レディメイドバレンタイン

K

レディメイドバレンタイン


 西棟の裏門を抜けてって、駐車場を挟んだ向こう側のコンビニに来たはええけど、いるわいるわ同じ穴のムジナ、購買戦争の敗者がそこかしこや。


 ウチの高校は予算不足で売店の規模が小さいから、ここのコンビニで買ってもええ、とは言わへんけど、まぁ黙認になっとるんよ。


 ホンマはあかんねんけどな。


「ねえ、バレンタインフェアやて! これ、兄貴にうてったろ!」


 ウチのクラスの莉子りこって娘やけど、こういうアホどこにでもおるやろ。こんなんが少年誌とか買いよって、ほんでホームルームになったりしてな、もう昼ドラの再放送くらい見たわ。


 にしても、入り口からドン突きのおにぎりコーナー、満杯。その対面のパンコーナー、満杯。さらにその背後の飲み物コーナーは……ギリ行けるか。嫌やわウチら遠足前のガキやあらへん、ここのコンビニもよう耐えてくれはるわ。


 あ、オカン、スマホで払え言うてたっけ。その機械は空いとるようやし、そうしよか。


 しかしこのコンビニ、エロ本や週刊誌はあるくせに漫画も雑誌も古いんばっか、プリペイドカードも少なめ。あ、でも、このチークええやん。新色なんかな知らんけど。あー、これ小顔マスクか。まだ予備あったかな。


 ん? これ、なんや。えらいキラキラ……。


「うぇえい。なに、それ買うん?」

「ちゃうわ。これなにかな思ってん」

「じぶん、嘘やろ。知らんの?」

「知らん。タバコではないやろ」 


 って言うたら、アホが耳打ちしてきよったんやけど、もう最悪や。ウチ史上、あんな屈辱はなかったわ。


 それからどないしてスマホにチャージして、茶とおにぎりとフライドチキンを買ったのかは覚えてへん、というか思い出したくない。セルフで開ける扉やのに、店員に取ってもらおうとしたとか死にたなるやろ。


 せやから……。まあ、勢いで買ってもたんやろな、バレンタインチョコってやつを。


 コンビニ出たら、もうほんま嘘みたいに空が青くて、日も照って、カーディガン着てんのが嫌んなったわ。

 春やなぁて、まだ二月やけどさ。



 今日の五限は数学、六限は国語。


 なんかさ、この並び方ってオカズの後にご飯と味噌汁が後から出てきたような違和感ない? 


 それより、マジどないしよっかなぁて。いやチョコレートよ。


 これでもウチにも気になる男の一人や二人はおる。いや二人はおらんけど、一人、顔も悪うないし運動もそこそこ出来て、ウチより頭もええ、なんよか絵の上手い……あの、あいつや。


 わあ。窓際、西日バリつよない?

 壁際の最後列から見てもまぁまぶしいんやけどさ、あぁ、手ぇかざして顔しかめてるやん。え、なんか今日ビジュ良くない? 


 なんか若白髪やとか言うてちょっと染めんのにウチの従兄弟がやってる美容院を紹介したって、そっから交際やないけど、ゲームとか教えたったらさ、ウチの好きなキャラと同じや言うてウルフカットなんかして、ワックスつけて──でも銀縁の四角い眼鏡やからさ、えっらい強面こわもてみたくなってんねん。


 それに美術部やけど、男の子なんやな。強気なとこあって、筋の通らんことには先生相手でも食ってかかっていく。校長にまで話いってもて、逆に褒められてくるような奴。こないだふざけてエロい絵描いて怒られとったんはダサかったけど。


 でも、目が優しいんや。あいつ。

 ウチなんかアイプチしてビューラーでまつ毛立たせて、ようよう可愛さ出てくるのに。

 はあ。

 誰がバレンタインなんかこさえたんやもう。


「──で、このルートはジジョウすると外れるんで、消えます。先生はね、二乗より自乗のほうが好き。分かりやすない?」


 みんな笑うけど、そのジジョウとやらでこのチョコレートも消してくれへん?

