17 変態と少年とロボと少女
「うん、まあ。俺勉強したことないからさ。マニュアルとか聞き流しで教わるの苦手なんだ。やってみる、が一番あってるって言ったらこうなった。いつも操縦の仕方見てたから、簡単な動かし方ならわかってたし」
「かなり無茶でしたが、フォローはしていますし。あなたのやり方に一番あった方法を瞬時に判断しているのかもしれません。簡単な操縦ができるとわかっていたのですね」
「まあ、ね。無茶苦茶だけど結構凄い奴なんだよ」
「しかし変態です。彼女のお触りはまだ許してません」
「あはは」
小型戦闘機までチャージしていたのにはもはや何もつっこめない。筋トレマシンを充電していたのではなく、おそらくあちらを最優先していたのだ。牡丹の時から最大限に警戒していたのだろう。
本来はそこまで気を回さなければいけなかった。教えてくれなかったのは、アニタにとっては経験が一番の勉強だからだ。何かをしてもらう、待つ。それは一番死ぬ可能性が高い。致命的でない限り先回りしてあれこれ教えたりしないのだ、デルは。
「まだまだだなあ、俺は」
「いいんですよ! あんな風になる必要はありません!」
「いやそっちじゃなく。いや、それも大事か」
撃墜してついでに必要なものを回収しているらしいデルはまだ戻ってこない。ドッキングをしようかと思ったが、そのままデルを待つことにした。
変人で、変態で、無茶苦茶なやつだが。
「家族、かあ」
あの言葉が、結構嬉しかったのは一生の内緒だ。家族なら、帰りを待っていたい。
「アニタ殿、どうしても聞いておきたい事が」
「なに?」
「我々の事、あなた方にはまったくメリットがありません。放棄して去った方がいいのに、何故関わろうとするのです?」
姫はまだ目覚めず、牡丹やこの施設が一体どういうものなかのかわからない。確実に狙っている者達はいて、そいつらを始末してしまった。たった今、それらと敵対した。それに見合うだけの見返りは絶対にない。今すぐこれらを放り出して、掃除屋として生きた方が絶対にいい。
「んー、掃除屋だっていつも命の危険と隣り合わせだよ」
「はい?」
「同業者との争いはいつもあるし、警察に目つけられたらつむし。そう考えると、大差ないかなあって。仕事の延長、みたいな?」
あっさりといったその言葉にトモは沈黙した。驚いているのか呆れているのか。
「大枠過ぎませんか」
「言ったじゃん、細かく分類するの苦手なんだよ」
「そういえばそうでしたね。わかりました。改めてトモはアニタ殿と協力体制に入ることを決めました」
「ありがと。俺もトモがいてくれると助かる」
お互い自分を投影して縋っているだけなのかもしれないが。それでいい、それの何が悪いのか。アニタはそんな風に考える。ごちゃごちゃとあれこれ言い訳をつけて悩むほど暇ではない。
今考えなければいけない最優先とは何か。彼女に必要なkanaを調べること、この施設の成り立ちを調べること、彼女に殺しをする必要はないと説得すること? それとも戦い方を、殺し方を学ぶことだろうか。いろいろ考えたが。
『物資が大量だ。今日はご馳走ヨ、というママの定型文を言っておこう』
「とりあえずママのポジションをどうにかしないとな」
「それです、絶対認めません」
あんなのがママでたまるか、というのが最優先であることを再確認するのだった。
二人が施設に戻り、改めて取り掛かったのはセキュリティシステムの立ち上げだ。そういった専門的な事はすべてデル任せとなるので、アニタは掃除をすることにした。
「水以外にも使いたい物たくさんあるしな。埃はほとんどないから汚くないけど、動線確保しとこう」
そう言ってアニタは他の部屋へとうつる。今のところ彼女は特に変化はない、トモも手伝おうとしたのだが。
彼女のいる部屋の扉、その前でぴたりと立ち止まった。
「どうしたの?」
「……。以前は、この部屋の最低限の通信がトモのすべてでした。この部屋から出てしまうと通信が切れてしまうかもしれないので、出られませんでした」
「え、ずうっとこの部屋にいたの? 一度も出ずに?」
「はい」
通信がきれてしまったら、再びつなげることができるかわからなかった。リンクがなくなればトモの存在価値はない。彼女を守ることもできない。ロボットとしてプログラムに従ったからなのか、それとも。
怖かったから?
「今は、もう平気?」
「はい、外部リンクできましたので」
そう言うとアニタはにっこりと笑って手を差し出した。
「そこを踏み越えるかどうか、トモが決めて」
「……」
引っ張られるのでも、連れ出してもらうのでもない。彼女に襲われた時は吹き飛ばされてアニタに抱きかかえられたので自分の意思ではなかった。結局部屋を出てもリンクは切れなかったが、それは起きた結果に対する感想だ。以前は何も情報がなかったのだから。でも今は違う。
一歩、足を踏み出した。そして差し出された手に、自分の手を重ねる。
「行こ」
「はい」
目の前に差し出された手はある。それを掴むという選択は、自分がしなければいけない。それが例え間違っていたとしても、間違っているかどうかはその時はわからないのだ。
だから知らなければいけない。無知ならば知識を、経験を、思考を重ねて。間違えたのなら正すための行動をすればいいだけだ。
「私としたことがなんたる失態だ」
データを見ていたデルがそんなことを言ったので、慌てて駆けつける。
「なんかあった!?」
「CではなくDだ」
眺めていたのは彼女の生態データ。胸の部分をビシっと指さしてそんなことを言ってくる。
「起きたらきちんと確認せねば。トライアンドエラーは重要だ」
「オヤジイイイイイ!」
「ママだと言っている」
「セクハラです! 許しません!!」
「許さんでいい、揉むという事実に変わりはない」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ声が施設に響く。静かだった、あまりにも静かすぎたその場所が一気に騒がしくなったのだった。
――約束だ、博士。私はすべて殺す。
姫は眠る。再び目を覚ます時に待っているのは戦いか、ぬくもりか。その答えを知らないまま、己が何者なのかも知らず。眠り続ける、次に目覚める時まで。
宇宙掃除屋ーAnytaー aqri @rala37564
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