第2話
会見が終わるとグレアム・ラインハートはパソコンを消して立ち上がった。
ここはノグラント連邦共和国ファンレーにあるホテルだ。
結局ひと月ほど暮らすことになったが、明日完全に撤収する。
リビングから廊下を通り奥の部屋は寝室だった。
半分開けられたままになっている部屋に入ると、まだ昼だがカーテンは閉じられていて、薄暗い。
歩み寄って行くと、ベッドでユラ・エンデが眠っていた。
彼はこの三か月ノグラント連邦共和国でほぼ軟禁状態にあったのだが、二月は連邦捜査局の建物、一月は国営ホテルと移り変わり、自由になったあともこの外資系のホテルに留まって、結局プルゼニ公国の公演から四カ月ノグラント連邦共和国には滞在することになった。
ノグラントの学生たちと、SNSで共感した世界中の音楽家が「ユラ・エンデを自由にしないのは問題だ」とノグラント連邦捜査局を名指しで非難したあの日から、ユラはようやく捜査局の側から離れることが出来た。
日常生活には少し自由が戻ったが、
このホテルに移ってからユラの体調が急速に崩れ始めた。
一番最初は急に倒れ、それでもユラが病院へ行くのを嫌がったので、数日間様子を見た。
その時は見に来た医者が点滴を打つほどで、心労から来る肉体の疲労が原因でしょうと診断した。
それからよくはなったがあまり物を食べられないようで、体調が慢性的に良くないのだ。
ユラはこの状況を、シザには心配させるから伝えないで欲しいと言ったが、元々グレアムは立場上、雇用主であるシザ・ファルネジアに嘘をつくことは許されていない。
ユラの状況を正確に伝えたところ、シザもユラが「言わないで欲しい」と言っていることを鑑みて、しばらく様子を見ると決めたようだが、定期健診に来た医者が「状況は全く改善していない」と言ったので、グレアムはシザに再度連絡を取り医者の見解を伝えた。
そこでシザは養父である【バビロニアチャンネル】CEOであるドノバン・グリムハルツとも相談し、【グレーター・アルテミス】にユラ・エンデを帰国させるという判断をついに下した。
この発表はドノバンが会見で行い、もしノグラント連邦捜査局がユラの帰国を妨害するようなことがあれば、訴えることも正式に検討すると牽制し、一気にノグラント連邦共和国首都ダルムシュタットの緊張は高まった。
ユラは、何か人の感情を漠然と感じ取る能力があって、それは彼の所有する闇の変化能力に付随する類の特徴なのだが、集った多くの人間の感情が昂り、殺伐としている状況が至極苦手なのである。
勿論グレアムも、未だ騒然としているノグラント国内のニュース中継などは極力見せないようにはしたのだが、一日中聞こえる取材ヘリの音や街のざわめきに、ユラは圧迫されている表情を浮かべることが多くなって行った。
【アポクリファ特別措置法】の廃案を求めて結成されたノグラント学生連合は、ユラ・エンデが帰国する日にもし、捜査局が拘束に動くようなことがあれば、学校をボイコットして連邦捜査局本部と連邦議事堂に抗議の為に参集すると宣言し、首都の多くの大学が健全なる権利に対して庇護の立場を明確にするために、学生のこの動きを支持し、許可する発表を相次いで行ったことから連邦政府も公に、連邦捜査局はユラ・エンデの帰国を一切妨害しないよう、異例の勧告を行ったのである。
代表のネイト・アームステッド率いるノグラント学生連合が「参集する」と宣言したら揺るぎなく参集することを、すでにノグラント政府の者達はまざまざと見せつけられていたからだ。
これに対して連邦議会では、ノグラント学生連合結成時の宣誓と、その直後に行われたクラシック界の二人の巨匠がそれぞれに、今後ノグラント連邦共和国での音楽活動を一切行わないとした動きに対して、一連の騒動の冒頭からユラ・エンデを擁護する人々を支持して来た野党議員が、
『今、国際社会から我が国は悪しき敵として攻撃を受けている。誰が見ても今回行われた捜査と逮捕が、残酷で誤っているからだ!』と声を張り上げて、
三か月もの間動かなかった連邦政府と捜査局の対応を非難し、党派を超えて満場一致の支持を受けたことにより、ノグラント連邦共和国として全ての態勢が決したのだった。
……明日、帰国の動きは注目されるだろうが、大きな混乱は起きないだろうとグレアムは読んでいる。
数日前からユラは熱を出して臥せっていた。