 そんなん思ってたら、国語の時間なって、いよいよ放課後なってもた。



 あいつとの事は、親友の杏奈あんなにも話してへんねんけど、ぜったい良い気するわけないからや。ウチかて恋愛とかよう分からんけど、連れに男がいるのは気分がええ。つまり他の女からしたら気分悪い。女の敵は女や。


 だからウチはなんのアドバイスももらわれへん。


 いや知りとうなかったんかしらん。 

 バレンタインってだけでもあざといのに、体育館裏? 誰もいない教室? そんなありきたりな女やと思われたないし、特別な女やとも思われたない。


 だから──美術準備室に呼び出して、ゲームが分からんって事にした。そのお礼のチョコレートって事なら、ギリ違和感ないはず、いや無くす。


 先に美術準備室に入ると、あいつは急いで鍵を掛けよった。ちょっとビビりなんよな。


「なんや。分からんて。攻略サイトとか解説動画あるやろ」


 あほ。急にイケボ出すな。心臓痛ぇ。てか変な汗でてきた。キモい。


「うわ。これ、ミケランジェロちゃうん?」

「えぇ? いやこれ、石膏のモデルやて。これ見て描くんや。クロッキーとか知らんか」

「ほなミケランジェロは?」

「あれはおまえ、ダビデ像やろ。あれも石膏やったかな。あれ、待て、自信ないわ」


 なんで美術の教科書めくり出すのよこの子は。あぁもうええて。ルネッサンスとかどうでもええねんて。


「──せやからさ、今の女は痩せすぎになってまうんや。……おれもいつか描きたいなぁ」

「ほなウチ、モデルなったろか?」


 ……すごいね、人って話しもて発狂するんやね。もう心の中で叫びまくってるから、なに言うてるか聞こえへんかった。


「……むわ」

「えっ、なんて?」

「たっ、たむわっ。たの、お願い言うとる! そのときなっ」


 噛みまくってダサい言い方やのに内容だけスッと入ってきて、もう嬉しくて嬉しくて、なんか元気が出てきたんや。たぶん生涯忘れへんと思う。


 そうなったらこっちのもんで、二人黒板の下に並んでうずくまって、ウチのスマホでゲームや。


「あかん、これギガいってまうやろ。嫌やぞ、連絡できんなるわ。ルーズリーフに書いたる」

 

 こいつさぁ、必ず癖でその日の日付を書きよるんやけどね。アホよな、曜日まで書いて気付いとらん。


「今日バレンタインやん」

「うん。せやけど、今月末まで周回できるから慌てんでええよ」


 学ランの肩が揺れとんのは、シャーペンで速書きしてるからかな。心なしかインクっぽい汗の臭いがしてるのも、ウチの気のせいなら、仕方ないのかな。


 今度はなんか急に冷めてきて、ウチはカバンからいつものノリで、


「チョコいらん?」


 なんて言うてもた。

 色気も可愛げもない、ここぞと取り置いた切り札をうまく切れんで、大富豪で都落ちしたみたいな気分やった。


 せやのに、こいつはおずおずと受け取りよって、


「これは……あの、どっち?」

「どっちてなんよ?」


 たぶん頭クールタイム入っとったんやと思うよ。ウチ、こんな鈍くないからね。


「その……。これ」


 って、ルーズリーフの日付を小突きよったから、ウチもあっ! てなってん。だっる。


「キミしだいやね」 


 いけずなこと言うたよ、ウチ。

 なんか美術室の石膏の顔やら名画のレプリカやらに睨まれてるような気がしたわ。このままサッと帰れたら、カッコ良かったりするんかな。知らんけど。


「義理やないから。ちゃうから」

「ほ、ほな……」


 ウチ、うなずいたったよ。

 したら、こいつ、ワールドカップでゴール決めたみたいにガッツポーズして、ささやくような声で「いやああぁ」って吠えてんねん。ええな、男はそんなんできて。


「っしゃ。いま食おうぜ。半分こ!」

「おまっ! ぜんぶ食べなよ、ウチいらんから!」

「ええんか。ええチョコやんか」

「うそやろ、じぶん。そこのコンビニで買ったヤツやで」

「でも嬉しいねんかぁ。おれ、オカンにしかもらったことないねん。グループで自慢してええか?」

「おう、ええ根性やわ。今日を命日にしたるわ。目ぇつぶれ」

「歯ぁ食いしばれやなくてか?」


 ……いま思えば、なんでこんな火事場の馬鹿力みたいな勇気が出て、こいつも冗談混じりに素直に目つぶってくれたんやろ。


 これがウチのファーストキスやった。ちょっとカサついた、生乾きのリップが反省やけど、男の子も唇は柔らかいんやって初めて知ったわ。


 で、こいつまた吠えそうになったから、学ランの襟をつかんでもう一発、今度は渾身のキスを喰らわせたった。


「ほら。死んだやろ」

「あぁ……おれ、死んだわ。いや死なんっ。なあ──」


 ウチの名前、下の方で呼んでくれて、どこにこんな力あるのってくらい抱きしめてもろうて、チョコレートの箱、ぐっちゃぐちゃよ、もう最低。


 せやけどウチ、すごい幸せやねん。

 ほんまバレンタインて、誰がこさえたんやろね。


fin.

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