第11話(3) 佐藤彩香アナ

「エレーナ少佐、中国による台湾侵攻が現実味を帯びる中、東ロシア共和国軍と自衛隊が与那国島、石垣島などの先頭諸島で共同作戦を展開していると伺いました。でも、この軍事的な動きは、地域の緊張を高めてしまい、平和的な解決を遠ざけてしまうものではないでしょうか?戦争を避けるためには、もっと対話が必要だと思うんですけど、いかがでしょう?」


 エレーナは佐藤アナをじっと見つめ、ふわりと微笑んで言った。「対話のお話ですのね。佐藤アナ、本当に優しいお気持ちをお持ちの持ち主なんですね。しかしながら、少し現実を覗いてみませんか?中国は台湾海峡で軍事演習を繰り返し、艦艇を展開し、もう力で全てを変えるつもり満々なのですよ。既に台湾領土の太平島は占領してしまってます。わたくしどもが『お話し合いしましょうね』と待っていても、向こうはそんな気配すら見せておりません。日本本土へのミサイル攻撃だって視野に入っている状況で、対話を待つなんて、ちょっと危なっかしい選択じゃないかしら?自衛隊とわたくしどもの共同作戦は、最低限の備えに過ぎませんのよ」


 佐藤アナは反論の糸口を探した。「しかし、軍事力を見せつけることが、さらに緊張をエスカレートさせる原因にならないでしょうか?例えば、このオスリャービャに搭載された兵器を見ても、攻撃的な姿勢が目立ちますよね。ソーニャ准尉から伺ったところでは、TOS-1ブラチーノみたいなジュネーブ条約禁止兵器まで持ち込まれている。国際法違反の兵器を配備しながら、平和を語るのって、ちょっと矛盾しているように感じますけど?」


 その時、隣に控えていたソーニャ准尉がクスッと笑い、口を挟んだ。「佐藤アナ、さっきの話ですよねぇ。TOS-1のこと、私、ちゃんと『信管抜いて研究用に防衛装備庁に引き渡す予定』って説明しましたよね?それを『配備』って言うなら、佐藤アナの家の包丁だって『兵器配備中』って報道されちゃいますよ?夕方のニュースMCなら、メモくらいちゃんと読み直さないと、視聴者に笑われちゃいますよね」失敬なロシア軍兵士だ!しかし、可愛い顔で言われてしまっては、視聴者に反感を持たれることもない。エレーナが言えばいいのに、なぜ、ソーニャが口出しするの?上官のエレーナはなぜ止めない?


 佐藤アナは一瞬顔を赤らめたが、気を取り直してエレーナに矛先を戻した。「じゃあ、少佐。TOS-1が研究用だとしても、この艦にロケット砲や対空砲が搭載されている事実は変わりませんよね?こういう軍備の増強が、中国を刺激して、戦争を避けられないものにしてしまっているのではないでしょうか?政府や自衛隊も、もっと平和的なアプローチを取るべきだと思うんですけど」


 エレーナは優しげに首をかしげて言った。「平和的なアプローチって、素敵な響きですわね。佐藤アナ、ほんと夢見る乙女みたいで可愛らしいですけど、中国の気持ちをどうお考えかしら?この10年、軍事予算を増やして、南シナ海で人工島を作り、近隣の国々に威圧を続けてきたのですよ。台湾侵攻なんて、もう時間の問題でしたもの。対話だけで止められるってお思いになるなら、ちょっとお花畑すぎませんか?力の均衡がなければ抑えられません。自衛隊がこの島を守らなければ、中国は躊躇なく占領して、次は沖縄や九州を狙ってくるでしょう。それでも『お話し合い』で止められるとお思いでしょうか?」


 佐藤アナは言葉に詰まった。局の方針通り「反戦」「平和」を押し出したいが、エレーナの論理は現実的で反論しにくい。彼女は別の角度から攻めることにした。「でも、国民の声はどうでしょう?日本国民の多くは戦争を望んでいません。自衛隊の活動が拡大すると、若者が戦場に送られるリスクが高まりますよね。政府がその声を無視しているように見えるんですけど」


 エレーナはふんわり笑って言った。「国民が戦争を望まないお気持ち、わたくしにもよくわかります。佐藤アナと同じで、わたくしだって平和が大好きです。でも、望まないからって戦争が来ないわけじゃないんですよ。歴史をちょっと見てみてくださいな。第二次大戦前、ヨーロッパの国々はヒトラーに『お話し合いしましょう』ってやってましたけど、結果はどうでした?国民の声が届かないって嘆く前に、無防備な方がずっと危険ですわ。日本が守りを固めなければ、中国はすぐ踏み込んできますよ。自衛隊と私どもがここにいるのは、佐藤アナの言われる平和を守るためなんです。それを批判するなら、ぜひ現実的な代案を教えていただきたい」


 佐藤アナは苛立ちを隠せなかった。エレーナの柔らかい口調に翻弄されている。彼女は最後のカードを切った。「少佐のおっしゃる抑止力ですけど、それが失敗したら戦争は避けられませんよね?その時、石垣島や沖縄の住民はどうなるんでしょう?軍事的な緊張を高める今の政策って、彼らを見捨てるものじゃないですか?」