何か体調が優れないということは大いにあったのだが、ここまできちんと熱を出して寝込んだのは自由になってからは初めてのことだった。
帰国の日時が正式に決まった直後だったので、安心して疲れが出たのだろうと思う。
その証拠に、明確な体調不良というわけでは無かったが、不安さが表情に滲み出ていた今までに比べると、高熱を出しても深く寝入っている今回の方が、ユラの表情は落ち着いているように見えた。
「…………グレアム……?」
カーテンを少し開いて、街の様子を見下ろしていたグレアムは振り返った。
ユラが目を覚まし、わずかに身を起こしている。
起きないでいい、というような手振りを見せてからカーテンを閉めると、ベッドの側にやって来た。そっとユラの額に手を伸ばす。
「……熱は下がって来ましたね」
今朝はまだ熱があったのだが、落ち着いて来ている。
ユラは小さく笑んだが弱々しかった。
彼はただでさえ肌の色が白いので、体調が優れないと尚更その色が際立つ。
元気な時は感情が動くたびに頬がすぐに花色に色づくのだ。
子供のように、素直に。
ユラは感受性が強く、今までも不意にこうして体調を崩すことがあった。
……心労なのだ。
それは分かっていた。
兄のシザは、彼の持つ能力に関わりがあると言っていた。
ユラの能力は闇属性の変化能力である。
あらゆるものに自分の姿を変えるもので、
これを行使、持続させるのには相当な集中力を要するのだという。
だが普通に考えればユラの能力は、あまり日常的には必要ないものだ。
グレアムのように攻撃系能力も、普通に日々を生きていれば使うことはあまりない。
『ユラの能力は、彼の命に寄り添ってる』
シザ・ファルネジアがそう言ったことがあった。
その時は何のことかよく分からなかったけれど、この四カ月ユラの出来る限り近くにいて、グレアムは気づいたことがある。
音楽に触れた時のユラ・エンデの強さは、彼はマネージャーとして理解していた。
しかしこの数カ月の多くをユラは音楽に触れることもままならず、孤独に過ごすことを強いられていた。グレアムにはユラ・エンデという少年がその孤独に耐えられるほど強いとは、どうしても思えなかったのだ。
ユラが捜査局の監視の目から離れると、急激に体調を崩し始めたことで、ある時おかしいことに気付いた。
普通は多少なりとも、逆に改善するのではないかと思ったからだ。
「……もう、変化しないでも寂しくないですね」
ユラはふと目を瞬かせたが、ふわ、と目を細めて笑んだ。
それは安堵したような表情で、
この四カ月の間不安げで、張り詰めた表情をすることが多かったユラにしては、非常に珍しい表情だった。
「…………シザさん以外の人が気付いたの、初めてです」
ユラは不安や孤独で仕方なくなる時、能力を使っていることがあるのだ。
見たことはない。
ただ彼が今回最後の一月、あまりに急に体調を崩したのでおかしいと思い、シザに報告した時、彼が「ユラが一人になりたいような素振りを見せた時は不安に思っても、側に張り付いたりせず、いつでも側にいることだけ伝えて一人にさせてやってほしい」と言った時に、分かった。
いつものシザなら自分の代わりに出来るだけ側にいてやってくれと言うと思ったから。
……ユラは多分、シザと会えずに寂しくてたまらない時は彼の姿になって会っているのだ。
もしかしたら【グレーター・アルテミス】から出て、トリエンテ王立音楽院に通い始めた頃からそうだったのかもしれない。
そうして孤独を紛らわしている。
連邦捜査局や、彼らが用意した国営ホテルにいる時は、多分そういうこともしにくかったのだろう。
三ヶ月後、このホテルに移り中途半端な自由を与えられるようになったから。
だから能力を多用し、最近はずっと体調を崩していたのである。
勿論、この方法で己を保つには限界がある。
状況が改善しなかったという報告を受け、シザは例え騒ぎになったとしてもユラを【グレーター・アルテミス】に戻すことを決断した。
だから多分、今まではそういうことはあまりなかったのだ。
この能力を使えばユラは一人でも孤独を飼い慣らして来たが、今回だけはその効果も及ばなかったらしい。
「便利な能力ですね」
グレアムがそんな風に言うと、まだ少し熱のある顔をしたユラは静かに微笑った。
「……ぼく、……この力、ずっと嫌いだったんです。
シザさんは光属性の強化能力でしょう……?
