第27話 挨拶
石英硝子、ソーダ石灰硝子、ホウケイ酸硝子、クリスタル硝子、結晶化硝子、熱強化硝子、化学強化硝子などなど、多種多様な硝子の生産地でありながら、様々な硝子を用いた建物が観光名所となっている小国『
巨大な岩をくり抜かれて造られた二階建ての宿屋。
鈴蘭が装飾されたステンド硝子が二か所ある窓に設置されている部屋にて。
四角い箱に寿司飯を詰め、鯖、鯛、海老、穴子、鮭、ローストビーフ、桜でんぶ、卵焼き、甘辛く煮た椎茸と人参、酢蓮根を敷き詰めて押しを効かせて、木箱から取り出して小さく食べやすい大きさに切り分けた、
しらす干し、アボカド、大蒜、生姜の千切り、青唐辛子、黄唐辛子、赤唐辛子、紫唐辛子、橙唐辛子、オリーブオイルを使った、紫宙作のしらすとアボカドと唐辛子のアヒージョ。
紫宙、羅騎、
(………挨拶できないまま、食事も半ばに突入しちまった。料理は美味しいって言ってくれたからよかったけど。それが目的じゃなくて、)
料理の味がしない紫宙は表面上は楽しい雰囲気を保ちつつも、心中では緊張が激しく渦巻いていた。
「ですがまさか藤殿が大蒜を食べると、若返ったり年老いたりするなんて驚きました」
「紫宙のように吸血鬼の弱点である日光、十字架、大蒜などの影響をほとんど受けない吸血鬼も登場するようになってきたが、私はまだ十字架と大蒜の影響は受けてしまう」
「十字架に触れてしまうと蝙蝠の姿に変化するのですよね」
「ああ。どちらも一時的だがな」
「藤殿の若返った姿も年老いた姿も蝙蝠の姿も見てみたい気はしますが」
「試そうとするなよ。羅騎。色々と面倒だ」
「お約束はできません」
「ったく。共に旅をするに当たり一応伝えておこうと思った私が間違っていた」
「私たちを信用して教えてくださったのです。いたずらに試そうとは思いませんよ」
「どうだかな」
「ふふ。藤殿が一緒に旅をしてくれるなんて、これほど頼りになる方は居ません。ねえ、琉偉」
「はい。藤さんが旅に同行してくれてなんてすごく心強いです」
「おまえたちとの旅も一時的なものだがな」
「ええ。知っています。藤殿に甘え続けるわけにはいきませんから。ねえ、紫宙殿」
「ん? あ。ああ。うん。いや。できるなら、ずっと旅に同行してくれたら助かるが」
「おまえたちはずっと旅をするつもりなのか?」
「ああ。兄ちゃんが金継の存在を知らせながら、その土地のものを色々直に見聞きしたいってよ」
「ひとところに落ち着くつもりはないんだな」
「ええ。身体が動く限りは、旅を続けたいです」
「そうか。だったらこの旅の間に、連絡を取る手段を考えておくか」
「ああ。助かる」
「紫宙」
「何だ?」
「おめでとさん」
「………何だよ。急に」
「一応な。まあ。報告できないへたれなおまえの煮え切らない態度を無視していてもよかったんだが」
「「………」」
「私たちの方が付添人みたいになってしまいましたね。藤殿」
「ああ。席を外してやろうか? 紫宙」
「………いい。藤も兄ちゃんも居てくれ」
すうはあ。
紫宙は深呼吸を一度だけ表立ってしてのち、真向かいに座る琉偉に視線を定めた。
「俺は情けない吸血鬼だ。兄ちゃんの番としてすごく頼りない。だが、兄ちゃんの番になりたい。俺を、おまえの義兄として認めてほしい」
紫宙の瞳を真っ直ぐに見つめながら、ひとつ、ふたつと、やおら瞬いた琉偉。意識をして小さく呼吸をしたのち、やおら口を開いた。
「………紫宙さん」
「はい」
「ぼくの為に唐辛子をたくさん使ってくれたんですよね。しらすとアボカドと唐辛子のアヒージョも唐辛子のスノーボールクッキーもすごく美味しかったです。でも、これからは、唐辛子を使わない手料理も食べさせてください………お兄様」
「っ………いい、のか? 俺で。本当に、」
「はい。あなたじゃないとだめなんです」
「琉偉って。呼んで、いいのか?」
「はい。お兄様」
「………………ありがとな。本当に。ありがとう」
「はい」
「ふふ。本当に私たち、付添人みたいですね」
「………いいのか?」
「ええ。私の名前呼びは時々でいいのですよ」
「………そうか」
「はい」
「羅騎」
「はい」
「おめでとさん」
「ありがとうございます。私からもいつかその言葉を贈らせてくださいね」
「………約束はできない」
「はい。楽しみにしています」
「………おまえは本当にいい性格をしているな」
「お褒め頂きありがとうございます」
「箱寿司も美味い。度々作ってくれ」
「はい」
羅騎は目を細めて見つめた。
号泣する紫宙を。
涙目になる瑠衣を。
箱寿司に手を伸ばす藤を。
(………ああ。生きていて………本当に。よかった、)
(2025.5.6)
旅する吸血鬼 藤泉都理 @fujitori
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