第44話・俺達に言えないことか?

 天気の悪い人は機械弄りにかぎる。


 それはエアが独り立ちをしてから心から思うことの1つだった。


 幸運なことに、エアが開いたお悩み相談所を訪れる客は日に日に増えていた。


 アルフ村に住む住民達はもちろん。

 遠方を訪れることが多いモールや、ギルドに務め冒険者と接するディビも継続して宣伝してくれているようだ。


 おかげでまともにお昼ご飯を食べる余裕が無いくらいの目まぐるしい1日を送っていた。


(ふんふんふーん)


 研磨剤を布に付着させ、輝きが失せてしまった金属棒を磨き始める。

 単純作業ともいえる工程だが、エアの心は非常にウキウキとしていた。


(こういう時間は大切にしないとね)


 土砂降りの雨に加え、窓枠が軋む音が段々と強くなっている。

 これだけ天候が悪いとなると、エアを訪れる客は皆無だろう。


(こんな日にわざわざうちに来る人なんて、相当な変わり者か切羽詰まってる人かなー)


 来ることはない未来に思いを馳せ、壁の時計に意識を向ける。


 午後3時。

 この時間に来なければいよいよ今日は何もない。


 と、くればだ。


「この子は何にっ、なーるのかなー。ネジを回してスプリング付けて。あっという間に分解だぁ」


 このように高らかに歌いながら趣味に打ち込んでも何ら問題はない。


「随分とご機嫌だな」


 同居人の存在を除けば。


「ギュシランさん、仕事部屋に入る時はノックしてください」


 入口に突っ立っている男に嫌味を漏らす。

 最早奇行を見られて慌てふためく時期はとうに過ぎていた。


「開けっ放しのドアにノックもクソもないだろう」

「あれ? 開けっぱでした?」

「それはもうばっちりな」


(そういえば風通し良くするために開けたんだった)


 機械弄りに夢中になり過ぎてついつい忘れてしまったようだ。


「それで何か用です?」

「お前に客だぞ」


「こんな日に?」と、返そうとするエアだったがすんでのところで堪える。

 天候が悪くとも自分を必要としている人間がいるのかもしれない、と思ったからだ。


「やっほー、エア。元気だった?」

「変わり者の方だったかー」

「第一声がそれは酷くない!?」


 タオルで濡れた髪を拭く親友が叫ぶ。

 既に知られているからか、無理にトンガリ帽子は被らず抱きかかえていた。


「この雨の中今日はどうしたの?」


 部品を磨く手を停めずに口を開く。


「ヘータに荷物を届けて王都に戻る途中だったんだー。それで雨が降ってきて酷くなってきたから」

「途中にあるうちに寄ったと」

「正解っ!」


 ビシッとリティに向け人差し指を指す。


「嘆息。まったくもって面白みのない答えですね」

「酷いっ!?」


 不満を露わにしながら部屋の中へと入ってくる。

 既に着替えは済ませたのか、服の方はこれといって濡れていないようだった。


「そんなに口が悪いと将来苦労するよ」


 ソファに座ったモールがこちらを見て言う。


「残念ながらその心配はないでしょう」

「どうして?」

「簡単です。エアが避雷針になってくれますので」


(こらこら。人を何だと思ってるの?)


 ちょっとした抵抗とばかりに軽いデコピンを左目に叩き込む。


「冗談です」

MAIDSメイズが言うと、冗談に聞こえないよ」

「失礼。次から気を付けます」

「うんうん。良い心掛けだ」


(言葉遣いまでを直すとは言ってないところが気になるところだけど)


 動かしていた手を一度止め、持っていた部品と布を床に下ろす。

 そして油で黒くなってしまった手をタオルで拭き始めた。


「それに家に寄ったのはただ雨宿りに来たからじゃないよ。ちゃんと理由があるんだから」

「ほう。前みたいに面倒事じゃなければいいがな」


 言って、リティがモールとは反対の席に腰を降ろした。

 頻繁にやってきては泊まることを繰り返しているおかげで、既にお茶の手配すらなくなっていた。


(別にモールさんも文句を言わないところが面白いところだよね。何なら前は自分でやってたし)


「そんなにボク面倒な用事を持ってきてる?」

「回答。持って来ていますね」

「持ってきてるな」


 珍しく意見の合う男性陣。

 果たしてMAIDSメイズを男と定義して良いのかは微妙なところではあるが。


「アタシは面倒だなんて全然思ってないよ。それにモールさんには助けられてるし」


 言って、エアもまたソファへと向かい、親友の隣に座る。


 実家の村への招待はまだしも恋のお手伝いは面倒事の部類だろうが、ここできっぱりと伝えるほど空気が読めないわけではなかった。


「もう、やっぱり頼れるのはエアだけだよー」

「むふっ」


 不意に横から抱き寄せられる。

 すると花の香りにも似た清々しい匂いがエアの鼻孔をくすぐってきた。


(ぬっぐっ!?)


