ちきゅうなげ

加賀倉 創作【FÅ¢(¡<i)TΛ§】

いざ自由空間へ……

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 理論宇宙工学の創始者的存在、コンスタンチン・ツィオルコフスキーは、一八八三年、論文『自由空間』を発表した。『自由空間』は、論文にしては珍しく日記形式で書かれており、その内容は、「万有引力と空気抵抗不在の空間でわれわれ物質的存在はどのように振る舞うのだろうか」というものだった。

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 ——一九六一年某日。


 ボストーク一号による世界初の有人宇宙飛行を控えたソビエト連邦宇宙飛行士ユーリィ・ガガーリンは、日本人の友人でフラットアーサー——地球平面説の熱狂的な支持者——である平平平平ひらたいらへいべいから、ツィオルコフスキーの日記的論文『自由空間』の、失われた一ページの存在を知らされた。



「ユーリィ。これを、見てくれないか……」

「どれどれ……」



 日記の幻のページ——それは日記的論文の本体から雑に破り離されている——には、こんなことが記されていた。



ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 地球は太陽の周りを回っていない。のだ。


 この驚くべき現象の真偽を確かめるべく、私は宇宙の旅に出る。ちなみに、私は一九三五年九月十九日に胃癌で死ぬが、それは真っ赤な嘘であることを、ここで白状しておく。偽装の命日の直前にスターリン首相に送った手紙にも、『宇宙ロケットの夢を実現できなかった』と記す予定だが……それも嘘だ。

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー



「これは驚きました。しかし、どうも疑問をぬぐえない点があります」

「ああ。ユーリィ、君の頭の中には、私の抱いているのと同じ疑問が浮かんでいるはずだ」

「ええ。『地球は太陽の周りを回っていない。太陽が地球を回しているのだ。』とありますが……そんなものは、この地球の人類全員が信じている、いや確信していることです。しかしそんなものを、ツィオルコフスキーは、『この驚くべき現象』と表現している」

「そう、問題はそこなんだ。いやそもそも、ツィオルコフスキーがいかにして宇宙の旅を実現させたのかという点も気になるが……ユーリィ、君は、ツィオルコフスキーが何を言っているのか検討がつくか?」

「いや、実際に地球を出てみないことには、まだなんとも……」

「だろうな。つまりはこういうことだ。ユーリィ、君は、有人宇宙飛行を成功させる以上の使命を、背負っているのだよ」

「どうやら、そのようですね」



 このツィオルコフスキーからの宿題に加えて、平平平平ひらたいらへいべいは「帰還したら、地球がどのような形をしていたかを詳しく教えてくれ」と、道すがらに言うかのようにガガーリンに注文した。




 φφφ




 ——ボストーク一号打ち上げの日。


 「ユーリィ、パイェーハリいきまぁす!」


 白く雄々しきPアール-7ミサイル——いとしのセミョールカ——は、ほのかに透明感を残した噴射炎でバイコヌール宇宙基地を飛び立った。セミョールカは危なげなく、大気圏外射出された。その過程は以下の通りだった。まず下半身の周囲四本の細長円錐脚さいちょうえんすいきゃく——一段目が力尽き、脱落する。続いて下半身の中心に残された一本の支柱——二段目が役目を終え離れると、今度は上半身に残された三段目が邁進まいしんする。そして最後にはそれすらも別れを告げ、円形の青緑の背景グリーンバックを除いては全て暗黒の空間で、最先端の積載ペイロードがぽつり取り残される。その最終生存者が、他でもない、宇宙船スペースクラフトである。若きソ連人宇宙飛行士ユーリィ・ガガーリンを乗せたそれ——長さ控えめであるも先端は贅沢に球形膨張する勃起男根ペニスのよう——は、しばしあてもなく彷徨さまよい……



 ユーリィ・ガガーリンは

 円形の覗き窓イリュミナートル——〈ブゾール〉が

 母なるつぶらと同心円状に重なるのを見た。



「地球は……」


 青い……のか? 


「チ、地球はっ……!」


 さぁ、青いのか、青くないのか? 

 どっちなんだい!?




