猫棒

ケーエス

猫棒

 俺は驚愕した。いつもの呼び込み君の声に混ざって何か聞こえてくるのだ。

「ゥゥゥン、ゥゥゥン、ゥゥオオン」

 なにかうなるような、その声はスーパーから聞こえる。

「買ってぇニャア、買ってえニャア」

 俺はおそるおそる声のもとに近づいていく。なんの変哲もない青果コーナー。トマト、きゅうり、そしてネギのところに、いた。


「買ってぇニャア、買ってえニャア」

 藁にもすがるか弱いソプラノ声をキンキンさせているのは猫の頭をした…棒?


「お兄さん!」

「はっ!」

 こいつ喋ったぞ。

「お兄さん、ボクを買ってくださいニャア!ここから出してくださいニャア!」

「え、購入?」

 見るときちんと「広告の品 猫棒 98円」という値札が貼ってあるのだった。

「買ってえ! 買ってえ! 買ってえ!」

 猫棒はワンワン喚き出した。

「ちょっと、うるせえって!」

「なんで買ってくれないのー! ウォオオオン! ウォオオオン! ウォオオオン!」

 猫棒の声が呼び込み君の声量をかきけすほどとなると、周りの人間たちも異変に気づいたようでこちらを見ている。

「あんた!」

 そのうちのパーマおばさんが話しかけてきた。

「なんで買ってあげないの?」

「はあ?」

「あんた、この子の言葉がわかるんでしょ? 今どきの若者、わかる人そんなにいないのよ! 早く買ってあげて!」

「んな、ちょ」

「猫はネギ食べれないのよ! 早く出してあげないと!」

「じゃあなんでここに」

「はい!」

 おばさんはがっと猫棒を取り上げて俺の手に握らせた。猫はうるさいし、周りもうるさい。俺はしぶしぶレジに向かった。


「ご購入ありがとうございます。ああ、よかったです」

 店員はふぅーとため息をついた。まるで持ってる爆弾が離れたかのように。



 頭は猫だが胴体は木の棒だ。しかも日本語を喋るし不気味で仕方ない。しかし、俺がフードを与えないとワンワン鳴き出すし、俺が猫じゃらしをフリフリさせないとギャンギャン鳴き出すのであった。挙げ句の果てには物が勝手にあちらこちらへ飛び始めるのだ。もう気が狂いそうだった。



 そんなある日のことだ。

「今日は遅くに帰ってくるからな、いい子にしてるんだぞ」

「グルル…」

 俺はすやすや寝ている猫棒を置いて、旅行に出かけた。とにかく猫棒から離れたかったのだ。一度猫棒を公園にでも置いていこうかと思ったが蕁麻疹が出てきたので、今回は自分から離れることにしたのだ。俺は外に出た。よし、何も起こらない。足取りが軽くなる。意気揚々と階段を降りた。



 しかし困ったもんだ。電車に乗っている間も、観光している間も、ホテルにいる間もアイツのことが頭をよぎる。


「メシくれニャア! メシくれニャア!」

「じゃらしてニャア! じゃらしてニャア!」

 

 あんなに気味が悪いのに、なんだかアイツの顔を見ないといけないような気がしてきた。急に寒気がする。俺はいてもたってもいられなくなって、荷物をかき集め部屋を出た。


「チェックアウトで!」

「お、お客様!?」




 家の最寄り駅には終電ギリギリでたどり着いた。階段を駆け上がり、玄関の前まで来た。オートロックのパスコードキーを何回も押し間違え、ようやく開いた。


 スイッチをつけるのも忘れ、俺は猫棒を差していた花瓶にかけよった。


「いニャイ」


 俺は背後を振り返った。衝撃。それ以降は覚えていない。






「ウォオオオン! 買ってえニャア!買ってえニャア! オレをここから出してくださいニャア!」

 青果コーナーから今日も猫棒は叫んでいる。しかし呼び込み君の声にかき消され、人間には何も聞こえない。

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猫棒 ケーエス @ks_bazz

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