第25話 言葉




 石英硝子、ソーダ石灰硝子、ホウケイ酸硝子、クリスタル硝子、結晶化硝子、熱強化硝子、化学強化硝子などなど、多種多様な硝子の生産地でありながら、様々な硝子を用いた建物が観光名所となっている小国『紅鏡こうけい』。


 コンクリート打ちっぱなしの建物内の一室。

 赤、緑、黄、青、黒の五種類の色と、丸、三角、四角の形と、天井近くにいくつも設置してある小さな小窓に結晶化硝子が使われている部屋にて。




『生きてて。くれて。本当に。本当に、』




 ベッドボードに背中を預けた羅騎らきは、布団にぐるぐる巻きにされたまま気絶した紫宙しそらを見下ろした。

 羅騎が気絶させたわけではない。

 羅騎が紫宙の唇だけを頂いている最中に、紫宙が勝手に気絶したのである。


「情けない吸血鬼、なんて」


 情けない情けない情けない。

 そう言い続けて、そう念じ続けて、そう思い込ませ続けて、情けない言動を取り続けて。

 そうしてやっと、

 そうでもしなければ、


(人狼の私の方が強いからよかった。なんて。確かに吸血鬼よりも人狼の方が力は強いでしょうがそれは一般的な話。君と私では話が違う。君の方が力は強い。私が狼の姿に戻って本気で闘ったとしても、君が打ち勝つ。だから、君は暗示をかけ続ける。弱くて情けない吸血鬼だと。成果は、出ているのでしょうか? 私と琉偉るい以外には吸血衝動が出ていない事から考えれば、)


「………もしかしたら、私ではなく、琉偉が君の運命の相手かもしれない。もしかしたら私と琉偉が君の運命の相手かもしれない。だけど、君は私だけを選んで、琉偉はふじ殿だけを選んだ。ふふ。流石は私の愛する弟です。手強い相手にも臆せず気持ちを伝える事ができたのですから。当分は相手にされないでしょうけど諦める事のなきように。私も」


 羅騎は紫宙の無造作に伸びまくっている漆黒の髪の毛を人差し指と親指で挟んで擦り合わせたり、軽く引っ張ったりして弄び始めた。

 艶のない乾燥している髪の毛の見た目とは裏腹に、弾力があり水分が多分に含んだ艶やかな感触がした。


(………君に吸血されて命を失ったかと思ったら、生きていて、苦しみと痛みからも解放されましたが、このまま再発しないのか。再発してしまうのか。分かりません。分からない事がひどく………怯え続けて。情けないのは、お互い様。ですが。君が傍に居てくれたら私は、生きていられる)


「一生を懸けなければ君を全部食べる事はできないでしょうね。君はたったの数分間で私を全部食べてしまいましたが」

「………」

「いいのですよ。楽しみは後に取っておくに限りますから。いくら逃げても大丈夫ですよ」

「………」

「申し訳ありません。煩かったですか?」

「………なあ、」

「はい」

「生きて、また、出逢ってくれて。俺を選んでくれて、ありがとな。本当に、ありがとな」

「………」

「絶対にもう、殺しはしない」

「………」

「羅騎」

「………はい」

「愛している。俺を全部やるから、生きていてくれ」

「………私の、言葉、ですよ。本当に、君は、」


 くしゃりと顔を歪ませては涙を幾筋も流した羅騎は、紫宙をぐるぐる巻きにしている布団に目元を埋めては、愛していますと囁いた。

 真顔を保っていた紫宙は堪え切れず、ぐしゃっと盛大に顔を崩しては、滂沱と涙を流したのであった。











(2025.5.5)



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