの言葉が、昔彼が私を呼んでくれてた名前。耳がこそばゆい。戯言ほざく私と戯れて欲しかっただけなの。最期に五感を刺激して記憶を記録させた彼。
私は、さっきカクテルを飲んでた時を思い出す。酔ったからではなく確かにあれは私を見ていた。
そう、ダイヤのエースを持ついかさま師が私の方をギョロりと見てた事。
いかさま師の小芝居 柳 一葉 @YanagiKazuha
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