「地球は、半球パルユシァーリイだった!!」




 そう。地球は、半球だった。

 球形グローブでも平面フラットでもなかった。


「なんてことだ。平平平平ひらたいらへいべいにこの事実を伝えたら、ひっくりかえるぞ。それに、何なんだあれは!」


 母なる半球(今はそう呼ぶしかない!)の仮想地軸をそのまま北極方向へ伸ばした先に……


「あれは、太陽、だよな!? とにかく、丸い、何かだ。暖かい光を放っている……」


 ガガーリンの視線の先の丸いものは、赤橙色せきとうしょくに輝いている(それはまぎれもなく太陽である!)。


「ん!? よく目を凝らして見るとあれは……丸く輝くものの下に、体がついている!?!? 胴体があるぞ! 腕があるぞ! 二本ある! 脚は……ないのか? 巨人だ! あれは宇宙の巨人だ! そうに違いない! 胴体が、腰のあたりからあってもおかしくないはずの足元へと、煙のように消えている……むむ!? それに、胸の辺りで、両手の拳で何かを……紐のようなものを? 握っている? そしてゆっくりと……コマのように、回転している、だと!?!?!?!?」



 太陽の顔面をつけた宇宙の巨人が

 砲丸投げみたく紐の先に半球を繋げ

 水平方向にブンブン振り回している!



 そこでガガーリンは、思考と感情の整理をつけるよりも早く——



(((φ→→←→→←→→←→→←→→φ!!)))



 ——と、音の衝撃波——バネ的に二歩進んで一歩下がるようにして拡散する不可視の縦波動——に、襲われた!



「ぬわあっ!! なんだこの力は!!」



 宇宙船スペースクラフトは粉々に爆散してしまった。衝撃で、ガガーリンは気を失った。しかしガガーリンの命に別状はなかった。というのもガガーリンは今、シャボン玉の薄膜はくまくに包まれるようにして、構造色——観測地点依拠いきょの角度的ナノ波長的光の七色変化へんげ——に見舞われているからである。加えてガガーリンは、なぜか赤橙色の輝きに引き寄せられていった。




 φφφ





 ガガーリンは目を覚ます。

 目の前には、太陽の顔面をもつ巨人。


「君の名は、なんというのだね?」


 ガガーリンの耳に

 声が聞こえた。


「んおっ!? きょきょきょ巨人がしゃべった!? ゆ、ユーリィ・ガガーリンです」


 ガガーリンは、巨人の全体を見回した。すると声の主が、巨人ではなく、その肩にちょこんと乗っかる、人型の何かであるとわかった。瓶底眼鏡に豊富な顎髭……ツィオルコフスキーだった。


「そうか。ユーリィ、ようこそ、宇宙へ。ちなみにユーリィ、君はさっき、巨人こいつの放った牽引光線トラクター・ビームによってこちらに引き寄せられた。君を包んでいる保護膜のようなものも、巨人こいつの力によるものだ」ツィオルコフスキーは、地球の理科教師がごく当たり前の自然法則を子供たちに教えてやるかのようにそう言った。


「あっ、あなたは、コンスタンチン・ツィオルコフスキーさん! わわわわ私は、あなたの論文『自由空間』の幻のページを見ましたよ! 本当にこうして、宇宙に、いらっしゃるなんて! で、その巨人は、いったいぜんたい、何なんですか!!!」 

「落ち着きたまえ、ユーリィ。彼は……いや彼女なのかもしれないが、とにかくこいつは、〈銀河巨人ギャラクティック・ジャイアント〉だ。具体的に言えば、名は、GジーGジーという。というか私が勝手にそのように呼んでいる」

「わけがわかりません! ああ! ここにきて宇宙という存在が、ますますわからなくなってきた!!」

「無理もない。だから、事実を話そうじゃないか。私は、GジーGジーから宇宙の真理を教わり、そしてこの目でありのままの姿の宇宙を見て、地球にいた時はまだ半信半疑だった私の仮説は事実へと栄進したのだ。断言しよう。重力など——」


(((φ→→←→→←→→←→→←→→⭐︎✴︎※φ!!)))


 さっきよりも弱めの衝撃波。

 その正体はGジーGジーの声だった。

 意味はよくわからない。


「また、揺れた! 空間が揺れましたよね! 今!」

「今のはGジーGジーの声だよ。『われに説明させてくれ』と言っている。いいだろう、教えてやってくれ。どうせ私が通訳する必要はあるが」


(((φ→→←→→←→→←→→←→→⭐︎✴︎※⭐︎✴︎※⭐︎✴︎※⭐︎✴︎※⭐︎✴︎※⭐︎✴︎※⭐︎✴︎※⭐︎✴︎※⭐︎✴︎※⭐︎✴︎※⭐︎✴︎※φ!!!.........)))