 が、心地良さを感じるのも束の間、呼吸が追い付かるくらいの強さで抑え込まれる。

 加えて巨大な胸の圧力に、肉体的にも精神的にも敗北の二文字が頭の中に過ぎってしまっていた。


 なまじ手が汚れているせいで、抵抗しようとする気に歯止めが掛ったのが良くなかったのかもしれない。


「心拍数の上限を確認。エア、危険です!」

「ふぉーるふぁんにいっへー!!」

「ごめんごめん。力加減間違えちった」


 MAIDSメイズの助けもあってか、本格的に命の危機が生じる前に解放される。


 軽くせき込んでしまったが命に別状はないだろう。

 大体こんなことで死んだとあっては、真摯に送り出してくれたルエルに申し訳が立たない所の騒ぎではない。


「女のじゃれ合いも命懸けだな」


 事態の一部始終を眺めていた役人が冷静なボケを挟む。


「げほっ! それボケで言ってるなら逆に笑えないですからね」

「そうなもんか?」

「そうです! まったくもう」


(意外とみんな変なところで常識離れしてるんだからっ!)


「で、モールさんの用事って?」

「あー、うん。ギルドのディビさんから手紙を預かっててさ」


 と、きつね色のポシェットから1つの便箋びんせんを取り出すモール。

 後ろには封蝋が施されているあたり、他人に読まれて不味い公的文書のようだ。


「ありがとう。いつもみたいにアタシにこなせる依頼の一覧かなぁ」


 受け取って、手の汚れなど気にせずに封を解いていく。

 流石にギルドからの文書だけあって、上級の紙を使っているのかすべすべとした手触りが心地よかった。


「へぇ、そうやって手紙で来るんだね」

「うん、ひと月に1,2回くらいねー。最初こそ冒険者向けの依頼ばかりだったけど、近頃はアタシにしか出来ない依頼を回してくれてるんだ」

「ふーん。例えば?」

「まあほぼほぼ機械絡みだね。最近あったのは、小さな遺跡にポツンと置かれた機械の調査とか」

「自動防衛装置でえらい目にあったやつか」


 リティがげんなりとした息を吐く。

 大したことないとタカを括って挑んだせいで、死ぬ思いをした時のことを思い出したのだろう。


(あれは命懸けだったからなぁ)


 エアもまた苦い過去を思い出す。

 火炎放射器によって服が燃えそうになったことは忘れようにも忘れられない。


「二人も苦労してるんだねぇ」

「人並みにはな」


 二人の会話を耳に入れつつディビから貰った手紙、もとい目録に目を通していく。


 不当に廃棄されたのであろう機械の調査。

 発券機の改善。

 ディビのお悩み相談。


 比較的いつもと変わり映えしない内容に頷きながら上から下へ。

 職権乱用ともいえる項目もあるが特に気にせず見ていく。


 そして手紙の最後を確認した時、エアの身体が急に静止した。


(え……)


 文面が信じられず、一度視線を外してからもう一回見る。

 しかし当然ながら、記載されている文面が変わることはなく、エアは金づちで頭を殴られたような衝撃を受けた。


「どうしたのエア。突然怖い顔して」


 額から一筋の汗が流れる。

 友が声を掛けてきているというのに、ちっとも意識が向かなかった。


 唇が渇く。

 何故か手紙を持つ手が震える。


 心臓はドクンドクンと大きく高鳴り、視界がぐらりと揺れるのを感じた。


「エア?」

「おい顔が真っ青だぞ? 何か変なことでも書いてあったのか?」


 心の奥から発せられる負の渦によって、友達の心配が自動的に遮断される。

 頭の中の何もかもがぐちゃぐちゃになっていた。


「急な脈拍の上昇を検知。健康維持補助機能ヘルスサポートを開始します」


 左目からの声を僅かに感じ取った途端、頭を覆っていた霧が急に晴れていく錯覚を覚える。

 胸の鼓動も段々と落ち着きを取り戻しているようだった。


「ありが、とう。MAIDSメイズ

「エア!」


 ようやく声を出したことで、モールが再び軽く抱きしめてくる。

 人間の体温と優しい匂いがエアをより現実へと戻した。


「大丈夫? 風邪によく効く薬あるよ」

「ん――うんん。だいじょぶ」

「そんな顔には見えないがな」


 いつの間にか床に落としてしまっていた手紙をリティが拾い上げる。

 そして中を見ることもせず、彼は机の上に置いた。


「何が書いてあった? 俺達に言えないことか?」

「いや、えっと、その……」


 言葉に詰まってしまう。


 もちろん真摯な瞳をぶつけてくる相手を信用しないわけではない。

 聞いて欲しいという思いもある。


 だが、自分の都合を彼らに吐き捨ててよいものか考えてしまったのだ。


「悩みがあればいくらでも聞くよ。軽い気持ちで相談してみてよ」

「モールさん……」


 追及はしてこない。

 あくまで喋るかどうかはエアに選択権を残している。


 モール達の気遣いの温かさに胸がじんわりと温かくなった。


「提案。本端末が伝えましょうか」


 今度はMAIDSメイズ

 相棒の優しさもまた彼女達と同じだった。


「ありがとう。でも……アタシから言うよ」


 親友の腕から体を離し、落ち着いて深呼吸を挟む。

 そして二人の目を改めて見た後、エアはゆっくりと口を開いた。


「アタシの故郷の村が流行り病で酷いことになってるって」


 刹那、僅かに残っていたふんわりとした空気は、瞬時に虚空へと消えていった。

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魔力無しで村から追放された少女エアの、毒舌AIと始めるまったり機械革命 エプソン @AiLice

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