第43話・ボクの自慢の友達だよ

 太鼓や笛、提琴の音色と一緒に、至る所から幸せに溢れた声が届いてくる。

 村中に施された飾りと魔法による演出も相まって、村の中はおとぎ話の世界のように輝きに満ち溢れていた。


「今日ってお祭りだったの?」


 ぼんやりとする頭を働かせて捻り出した問いを、隣の友に伝える。

 徹夜で作業を行い、先程目覚めたばかりのエアにはついていけない風景だったのだ。


 建造物と木を繋ぐように取りつけられた糸と旗の集合。

 昼間では一切見られなかった飲食系の出店の数々。

 軽快な音楽と一緒に村の中央で踊りを披露する村民。


 まるで異なる村に移動したと思えるほど様子が違っていた。


「うんん。特にそんな予定はなかったよ」

「ならどうしてこんな?」

「この村ではね――」


 マチルダ家の玄関からモールが数歩飛び出す。

 そして振り返るや否や、子供みたいに大きな笑みを作った。


「嬉しいことがあると、皆で共有するんだ」

「嬉しいこと……?」


 頭の中に掛かったかすみを少しでも払おうと目を擦る。

 だが、何に喜んでいるのかさっぱり分からなかった。


「こういうところは察しが悪いんだから」

「ほんとにな」

「あ、ギュシランさん」


 村の広場からひょっこりと役人が現れる。


 頭には獣人のものに酷似した付け耳。

 両手には出店で貰ったのであろう卵料理が乗せられた皿に加え、腰には昨日の昼間に会話したワンコ少女がくっ付いていた。


「ギュシランさん」

「何だ?」

「流石に年が離れすぎじゃないです?」

「そんなんじゃねーよ! こいつが付いてくるんだ!」


 と、全力で否定してくる。

 普段女っ気の無い彼が言うのだから間違いないのだろう。


(そもそも疑ってなかったけどね)


「おねえちゃんっ!」


 リティの隣にいた少女が今度はエアの元へとやってくる。

 エアは温もりを受け入れると、優しく少女を抱きかかえた。


「お姉ちゃん凄い! 本当にお医者さんだったんだね!」

「あ――」


 言われてようやく気付く。


 昨日徹夜で直した街灯が正常に動いていることに。

 街灯が修理されたことを村民全員が喜んでいることに。


 気付いてみればとても簡単なことだ。


(ちゃんと動いてくれてるんだ。良かった)


 わんこ少女の頭を軽く撫でて前を向く。

 誰もかれもが幸せそうな笑い声をあげる世界に、ふと目頭が熱くなった。


「アタシも見よっかな。直したの明け方だったから、あの子が輝くところをしっかり確認出来てないし」

「じゃあわたしが案内してあげる!」


 伝えるなり、即座に幼女がエアの手を引く。

 鼻息を荒げながら意気揚々と声を上げる彼女の手は、胸が熱くなるほど温かった。


「ありがとう。お願い」

「こっちだよ!」


 幼女の手に引かれて歩き出す。

 少し遅れてトンガリ帽子と役人もまたエア達の後ろについた。


「みんな機械術師様が来られたぞ!」


 ほんの数メートル歩いただけで、こちらを見た村人から歓喜の声が上がる。


「ありがとう機械術師様っ!!」

「これ食べてってくれ!」

「このトロピカルピーチは自慢の品なんだ! 持ってってくれよ!」


 次から次へと人が集まってくる。

 おまけに感謝の品まで一緒に。


「あははは。そんな大したことしてませんので」

「何言ってんだい! 俺達にできないことをやってのけたんだから、充分凄いことだよ!」


(本当にそんなでもないんだけどなぁ)


 乾いた笑いを上げつつ、手渡された一口大のトロピカルピーチを頬張る。

 マチルダ家で栽培されているものよりも甘みが控えめで、毎日食べる分にはこちらの方が好みだった。


「ギュシランさんまだ持てる? 今度は焼き飯がきたよ?」

「悪いが既に手いっぱいだ。何なら腹もやべー。すげーなこの村」

「それだけみんな嬉しがってるってことだよ。エアはどう?」

「残念ながらこっちも。あははは、凄いね」


 左手にはリンゴパイ。

 右手にはオムそば。


 半ば無理やり渡されたものではあるが嫌な気はしない。

 昼間寝ていたせいで食事をまともに取っていない分、むしろ今すぐかぶりつきたいほど嬉しかった。


「あれだよお姉ちゃん!」


 村の外に設置された街灯を見つけた途端、幼女の歩く足が速くなる。


(ん)


 狭い村だけあり、あっという間に目標へと着いてしまったようだ。

 エアが修理した街灯は、チカチカと調子が悪かったことが嘘のように安定した白い光を放っていた。


「前より綺麗になった気がするっ」


(実は光量とかは変わってないんだけどね。黙っとこ)