あの能力も、特に制御力が弱く、体がまだちゃんと発達してない子供時代とかは危険な能力なんです」
「怪我をすると言いますもんね」
「そうなんです。シザさんも、……小さい頃よく力を暴走させて、骨を折ったり身体を痛めたりしてたんです」
「そうなんですか。今では考えられませんね」
「はい……。実は養父の虐待が最初、世間に知られにくかったのはあの力のせいもあったんです。養父がシザさんの能力を病院に伝えてたから、そういうこともあるだろうって何度も大きな怪我をしても、世間が不審がらなかったんです。
でも少しずつシザさんが大きくなって行くと、さすがに何も言えない子供じゃなくなっていく。
……だから、段々と家に閉じ込めて、暴力を振るうようになりました。
それでもシザさんは……、あの力で養父を傷つけるようなことは一度も無かった人なんです。
彼は自分の力の痛みを身を以って知ってたから……だから他人に使う怖さを分かっていたんだと思う……。
彼が能力を養父に対して発動させたのは、
……殺した、あの時、あの一回だけ。
それすらも、養父から逃げられない僕の為に、……大嫌いな力を使ってくれた。
本当は人を傷つけるのをとても怖がる、こころで」
少しだけユラが眉を寄せるような表情をしたので、話を止めようとしたが、ユラが話したがっていることが伝わって来たのでグレアムは止めなかった。
「……。」
「僕は、昔から姿を変えるしか出来ない能力で、何の役にも立たなかったから、
……大嫌いでした。この力が。
好きになれたのは【グレーター・アルテミス】に来て、ピアニストになって、シザさんと離れて過ごさなければならないことが多くなってから。
一緒にいられなくて、顔が見れないことが多い時に……この力であの人の顔を見たりして。
でも……、一緒にいても側にいる人が僕を必要としてくれない人なら、この力で別の誰かになって欲しいって要求されたりもする。そんなことが多かったら、またこの力が嫌いになっていたかも」
養父は、別れた妻にユラを変化させた。
顔が見たいからと言われて、離婚して独りになったことで、きっと養父が寂しい想いをしているのだろうと、その時は優しくされる以外の振る舞いを一度もしたことが無かった養父だったから、ユラは応えてしまったのだ。
例え自分には暴力を振るってなくても、
兄に手を上げていた姿は見て来ていたのだから、
……自分だけは酷いことをされないだろうなどと、愚かにも信じている場合ではなかった。
変化能力は、集中出来ないと発動出来ないこともある。
だが実は、逆に変化したまま、戻れなくなることもあるのだ。
あの時期ユラは時折そういう状況に陥った。
養母の姿から戻れなくなって初めてのことだったので、怖くてたまらなくなった。
戻れなくなった時は朝になったら戻っていることがほとんどだったが、眠りにつく前は戻っていなかったので、本当に恐怖なのだ。このまま明日になっても明後日になっても姿が戻らなくなったらと思うと、恐ろしくなった。
家には養父しかいなかったから、そういう時に助けを求めて縋ったけれど、
その辺りから養父との関係がおかしくなっていった。
お前だけは私を求めてくれる、などと養父が言うようになったのはあの頃からだったから。
シザが長い間自分の力を恐れていた気持ちが、今ではユラにはよく分かる。
確かに変化能力は、イメージ出来るものや手で触れたものには何でも姿を変えられるけれど。
(他人に姿を変えるなんて、やっぱりそんなにはしていけないことなんだ)
そう思うようにいつしかなった。
シザは、幼い頃からずっとユラと一緒にいるのに、誰かに姿を変えてくれなどと言ったことが一度も無かった。
例え幼い兄弟の遊びのようなことでさえ、言われたことが本当に無い。
ユラは写真があれば、イメージが出来れば、何でも姿を象れる。