 ここでソーニャがまたニヤリと笑って割り込んだ。「佐藤アナ、『住民を見捨てる』って言われるなら、取材前に石垣島の避難訓練を見られましたか?自衛隊と自治体、ちゃんと避難計画立ててます。私たちだって艦の物資を避難民に分ける準備してるんです。見捨てるどころか守ってるのに、佐藤アナ、ニュースで『平和』って叫ぶ前に現地取材くらいしないと、視聴率に影響があるんじゃないですか?あ、もしかしてそれが狙いですか?」


 佐藤アナは完全にペースを乱された。ソーニャの辛辣な言葉に頭がクラクラした。エレーナが話を締めくくった。「佐藤アナの反戦のお気持ち、私にもとってもよくわかります。しかし、戦争は気持ちだけじゃ止まりません。中国が台湾を落としたら、次は日本です。その時、対話のテーブルなんて燃えた瓦礫の下です。自衛隊と私どもがここで戦うのは、佐藤アナの言われる平和を守るための最後の防波堤です。それを批判なさるなら、現実的な代案をぜひお聞かせください。さもないと、彩香アナの言葉、ただの可愛いスローガンで終わっちゃいますよ」


 佐藤アナは返す言葉を失った。カメラが回る中、彼女のリベラルな信念が現実の重さに耐えられないかもしれないと初めて感じた。エレーナの論理は揺るぎない。ソーニャの揚げ足取りにも翻弄されて、頭の中が混乱していた。


 さらにソーニャが追い打ちをかけた。「佐藤アナ、大丈夫ですか?顔真っ赤ですよ~。メモに『自衛隊批判』って書いてあるの、カメラに映っちゃってますけど、それだけで取材終わるつもりだったんですか?もうちょっと準備しないと、夕方のニュース、ただのおしゃべりコーナーになっちゃいますね。あ!ゴメンナサイ、私日本語は喋れますし、読み書きもできます。ちょっと、佐藤アナのメモ、覗いちゃいました!」


 佐藤アナは「何!?」と叫びそうになり、慌ててメモを隠した。ライブ中にもかかわらず、彼女は茫然とエレーナとソーニャを見つめるしかなかった。



 取材を終えた佐藤彩香アナは、甲板でジャム入りロシアンティーを手に持っていた。ソーニャが「リラックスしてくださいね~」と笑顔で差し出したものだ。彼女は一口飲んだ後、遠くの海を見つめたが、頭の中は嵐のようだった。「戦争は絶対イヤ!平和が一番!」と叫び続けてきた自分が、エレーナ少佐に指摘され、ソーニャ准尉に辛辣に揚げ足を取られ、まるで子供扱いされた屈辱がこみ上げていた。


「私、間違ってないよね?戦争は悪だよ、軍事力は悪だよ」と自分に言い聞かせた。反戦を掲げるリベラルな信念こそ正義だと信じてきた。でも、エレーナの「中国が来ますわ」「対話じゃ止まりません」という柔らかくも冷徹な言葉が頭から離れない。「もし本当に中国が台湾を落として、石垣島や沖縄が戦場になったら?」「いや、そんなの考えたくない!」と即座に打ち消した。平和が一番、対話が大事、そう信じたいのに、ソーニャの「現地取材くらいしないとダメですよ」という刺すような一言が耳にこびりついて離れない。


 彼女はティーカップを握り潰しそうな勢いで持った。「私が間違ってるの?いや、自衛隊や政府が強硬すぎるのが悪いんだ!」と反発した。でも、心の奥底で「もし抑止力がなかったらどうなるの?」という疑問が湧き上がり、「そんなの考えたくない!対話で解決できるはず!」とまた否定した。反戦を叫びつつ、戦闘が不可避かもしれない現実を突きつけられ、彼女のリベラルな心は揺れに揺れていた。


「でも、戦争が起きたらどうしよう・・・日本国民が死んでしまう・・・でも軍事力で守らないと・・・いや、守るって何!?」と頭の中でぐるぐる回り、彼女は混乱の極みに達した。


 反戦を叫びたいのに、現実がそれを許さない。平和を信じていたいのに、エレーナの論理があまりにも重い。「私が悪いんじゃない、状況が悪いんだ!」と自分を慰めたが、ソーニャの『ただの可愛いスローガンで終わっちゃいますよ』という言葉が脳裏に響いて「うるさい!」と叫びそうになった。


 そこへソーニャがニヤニヤしながら近づいてきた。「佐藤アナ、大丈夫ですか?顔、真っ赤っかですよ。戦争イヤだけど、現実見ないとダメってわかったんじゃないですか?あ、もしかして『平和』って叫んでれば何とかなるってまだ思ってるんですか?それじゃ夕方のニュース、ただのコントになっちゃいますよね?」


 佐藤アナは「黙れ!」と叫びそうになり、慌ててティーを飲み干した。頭の中は「平和がいい」「でも戦争が来るかも」「対話で解決」「いや現実が」と堂々巡りで、彼女のいい加減なリベラル信念は崩壊寸前だった。ティーカップを手に持ったまま、彼女は海を見つめ、「私、何を信じればいいの?」と呟いた。答えは出ないまま、風が彼女の髪を乱暴に揺らした。

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