 嬉しがっているものにわざわざ水を差すことは無いだろう。


「エアちゃん起きたんだぁ。よく眠れたかしら」

「あ、ルーさん」


 すっかり元気を取り戻した街灯の明りを見つめていたところに、知人から声を掛けられた。


「はい、とっても」

「それはよかったわぁ」


 顔の前で斜めに両手を合わせると共に笑みを返してくる。


「ママはこんなところで何してるの?」

「あの人と待ち合わせよぉ。お仕事が終わる時を見計らって、何時もこの灯りの下で待ち合わせしてるの」


 白色光に照らされた奥方が紡ぐ。


 調子の良い声色。

 それだけで、彼女にとってこの街灯は掛け替えのないものであることが伝わってきた。


「初耳。何時からそんなことしてるの?」

「それはもうあの人がこの村に来て働き始めた時からよぉ」

「え? パパって村の外出身だったの!?」

「そうよぉ。トロピカルピーチの味に惚れてここに来たって、言うとったよー」

「ぬぬぬ。全然知らなかった」


 モールがやんわりと柱に手を付く。


「機械が生活に溶け込んでいる村もあるんだな」


 今度はリティがぼやく。

 最近は鳴りを潜めていたとはいえ、機械を毛嫌いしていた彼にとってさぞ衝撃な事実だったことだろう。


「意図して使ってるというわけではありませんし、とがめるわけにはいきませんよね」


 ちょっとばかし嫌味な質問を送る。


(あ。嫌らしい言い方だったかな)


 皮肉とも冗談とも取れる内容に、放った直後に発言を悔いるエア。


「そりゃまあな。害が無いと分かっているものを、わざわざ手間と金を掛けてまで撤去することもないしな」

「……すみません」

「何で謝る?」

「あー、いえ。急に悪い自分が出てきてしまってことに嫌悪感があるといいますか、なんというかその――いましめです」

「んん? よく分からん奴だな」


(アタシもそう思います)


 しかしながら気にしていないなら問題は無い。

 エアは細かく息を吐くと、幸せそうに灯りを見つめるルーに視線を戻した。


「そういえばさー。結局原因は何だったの? 単なる経年劣化?」

「んんんっ。あー、うん」


 オムそばを一口啜った途端、横から問いが飛んでくる。


(そういえばまだ話してなかったっけ)


「街灯にはね。電気の流すための力を調整するための機器が取りつけられてるんだ」


 リティに村人から貰った食べ物を預け、街灯の傍に近寄る。


「ふむふむ」

「ほらこれ」


 小扉を開き、手持ちの小型電灯ライトで内部を照らす。


「これが今言った機械。この子にとってとても大事なものだから、人でいうところの心臓に近いかな」

「それがどうかしたのぉ?」

「大変言い難いのですが……」


 全員の視線が集まるのを感じる。

 気まずそうにぽりぽりと頬を掻くエアが次の言葉を紡ぐのを、誰もが今か今かと待っていた。


「この機械にですね。トロピカルピーチの果汁が付着してまして。それが動作不良を引き起こしたんじゃないかと」

「「ええ?」」


 何でそんなものがとも。

 たったそれだけとも。


 様々な思いが込められた素っ頓狂な声を上げるマチルダ親子。

 だが既に真相を知っているリティと、言葉の意味を理解できなかった幼女の表情は変わらずだった。


「蓋を閉じても微妙に隙間があるでしょう。ここから飛び散った果汁が付着した可能性が高いです」

「原因は分かったけどエア! どうしてトロピカルピーチの果汁がこんなところに」

「まあまあモール落ち着いて。答えはすぐ傍にあるよ」

「そんなこと言われたって、そんなことする人なんて――あ」


 モールが周囲の至る所に視線を向けていたが、とある一点で動きが止まる。

 どうやら村で配られたトロピカルピーチをのほほんと食べる子供を見て、何か思いついたようだ。


「まさかこの子達が?」


 信じられない、といった風にモールが発する。

 しかしながら街灯の小扉の位置と幼女の口元の高さがほぼ同じである事実の前には、抗えない雰囲気を出していた。


(ま、そうなるよね)


「多分。今日みたいなお祝いがあると、外で食べるでしょ。今回は食べやすいように切られてるけど、そのまま配る農家さん達もいるだろうしね」

「そういえば街灯の下で食べてる子は昔から沢山いるわねぇ。かくいう私もそうだったしねぇ」


 こくりと頷く。

 長く村に居ただけあり、歴代の子供達にも愛されているのだ。


「それにトロピカルピーチは果汁たっぷりなだけあって、そのままかぶりつくと結構飛び散るでしょ」


 つまり結論はこうだ。

 外でトロピカルピーチを食べる子供がこぼした果汁により、街灯の中枢が汚染されてしまったと。

 実に単純な話だ。


「一応今補足しておくと、この子達だけの責任ではないですから」


 悪者にされる気配を感じ取ったのか、心配そうな目を見せるワンコ少女を目線を落とす。


「色合いからそこそこ昔の果汁だと思えるものも付着してましたよ」

「そっかぁ。それじゃあ村民全員の責任やねぇ」


 喋り終える前に、ルーは少女の頭を優しく撫でた。

 まるで自分の子供のように優しく、柔らかく。


「大切にしているようで、ちゃんとしとらんかったか」

「いえ、そんなことないですよ」


 遠い目を浮かべようとしたルーに待ったを掛ける。


「修理ついでに一通りの街灯を確認しましたが、どれもこれも外側はピカピカで愛を感じました。これだけ機械を大事にしてくれる人がいて、機械術師として凄く嬉しくなりました」


「だから帰ってくるが遅かったんだ」と友の声。

 淡々としていながらも、温もりが残る綺麗な音だった。


「ねぇ、モール」

「なーに、ママ」


 人工的な灯りを眺めていた母が子に問い掛ける。


「アンタは良いお友達を持ったねぇ」

「でしょ? ボクの自慢の友達だよ」


 はっきりと言い放つ親友に、熱で胸が震えるのを感じた。

 そしていつの間にか隣に並んでいる親子を見ると、彼女達が向く闇の先から足音が聞こえてきた。


 大きな足音は、確実にマチルダ親子が待つ光へと向かっていた。

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