だから亡くなったシザと自分の両親になることも出来る。
でもシザは愛する両親の姿をユラに願ったことさえ、一度も無い人だった。
逆にユラは聞いたことがある。
そういうことも出来ると思う、と言えばシザは優しく笑って、首を振ってくれた。
『ユラがもし、父さんや母さんを身近に感じてみたいと思うなら、そうしてみたらいい。
でも僕は大丈夫。確かに父さんや母さんにはもう会えないけど思い出はあるし、ユラがいてくれる……。
ユラ。
貴方の能力は天から貴方に与えられた贈り物です。
貴方はその能力を、誰かの為に役立てようといつも考えて来た。
でもこれからは、何よりも貴方が幸せになる為に使って下さい』
音楽院に入って離れて暮らすようになって、ユラは時折、シザの姿を象って来た。
シザ・ファルネジアの姿を象ると、ユラの胸にはいつも罪悪感が浮かぶ。
大好きな兄の姿を真似るくらいなら、そんなものは湧かない。
……一人の男として愛し始めていたからだ。
愛する兄の姿を象って、眺めて自分の心を慰めていると、まるで悪い遊びをしているように感じられて恐ろしくさえあった。
だから想いが通じ合って恋人同士になってから、ユラが時折シザの姿に変化して『会う』ことがあるのだと早々に告白した。罪悪感に耐えられなかったので打ち明けたら、怒るどころか「そんなことをしてたの」と彼はおかしそうに笑って、シザがそれを全く咎めずにいてくれたことに、ユラは心の底から、安心したのだ。
恐れ始めていたこの能力ごと、自分が幸せなることを、天から許されたような気がした。
「……いまは、僕が苦しくて逃げ場がない時に、いつも慰めてくれる。
…………この力がなければ、僕は孤独で駄目になっていたかもしれない。
だから……大好きな力です」
グレアムは優しい表情で、ユラを眺めた。
そして、そっと彼の柔らかいプラチナブロンドを撫でる。
ユラはシザ以外の男に触れられることが苦手だった。
ツアーなどでも、ユラの世話をする現場マネージャーやメイクなど、身の回りのスタッフは全員女性だ。勿論それは偶然などではなく、敢えてそう選んでいる。
ユラの側に常にいる男はグレアム・ラインハートだけである。
彼を選定したのはシザ自身だ。
他はグレアムが事務所などと相談して決定しているが、グレアムだけはシザが自ら選び、ユラのマネージャーに付けた。
グレアムは優秀なマネージャーだったので、彼をシザが選んだ理由は何となく分かる。
ユラはシザの選んだものなら何であれ信じるが、こうしてグレアムに撫でられるとユラ自身も彼が何故、シザ・ファルネジアに選ばれたか分かる気がするのだ。
グレアムの手は、シザに少し似ている。
いつもユラの心に寄り添ってくれて、決して踏みにじったりはしない。
「熱は下がりましたが、数日高熱が続きましたし、体調が優れないようでしたら帰国は先延ばしにしてもいいんですよ」
グレアムが優しい声でそう言うと、それまでまだ少し頬を熱っぽく、幼げに白い額を晒していたユラの瞳がぱっと開き、身を起こした。
「いやです。全然大丈夫だから絶対帰ります。先延ばしにはしないでください」
「ユラ、起きないで。分かった分かりましたから。そういう意味で言ったんじゃありません。大丈夫、明日は必ず【グレーター・アルテミス】に戻れます。約束します。万が一貴方の具合が悪くても、私が抱えて連れて帰ってあげますから」
飛び起きたユラにギョッとして、グレアムは彼の背中を撫でさすった。
「すみません……。つい大きい声が出てしまいました」
動揺し過ぎた自分を自覚してユラは赤面した。
ゆるゆるともう一度、ベッドに大人しく仰向けになる。
グレアムは怒らなかった。
それくらい、ずっとシザに会いたかったのだろう。
無理もない。彼は立派なピアニストではあるが、まだ十六歳なのだから。
それはシザも同じはずだ。
