人鳥温泉街の用心棒その3

高橋志歩

人鳥温泉街の用心棒その3

 ピロピロピロと軽快な目覚まし音が耳の横で鳴り、海田はゆっくりと目を開けた。


 カーテンの隙間から差し込む日光が、大きなスーツケース以外は何も無い室内を照らしている。早く家具とかを置かないとな、と唯一の家具であるベッドの上で起き上がった海田は、髪の毛をくしゃくしゃとかきまわしがら考えた。


 ――空っぽの空間は嫌いだ。


 服を着替え顔を洗ってから、1階に下りて同じように何も無いガランとした店舗を見回す。内装工事が終わって、今日は業者が棚などを設置する予定だ。その後は開店予定日までに商品を並べないといけないし、新規開店の作業は毎日慌ただしい。それでも、機嫌良く海田はボタンを押して電動シャッターを開けた。吹き込む風を吸い込んで空を見上げる。今日もいい天気になりそうだ。


 全宇宙征服連盟日本支部のエーテル所長は、「人鳥土産物屋」のシャッターが開いているのを確認して近づいた。店内を覗いてみると、海田がパイプ椅子に座って何やら書類を読んでいる。

「おはよう、諜報員。入ってもいいかね?」

 諜報員こと海田は、顔を上げて笑顔を浮かべ、手にしていた書類を無造作に床に投げた。

「おはようございます所長。朝早くに出張からお戻りですか。でも俺はもう諜報員じゃありませんから、海田か店長とでも呼んでくださいよ」

 エーテル所長は海田が出してくれたパイプ椅子に座りながら、相手を観察した。以前はいつもスーツにコート姿だったのが、今は明るい色のシャツにジーンズ姿で30代にしては若々しい雰囲気。髪も少々乱れているが、癖毛が目立たなくなっている。どこからどこまで爽やかで、よくもまあここまで変われるものだ。


「じゃあ海田君。本当に中央諜報局の人間ではなくなったのだな?」

 海田は肩をすくめた。

「そうですよ。諜報局の事務所が爆破された瞬間に無職です。諜報員なんて、ろくな身分保障がありませんから。仕事柄、一応こういう事態は覚悟はしてましたけど、年に一度の報償金の支給日直前だったてのが腹が立ちますね。まあ失業手当は出ましたけど」

「ほお。だが私は君が爆破を手配したんじゃないかと疑っていたよ。被害はほぼ事務所だけで、日中なのに怪我人も皆無だったし」

 海田は苦笑した。

「怖い事を言わないでくださいよ。俺の上司は有能で猛烈に切れる人でしたからね、あの人の眼前で悪事なんて不可能ですよ」

 怪しいものだがな、とエーテル所長はまだ疑いつつ、それ以上の無駄な詮索はやめておいた。

 訓練された諜報員は決して嘘をつかない。が、余計な事は絶対に喋らない。


「しかし、爆破事故のあった日に店舗経営者の契約を申し込んできて驚いたよ」

「ああ、以前からこの温泉街への移住は考えていたんで、事務所から上がる黒煙を見た瞬間に決意しました。ついでに前から気になっていたこの空き店舗で店をやれば、仕事も確保できて一石二鳥だとね。実は、店をやるのも昔から憧れていたんですよ。しかし金がかかりますねえ、契約金や改装費で早々にすっからかんですよ」

 明るく笑う海田を見ながら、素早く動いたものだなとエーテル所長は内心考えていた。即業者と契約を交わし、翌日にはスーツケース一つで引っ越してきて、同時に知人だという業者が内装工事を始めたと報告を受けている。事前に入念に準備していたとしか思えないが……。

「……なるほどな。ともかく人鳥温泉街じんちょうおんせんがいとしては君を歓迎する。自治会長など大喜びで歓迎会を計画しているよ」

「光栄ですけど、昨日自治会長に挨拶した時は好奇心いっぱいで質問責めにあって困りましたよ。諜報員なんて、映画みたいにカッコよくは無いと説明したんですけどね」


 海田から必要書類として提出された経歴書には、諜報局に勤めていた事もきっちりと記載してあった。そもそも隠す気も無いようだが、彼としては別に不都合も無いのだろう。

「ところで、君がペンギンの大福に付き添い警備を担当するという申し出だが。非常に有難いが、いいのかね? 動物園の新設もあるし、大福は色々と宣伝も兼ねた行事参加が予定されている。だが君にはこれから店の経営があるだろう」

「大丈夫です。店番ぐらいは店員アンドロイドにさせますし、必要ならば人を雇います。とにかく俺は大福を守ると決めたんですよ。それなりの経験もありますから、そこは信用してください」

 エーテル所長はしばらく黙って海田の真面目な表情を見てから、うなずいた。

「わかった。では大福の件は全面的にお願いしよう。そういえば、こちらでは君のような存在を用心棒というのだろう?」

「用心棒! そこまで渋い存在じゃないし武器も持ちませんが、ガードマンよりはいいですね。ともあれ、今までは所長とは仕事上のお付き合いでしたが、これからは温泉街の一員としてよろしくお願いします。何せ所長は重要人物ですからね」


 その時、店先からペンギンの大福がひょっこりと顔を覗かせた。海田とエーテル所長を見て、パタパタと羽を振って朝の挨拶をする。

 海田がここにいるので、大福はとても嬉しそうだなとエーテル所長は感じた。大福を見る海田の目も優しい。


「……君は、そこまでしてペンギンを守ろうとするのに、人間は守らないのかね?」

 エーテル所長の唐突で奇妙な問いに、海田はあっさりと答えた。

「守りません。俺は人間の心理に興味はありますが、それだけです。空っぽは嫌いですが、他人で埋めようとは思いません。でも」

 海田は、店の前を通る住民に元気に挨拶をするペンギンの背中を見ながら、言葉を継いだ。

「大福は人間が好きです。奴が好きなら、人間を守ってもいいかもしれませんね」


 やがて大福に見送られてエーテル所長が事務所へと去り、海田も椅子から立ち上がった。

「大福、これから朝の散歩を兼ねて人鳥神社までお参りに行くか。ここで暮らすんだから、地元の神様にもちゃんと挨拶をしておかないとな。その後、朝めしを食いに行こう。今朝はどこの店にするかな」

 ペンギンの大福は足をぱたぱた踏み鳴らして賛成した。


 海田は店の電動シャッターを閉め、大福と並んで中央通りを歩き出した。

 今日は少し暑いぐらいになるかもしれないな、と海田は鯉のぼりが何匹か漂う青空を見上げた。

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