第26話 調理




 石英硝子、ソーダ石灰硝子、ホウケイ酸硝子、クリスタル硝子、結晶化硝子、熱強化硝子、化学強化硝子などなど、多種多様な硝子の生産地でありながら、様々な硝子を用いた建物が観光名所となっている小国『紅鏡こうけい』。


「………つらい」


 巨大な岩をくり抜かれて造られた二階建ての宿屋。

 鈴蘭が装飾されたステンド硝子が二か所ある窓に設置されている部屋にて。

 各部屋に備え付けされている小さな台所で青、黄、赤、紫、橙の唐辛子などの材料をスーパーで買っては調理している紫宙しそら。髪の毛、口髭、顎髭と、無造作に伸びまくっている漆黒の毛をきれいさっぱり床屋で切ってもらっては、身だしなみも多少整えた姿に伊達眼鏡とマスクを身に着けていた。

 唐辛子による被害を少しでも軽減する為である。


(………やっぱ、手作りより、唐辛子料理専門店に行った方がよかったんじゃないか。こんなおっさんの手作り料理なんて誰がほしがるよ。誠意を見せたい、じゃあ、手作り料理だって安易に考えたけどよ。兄ちゃんにも手作り料理の方がいいって太鼓判を押されたけどよ。料理が得意ってんならそりゃあ手作り料理でもいいだろうけど。別に料理が得意ってわけでもないし。まあ、不得意ってわけでもないけど。強いて言うなら、ふつう。可もなく不可もなく)


 今現在、紫宙が作っているのは、しらす干し、アボカド、大蒜、生姜の千切り、青唐辛子、黄唐辛子、赤唐辛子、紫唐辛子、橙唐辛子、オリーブオイルを使った、しらすとアボカドと唐辛子のアヒージョであった。

 あともう一品、唐辛子のスノーボールクッキーを作る予定である。

 粉砂糖の代わりに、青、黄、赤、紫、橙の五種類の唐辛子の粉末を使うのである。


(私は私でふじ殿に作るから君は君で頑張ってくださいって。何で兄ちゃんが藤に手料理を振る舞う必要があるんだ? あれか? 弟をお願いします。みたいなあれか? しかし、坊ちゃんと藤ねえ。俺も藤も浮いた話はひとっつもなかったからなあ。俺は憧れはあったけど憧れのまま独り身を貫くのかと。藤は。あいつは。独り身を貫くイメージしかなかったからなあ。いや。俺より早く番を見つけて、けど俺にそれを知らせないまま、何十年か経った後に、しれっと伝えそうなイメージもある。どちらにしても。淡々と生きていそうだよなあ。無味乾燥。いや、少味乾燥なやつだから? ん~~~。坊ちゃんと藤ねえ。まあ。兄ちゃんが溺れそうなくらいに藤の分まで分かりやすい愛情を注ぎまくっているし。俺も。まあ。新しい、義兄、に、なるわけ………義弟と義兄、かあ。兄ちゃんと坊ちゃん。雁字搦めに絡め合って、それを表面上は綺麗に整えている、大強火の絆を確り掴んでいるのに。血の繋がりがない。なら余計に。互いに求めているものを与えられる存在なのに。選ばなかった。選べなかった。兄ちゃんは俺を、坊ちゃんは藤を選んだ。お互いを選んでいたら、もっと幸福に。苦しみも痛みも上回る幸福に浸っていられただろうに。俺も藤もきっと、苦しみも痛みも上回る幸福を捧げてやる事はできない)


 ころころころころ。

 薄力粉、アーモンドプードル、青、黄、赤、紫、橙の五種類の唐辛子の粉末、バターで作った生地を丸め続ける事、百個。

 紫宙は二段焼きオーブントースターにスノーボールクッキーの生地を乗せた天板を入れてのち、スイッチを入れては、美味しくなりますようにと手を合掌して祈ったのであった。











(2025.5.5)



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