今回ユラの帰国をシザが遅らせていた理由は、同僚のアイザック・ネレスに聞いた限り、理解は出来た。
シザ・ファルネジアはユラの兄だが、恋人でもある。
ただの兄ならば多分一月前に釈放された瞬間に帰国させていたのだ。
そしてただの恋人同士でもそうしただろう。
……シザは幼い頃から養父であるダリオ・ゴールドに暴力を振るわれて苦しんで来たが、
そういう状況から自分を救い出してくれたユラに敬慕と恋情を長く一人で抱いて来て、ユラの幸せのためにそれを押し殺して隠して生きて来た時期を持つ青年だということが今回の判断に深く影響を及ぼしている。
『兄としても恋人としても、自分の一人の力じゃユラをこの三カ月全く救い出せなかったことに、多分すげぇ傷ついてんだろ。あいつは本来力を持ってる分類だから、尚更な。
ただ抱きしめてやればいいんだよって俺も言ってんだけどよ』
そう説明をされればグレアムも「いやそんなことどうでもいいから一刻も早くユラを帰国させてやってくれ」とは言いにくくなった。
この兄弟には、
この兄弟だけで直面して来た様々な苦しみがある。
ユラも大きな傷は抱えているけれど、兄としてそういう弟を「幸せになるまで自分が守って導いてやらなければならない」などという想いを背負い込みながら、同時に一人の人間として深く愛してしまったシザの苦悩は、想像を絶する。
あの人は長い間、あんなに強いユラへの愛情を否定して生きて来た。
彼が自分以外の誰かと幸せに暮らせるようになるいつかのために。
確かにあの時プルゼニ公国にいたのが自分ではなくシザだったら、自分が捕まったとしても必ずユラを逃がして絶対的治外法権に守られた【グレーター・アルテミス】に帰国させていたはずだ。
その行動をグレアムが咄嗟に行えなかったことで、シザの苦しみがここまで長引いたとも言えるのだから、それを考えると何も言えなくなった。
とにかく、ついにシザが帰国させる、という決断を下してくれたことにはグレアムも安心している。
少し心を落ち着けるように数秒目を閉じると、再びユラは紫水晶の瞳を開いた。
「……明日どうすればいいか教えてください」
生真面目なユラがそんな風に言ったので、グレアムは微笑む。
もう一度、ユラの髪を撫でた。
「明日十時に、このホテルを出てダルムシュタット国際空港に行きます。
空港にはもう飛行機が準備されているから、それに乗るだけ。
八時間後には【グレーター・アルテミス】に着きます。
空港にはシザさんが迎えに来てくださいますから、
一緒に自宅のあるラヴァトンホテルに戻ればいい。
たったそれだけですよ。簡単でしょう?」
聞いて、本当に簡単だと思ったらしく、ユラは安心したようだ。
彼は微笑んで小さく頷く。しかし数秒後、瞬きをした。
「……ぼく、ホテルまで一人でも行けます。シザさんにわざわざ迎えに来ていただくの、迷惑じゃないかな……騒ぎになったりしない……?」
グレアムには家族がいない。
彼もアポクリファだから、珍しくもなく「例によって」の理由でだが。
それでもシザとユラを見ていると家族というものが、こんなに深い愛情で結びつき、お互いを大切に想うものなのかと圧倒されることがある。
彼らは。
……彼は、いつもグレアムに、誰かを想うことの素晴らしさと強さを教えてくれる。
「男が恋人を迎えに来たいというのを親切心で断ったりしてはいけませんよ」
グレアムは笑い、もう一度優しくユラの頭を撫でてやった。
「男心が分からないんですね」
ユラは数回、瞬きをゆっくりとしたが、すぐに嬉しそうな顔で頷き目を閉じた。
【終】
アポクリファ、その種の傾向と対策【僕達は帰り道を知っている】 七海ポルカ @reeeeeen13
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