きみへの手紙

百鳥

きみへの手紙

ぼくは「恋」というものが分かりません。

誰かに胸をときめかせたことも、誰かを思って枕を濡らしたこともありません。


恋人どころか友人すらいなかったけれど、それを孤独だとは思いませんでした。

道ばたの花や流れる雲を見ているだけで満たされていました。


そんなぼくの前にきみが現れましたね。

きみはぼくのことを不幸だと決めつけました。

友人も恋人もいない人生は空虚であると言って、ぼくにつきまとってきました。

あの時ほど腹が立ったことはありません。自分の中にこれほど激しい感情があったのかと驚いたほどです。


きみは幸せでしたか?


ぼくをからかって楽しかったですか?

返事もろくに返さない人間に一方的に話しかけてきて、あちこち振り回して……そして、唐突にぼくの前から消えてしまった。あいさつは大事だとぼくに口酸っぱく言ったのはきみなのに、それすらありませんでした。


葬儀の席で、きみが病気で余命いくばくもなかったことを知りました。最後の人生をぼくと過ごしたかったのだと知りました。


でも、ごめんなさい。

ぼくはまだ「恋」というものが分かりません。


あなたがぼくの胸にあけた、この穴の名前がいまだに分からないままなのです。

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きみへの手紙 百鳥 @momotori100

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