「(((重力など存在しない。お前たち人類が重力と呼ぶものは全て、だ。遠心力が、お前たち人類を、地に押さえつけているのだ。遠心力が生まれるのは、見ての通りわれがこうして〈ちきゅうなげ〉にきょうじているからだ。回転は未来永劫続くわけではない。我は我の顔——お前たち人類が太陽、ひいては恒星と呼ぶもの——に爆発の予兆が見られたり、その核融合エネルギーが我の生命活動を支えるに足らない程度に弱まると、恒星を〈乗り換え〉するのだ。つまり、そこで初めて、投げる。投げて、エネルギー源を求めて別な遠くの恒星を探しに行く。銀河巨人ギャラクティック・ジャイアントは時折、恒星の残存エネルギーの大小に関わらず、核融合の出力を意図的に下げることがある。それはお前たち人類でいうところの、『睡眠』に該当するだろう。その意図的な出力低下状態が、お前たち人類が『月』と呼ぶ状態だ。そしてこの広大な宇宙の星々が無数の回転運動に支配されているのは、われわれ銀河巨人が星々を回しているからだ。)))」ツィオルコフスキーは宇宙に不慣れなガガーリンのために同時通訳してやった。

「わ、わけがわからない……」ガガーリンはひどく困惑した。


(((φ→→←→→←→→←→→←→→⭐︎✴︎※φ!!)))GジーGジーは、地球を振り回すために紐を握る両拳のうちの片方を離して、赤々と燃える顔を指差す。


「今、GジーGジーは、(((そろそろ新しい顔面が欲しい)))と言った」

「それはつまり、地球が……!」

「ああ、ユーリィ、君の想像している通りだ。地球はもうじき、宇宙の彼方へと投げられる」

「そのあと地球は、死の星になりますか?」

「むろん、そうだ。ちなみに太陽を振り回しているのは、GジーGジーのお母さんだそうだ」

「そうなったら大変だ! ああ! 有人宇宙飛行の成功に歓喜している場合ではない!」

「まぁそれは、人類にとってはかなり先の話だ。GジーGジーたち銀河巨人ギャラクティック・ジャイアントは、あまりに巨大すぎて、われわれ人間とは全く異なる時間感覚——遥かに遅い時の流れに乗って、存在している」

「それもよくわかりませんが……どうやらわかったことにしなければならない、受け入れねばならないようですね。ツィオルコフスキーさん、あなたは亡くなったとされている年齢から、全く老けていないような見た目をしていますが……今、何歳ですか!?」

「そうだな……参考に聞くが、今地球では、西暦何年かね?」

「一九六一年です」

「私は一八五七年生まれだから……となると一〇四歳ほどになるなあ」

「はぁ! 一〇四歳には、とても見えません」

「ははは、それも当然だよ、ユーリィ。私はこうしてGジーGジーの肩に乗っているから、銀河巨人ギャラクティック・ジャイアントたちと、時の流れを同じくしているのだよ」

「そんなまさか…………ならアインシュタインの相対性理論も、ひっくり返る!!!」

「かもしれないなあ。他にも質問があれば、なんでもしてくれ」

「えーっと……では、疑問があります。地球では真昼の空に、白っぽくて丸いものが見えることがあります。あれは、月ですよね?」

「あれは、GジーGジーが宇宙空間の寒さで身震いした時にできる残像だ。太陽でも月でもない、よなあ?」


(((φ→→←→→←→→←→→←→→✴︎✴︎✴︎※※※φ!!)))GジーGジーは、気に食わない様子。


「今、GジーGジーが、(((それはあくまで仮説だ)))と言った」

「仮説、ですか。つまりGジーGジーにもわからないことが、この宇宙にはまだまだある、ということですね。あ、そうだ、こんなのはどうでしょう? 地球では、ある地点では太陽が地上を明るく照らしている時、同時に、また別な場所では太陽が見えておらず月だけが出ている、ということがあります。なんなら、太陽も月もない真っ暗闇なことだってあります。それらの矛盾は、いかにして説明がつくのでしょう?」

「すまんが、知らん」

(((φ→→←→→←→→←→→←→→※φ!!)))

