第34話「少年と友と少女とプチボット」
放課後の飛行場には、穏やかな風が吹いていた。頭上ではストライドが、空を滑るように旋回している。白いボディが気の早い夏の気配を感じさせる日差しを受けて、きらりきらりと反射しているのが見えた。
「おーい、ハルちゃん!」
ゴーグルで視界を共有することもなく、ただぼんやりと相棒の飛行を眺めていたハルトの背中に、聞き慣れた声が飛んできた。振り返ると、カズキが手を振りながら近づいて来るのが見えた。
そしてその肩には、懐かしい姿があった。
『よう、ハル坊。でっかくなったなぁ』
かつて墜落したカズキのプチボット、ゼファールがそこに居た。
「……久しぶり、ゼファール」
『ああ、久しぶりだ。まったく、こいつがどんだけオレをほったらかしてたか!』
ゼファールが憤懣やるかたないと言った様子で、その小さな手でカズキの頬を叩く。
『 目が覚めたら、前回起動時から何年も経ってたんだぞ!? カレンダー機能がバグったかと思ったわ!修理済んでるならさっさと電源入れろよ!』
「……合わせる顔がなかったんだよ、ゼファール」
『アホか! 何のためのバックアップだ! 壊れた後もお前の傍に居続けるためだろうが! オレはプチボットだ! 人間の尺度でモノ言ってんじゃねーぞ!』
「はい、すいませんでした……」
怒るゼファールと、しょぼくれたカズキを見て、ハルトは笑った。懐かしい光景だった。 ゼファールはもともとはカズキの姉のプチボットで、カズキにとってはもう一人の姉のような存在だった。昔から何かあるたびに、こうしてゼファールがカズキを𠮟りつけていたのだ。
『お前もだハル坊!こいつのケツ蹴っ飛ばしてでも、オレを起動させろよ!』
「あー、いや、流石にそれは憚られたと言うか、何というか」
『良いんだよ!こいつ落ち込んだら、いつまでもグズグズする奴なんだから!とりあえず引っぱたいて、立ち上がらせてから慰めりゃいーの!』
「あ、はい。すいませんでした」
思わず頭を下げる。そういえば、ハルトもよくカズキと一緒に叱られていたのだった。
『おお!久しいな、我が友よ!』
いつまでも終わりそうにないお説教を遮ったのは、空から降りて来たストライドだった。
『また君と飛べる日が来るとは!私も嬉しいぞ!』
『おう。お前は相変わらずキザったらしいな、ストライド。とりあえず、オレがいなかった間のメモリ共有しろや』
『はっはっは。すまないが、マスターのプライバシー保護の為、許可できないようだ!』
再会を喜ぶプチボット達のやり取りを、ぼんやりと眺めていると、不意に誰かの足音が近づいてきた。
「あの……」
おずおずと声をかけてきたのは、朝倉ヒナタだった。制服のままのハルトと違って、彼女は私服だった。その腕には、真新しい灰色のプチボットが抱えられていた。イカロスレースの優勝賞品である、キサラギ社の“シルバージャベリン”だ。彼女は自分のプチボットを取りに、一度家に戻っていたのである。
「その……本当に良いんですか、こんな高価なものを」
ヒナタは恐縮しきった様子だった。レースが終わって、優勝商品をパッケージのままハルトが押し付けてから、ずっとこんな調子だった。
「受け取ったげてよ」
ゼファールの小言から解放されたカズキが、そう言って悪戯っぽく笑う。
「ハルちゃん、珍しく頑張ったんだからさ」
揶揄うようなカズキの台詞にハルトは嘆息し、ヒナタから少し顔を背けながら口を開く。
「……キサラギ社が、またレースの企画してるんだ。今度は、チーム戦だってさ」
「え?」
「メンバーが揃わないと、参加できないだろ」
「それ、今思いついたでしょ」
照れ隠しにもなっていないハルトの言葉に、カズキがニヤつきながら茶々を入れる。
「黙れ」
「はいはい」
カズキを睨みつけてから、ハルトは誤魔化すように咳払いをして――ヒナタへと向き直った。
「だからまあ、遠慮はいらない。どのみち俺は、ストライド以外を使う気はないし。物置に眠らせるより、お前が使った方が、その機体も喜ぶだろ」
「……ありがとうございます」
ハルトの言葉に、ヒナタはそっと機体を抱きしめた。その目尻に浮かんだ涙を、ハルトは見えないフリをした。
「それじゃあ、早速セットアップしちゃおうか」
空気を換えるように、カズキが手を叩いた。
「初めは色々と、設定や登録があるんだよ。まず公式サイトから、スマホにアプリをダウンロードして……」
カズキがあれこれと説明を始め、ヒナタがそれに真剣な顔をして頷く。ハルトが黙ってそれを眺めていると、ゼファールとのやり取りを終えたストライドが戻ってきた。
『マスター』
「何がだよ、ストライド」
『気分はどうかね』
ストライドの問いに、ハルトはしばらく言葉を探してから、答えた。
「……悪くない」
『それは何よりだ』
ストライドの声は誇らしげだった。ハルトは軽く息をつきながら、天を仰いだ。
見上げた空は、どこまでも広かった。
プチボット ―Petite robot striding through the sky― 原明 @haraakira
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