2-7 法の抜け穴

「達人の的」の前に、刻崎さんが立ち塞がる。

 その顔には勝利を確信した笑み。烽田は意味がわからないといった様子で、銃を向けたまま狼狽うろたえている。


「ど……どういうつもりだ!? これはルール違反だろう!! 勝てないとわかって勝負を放棄したとでも言うのか!?」

ちげぇよ。テメェこそルール聞いてたか? 禁止されてるのは『自分のターンに白線より前に出ること』。今は銃を持ってるテメェのターンだ。俺が今ここに来ることは禁止されてねぇんだよ」


 そうか。

 そこで初めて理解した。刻崎さんの行動の意味を。彼は初めからこのルールの本当の意味に、抜け穴の存在に気付いていた。そして、今の今までそのことに気付かせないよう立ち回ってきたのだ。


「そして、暴力の禁止……テメェが俺のことを構わず撃ち抜こうとすれば、ルールに抵触したことになりテメェは敗北する。宣言した後に狙う的を変えることもできねぇ。テメェがこのターンでポイントを得ることは不可能だ」

「ふざけるな……!! そんなことが許されるわけ――」


 烽田が助けを求めるように亜音さんの方を見る。だが彼は微動だにせず、少しも焦っていない様子で裁定の結果を告げた。


「刻崎様の言葉通りでございます。現在、ルール違反は確認しておりません」

「っ……!!」


 こんなはずではなかった。

 その言葉を顔に滲ませ、烽田は力なく膝を折る。


「俺は……俺はただ、正義のためにっ……! 何が間違っていたというんだ!!」

「いつの時代も、一番強ぇのは法を守る奴じゃねえ。ルールに触れるギリギリの所で好き勝手する奴だ。それに気付けなかった時点でテメェは負けてたんだよ」


 刻崎さんの冷徹な視線が烽田を射抜く。刻崎さんにあって、烽田に無かった視点。それは、ルールを外側から掌握する力。正義という法に則って動く烽田では、法の抜け穴を利用する刻崎さんの作戦を見抜くことはできなかった。


「先攻を取ったのもこのためだ。第5ラウンドの後攻、ここで全てを覆すため。最後に『達人の的』を選ばせることの方が苦労したけどな」

「……まさか、誘導したんですか?」

「ああ。コイツなら選びそうにないとはいえ、安全策を取って『初心者の的』に逃げられる可能性はあった。だから敢えてその可能性に触れることによって、心理的に選びにくい状況を作ってやったわけだ。コイツの性格上、犯罪者の言うことなんざ聞きたくねえだろうからな」


 そんなところまで考えていたのか。確かに、よく考えてみると、あの時烽田は「乗せられた」のだ。どっちにしろ勝てるなら険しい方へ。その選択は自分でしたように見えて、刻崎さんの挑発によって逃げる方の選択を捨て、「達人の的」を選ぶように誘導された。

 「達人の的」の大きさは直径15cmほど。成人男性の頭で隠せる程度の大きさだ。逆に言えば、この的でなければ今の状況は作れなかった。そこまで計算しての心理戦だったわけだ。


「……ああ、わかったよ。俺の負けだ。もうどうしようもないんだろう。このまま2発外して負けだ」


 烽田は膝をついたまま、諦めたように笑っている。その全身から、黒いオーラが立ち昇ってきた。


「だが、どうせ負けなら――せめて貴様の命は奪って負ける」


 操り人形のような動きで立ち上がった烽田が、的の前で佇む刻崎さんに銃口を向けた。黒いオーラが全身を包み込み、出会った時の姿――悪霊態スピリットフォルムに変化する。形相は鬼のようになり、拳銃が青白く光り出す。

 まずい。あれは呪いを使う兆候だ。彼は自分の呪いについて、犯罪者に対する銃撃が必中になるというものだと言っていた。刻崎さんも犯罪者扱いされるなら、この攻撃は必中。腕前も何も関係なく、避けたり結界を張るまでもなく刻崎さんは射殺されてしまう。


「死ね――!!」


 引き金が引かれる。彼が死ぬ時も同じだった。ただで死ぬくらいなら、正義を執行して死ぬ。ルール違反で負けるとしても、犯罪者の命は確実に奪える。

 どこまで執念深い男なんだ。こんなのはもう、正義でも何でもない。


「刻崎さん!!」


 眉間に向けて真っすぐ飛んでいく銃弾が、ひどくスローになって見える。そこからの展開は、想像を絶するものだった。

 そこまで動いていなかった亜音さんが二人の間に割って入り、銃弾を掴んで止めた。あまりに速く動いたからなのか、瞬間移動して現れたように見えた。いずれにせよ、銃弾より速く動いているのは事実だ。手袋の中で銃弾が握り潰されるや否や、彼は次の行動に移った。


