mantis

続セ廻(つづくせかい)

***

 脊髄を駆け抜ける、痺れるような快楽。

 二人の体温とにおいが溶け合って、感覚はどこまでも拡散していくようでもあり、同時にただただ魂の内側に収束していくようでもある。何かを達成した満足感と、これから新しいものが始まる未知の高揚感。真逆のものが同時に生じるのは、それが表裏一体だからであろう。

「は……あ、あぁ」

 男はぶるりと身体を震わせた後に、脱力した。

「――はあ……」

「ごめん、今退く」

「へい、き……」

 部屋の照明は暗い。しかし、二人が重なり合っている今、光は必要が無かった。

 布団の山がのぞのぞと、動く。

「本当に、いいの?」

「うん。君の方こそいいの」

「よくない」

「え」

「ウソ。いいよ」

 映画館で、こっそりと話すときのように。結ばれた二人は囁き合った。

「どんな子供が生まれるかな」

「きっと君に似てるよ」

「それ、この前見たドラマの台詞といっしょじゃん」

「そうだっけ」

「僕たちも、そんな風に思われてたのかな」

「どうだろう。私、施設生まれだから」

 布団から女の腕が這いだした。すり、するりと布地の上を滑って、指先が男の耳元へと触れる。親指が、小鳥の頭を愛でるかのように、耳朶を優しく撫でた。

「満足だよ。すごく。終わったなぁって感じだ」

「……デリカシーない」

 男の頭の側へ手を突いて、女は身体を起こした。するる……と背中の上から白い布団が滑り落ちる。男の腹が呼吸に合わせゆっくりと、穏やかに、動いていた。

「一人で勝手に終わんないでよぉ」

 男の汗ばんだ太股の上に、女が跨がった。

「ごめんって」

「愛してる?」

「愛してる」

「わたしも」

 とうに暗闇に慣れた二人は、互いの顔を見つめ合ってゆるゆると微笑んだ。

 男が右手を伸ばすと、女の左手が絡め取る。

「――――」

 いただきます、と声なく呟いて、女は鋭く尖った爪を男の臍にニヂ……と食い込ませ、皮膚を突き破った。





 略





 私達の祖先は、性交したら男が女に食べられた。そして女は子供を産むと力尽きて死んだ。

 それが、自然な事だった。

 今、この国の自然出生率は1を切っている。

 子供は施設で生まれるのが当たり前になった。

 その方が、安全だから。

 私も彼もそうやって生まれてきたのに、してしまったんだ。恋ってやつを。




 私のお腹の中に、彼とのこどもが、いる。

 彼は、もういない。

 出産まで、あと――。

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