GジーGジーも、(((知らん)))と言っている」

「そうですか……なら……そうだ! 〈ちきゅうなげ〉しているのなら紐が地球からはっきりと見えるはずです。でも、私は見たことがありません、地球からは!」

「それもわからん。何でもかんでも私に聞くな。紐の表面が光学迷彩にでもなっているんじゃないのか?」

「え、さっきなんでも質問してくれって言ったじゃあないですか……」

「そんなことよりも……私は思いついたのだよ。『軌道エレベーター』を。宇宙滞在があまりに暇なものだから、色々と調べるうちに、人類にとって有益な情報を得たのだ。銀河巨人ギャラクティック・ジャイアントの振り回す砲丸投げ機構のうち、紐の部分は、CNTカーボン・ナノ・チューブ製なのだよ。CNTカーボン・ナノ・チューブは、グラフェンシートと呼ばれる炭素原子の単層——この世で最も薄い素材——を筒状に巻いたものであり、鋼の百倍以上の強度を備えている。CNTカーボン・ナノ・チューブは軌道エレベータの理想的な材料だ。ジャックと豆の木よろしく、長大に伸ばして地上から宇宙までの規模にしても、破断することはないだろう。軌道エレベータの宇宙側の先端から、〈ちきゅうなげ〉前の遠心力を利用して、宇宙船を飛ばせば、最小限の燃料消費で宇宙旅行が可能になるはず……」

「そうか! わかりましたよ、ツィオルコフスキーさん、あなたの考えていらっしゃることが! CNTカーボン・ナノ・チューブとやらでできた軌道エレベーターで、〈ちきゅうなげ〉が完遂される前に、人類全員が地球から脱出すればいい! そういうことですね!!!」

「言葉にするだけなら簡単ではあるが……それも一つの可能性ではあるな(地球人の視野はまだまだ狭いな……)」

「しかしそうなると、一つ懸念点がありますね。人類はどこで暮らすのか、ということです。地球のような、人類の生存に適した星があるのかどうか……いやそもそも、宇宙船の建造はどうする? 何億もの人類をチマチマと宇宙へ送り出すのは非現実的だ。巨大な宇宙船をどうやって用意すれば……」

「ユーリィ、そんなに悩まなくとも、すでに宇宙船はあるぞ? うんと大きいのがな」

「ほ、本当ですか? それは人類全員が、乗れるような大きさなのですか?」

「もちろん」

「そ、そんなものか、どこに!?」

「後ろを振り返ってみよ」

「え、後ろ? 後ろと言っても……たった今、半球だと判明した青い星があるだけですが……ああっ! わかりましたよ! ツィオルコフスキーさん、そういうことですね!!」

「ああ、そうだ。GジーGジーよ、恒星の乗り換えの際には、最寄りの地球型わくせ——いや地球型惑星に向かって、衝突しないギリギリのパワーで、我々人類を地球ごと吹っ飛ばしてくれるな?」

(((φ→→←→→←→→←→→←→→※¥↑φ!!)))

「今GジーGジーは、(((お安い御用)))と言った」

「なんだ、そんなことなら早く言ってくれたらよかったのに!」

「ははは。ユーリィ、君もまだまだ、発想のスケールが地球人レベル——いや、人前だな」




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 ガガーリンは地上に帰還すると、宇宙についての真実を人々に伝えた。するとすぐに人類は、惑星間大移住のための長い長い準備に取り掛かった(地半球の事実を知らされた平平平平ひらたいらへいべいは予想が外れて悔しがるどころか激しく興奮していた)。


 しかし人類は、太陽の核融合エネルギーがGジーGジーの生命活動を支えるに足らない程度に弱まる前、すなわちGジーGジーが〈ちきゅうなげ〉するよりも早く、滅びてしまった。


 GジーGジーが、人類の有無などおかまいなしに投げた半地球は、標的の半球と……



 円形の面で

 ピッタリとくっついて

 ほんとうの地球ができた。



   〈おしまい〉

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ちきゅうなげ 加賀倉 創作【FÅ¢(¡<i)TΛ§】 @sousakukagakura

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