「ぐはっ……!?」


 一瞬で烽田に接近した亜音さんが、彼の腹に膝蹴りを入れる。虚を衝かれたところを追撃の回し蹴りが襲い、情けなく床に押し倒される。亜音さんは攻撃の勢いを止めず、烽田が起き上がる隙も与えないまま顔を殴打し続けた。

 やがて、口から細く呻き声を出すだけになった烽田から銃を奪い、その額に銃口を押し当てて亜音さんが口を開いた。


「禁止行為:暴力へのルール違反を確認いたしました。対処として、ただ今より違反者である烽田善規様を粛清いたします」

「まっ……やめ……」

「冥土の土産に教えといてやるが――亜音はそこらの悪霊より何倍も強ぇぞ」


 烽田の顔が恐怖に歪む。数多の犯罪者を処刑してきた正義の執行人の姿は見る影もなかった。


「法の番人を気取るのは結構ですが――この場所では私がルールですよ」


 銃声が響いた。烽田は額に風穴を開けられ、ぴくりとも動かなくなった。だがそんなことよりも、そこそこ大きな体躯を持つ烽田を一瞬で制圧した手腕に俺は圧倒されていた。

 亜音さん――俺はまだ、彼のことを何も知らない。刻崎さんに従えられている審判の霊。何者なのだろうとは思っていたが、直接戦ったらこれほどまでに強いとは。なぜ審判をやっているのかも含めて、未だに底が知れない存在だ。


「さて、烽田様が違反により負けとなりましたので、『デッドアイズ・トリガー』……刻崎様の勝利で決着となります!」


 紆余曲折を経た末の、予想外の決着。だが総合的に見れば、全てが刻崎さんのてのひらの上だった。

 ゲームを考え、ルールで場を支配する亜音さん。ルールの綻びを利用し、相手の心理を巧みに操って勝つ刻崎さん。この二人がタッグを組めば、勝てない悪霊などいないのではないか。前回は状況を飲み込むので精一杯だったが、冷静に彼らの戦いを近くで見つめてみて、このバランスの良さを痛感した。


「さて……厄介な相手だったが、何とかなったな。じゃ、いつもので終わりにすっか」


 刻崎さんが的の前を離れ、亜音さんのもとに歩いてくる。見ると、烽田の死体が塵となって消えていき、その場に1枚のチップが残った。Uトンネルの加奈子の時と同じ、あの形に封じられた烽田の魂だ。


成仏オワカレの時間だぜ」


 チップを拾い上げ、手の中に握って破壊する。

 警察官の霊、烽田善規の除霊が完了した。


「はぁ……何ていうか、疲れましたね」

「元はと言えばテメェの所為せいだろうが」


 刻崎さんに軽く頭を叩かれる。気が付くと、周囲の景色が元の廃屋に戻っていた。亜音さんが霊障域スピリットゾーンを閉じたのだろう。


「まあとにかく、今回も本当に助かりました。また食事奢りますよ」

「コイツ、助けてもらった分際で……」

「それは本当に申し訳ないんですけど……焼肉でどうですか?」

「まあいい。多少は楽しめたからな」


 顔をほころばせ、部屋を出ていく刻崎さん。部屋には俺と亜音さんが残された。


大禍時デーモニック・タイム……刻崎様の二つ名です。その由来をご存知ですか?」


 刻崎さんを追いかけて出ていこうとした俺に、亜音さんが話しかけてきた。咄嗟に立ち止まり後ろを振り返る。


「え? いや……そもそも今日初めて聞きましたし」

が訪れたとき、生き残る者はいない。あらゆる霊に滅びをもたらす魔の時間――」


 その言葉を聞き、俺は廊下に出た刻崎さんに目を向ける。軽快な足取りで廃屋を後にする彼の背中を見て、なんとなくその半生に想いを馳せてみた。一体どのような経験をしたら、そんな呼び方をされるようになるのだろう。ある程度の人となりを知ったからこそ、わからない部分が浮き彫りになってくる。

 彼がどんな人間なのか、俺はまだ何も知らない。このまま一緒に歩いていれば、いつか知ることはできるのだろうか。そんなことを考えながら、俺はしばらく立ち尽くしていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 19:00 予定は変更される可能性があります

フツメツユウギ ―祓滅幽戯― ゴールドバッハ予想 @megante-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