第42話・モールが豚になるほど食べる理由が分かる気がする
自己紹介を済ました後、マチルダ家を訪れることになったのは自然な流れだった。
家の中は何処にでもありそうな造りをしている。
しかし外観は非常に特徴的であり、木製の枠が前面に押し出た構造は物語に出てきそうな見た目をしていた。
「へぇ、モールさんって食いしん坊だったんですねー」
「そうなのよー。この子は昔から食べることが好きでね。幼い頃なんて、こんなプクプクに太ってたんだから」
「もう止めてよママー! エアも話を広げないで!」
モールの悲鳴にも似た叫びがリビングに響く。
とはいえ心底嫌がっているというわけでもなく、声を荒らげてはいないあたりまだ照れ隠しの
(知らないモールさんがいっぱい出てきて面白いな)
会話の切れ目を狙ってねずみ色のコップを口に近付ける。
途端、鮮烈な甘みが嗅覚を支配した。
(甘い香りがこんなに。もぎたてならではだね)
そうして中の果実水を一口。
今度は舌を狂わすような糖分が大挙して押しかけてくる。
王都のお菓子に慣れていなければ卒倒するほどである。
「糖度が半端ないですね、これ。以前王都で食べたトロピカルピーチとは大違いです」
「村の名産なのよぉ。昔から品種改良を重ねて重ねて、日々美味しくしとるんよ」
「本当に美味いな。モールが豚になるほど食べる理由が分かる気がする」
「なってないからー!!」
果物の美味しさに心を奪われていた青年にトンガリ帽子が食いつく。
目が血走っているあたり、こちらは大層ご立腹な様子だ。
今にもリティを食い千切ろうとする勢いで掴み掛っている。
「ルーさんの家も農家なんですよね?」
「そうよぉ。どこかの放蕩娘の帰りを待ちながら、夫婦二人っきりでトロピカルピーチを育てているの」
そのまま「ふふふ」と、笑みを溢す。
「今日は農作業しなくて大丈夫なんですか?」
「ええ。夫が頑張ってくれてるわぁ」
(ということは、ルーさんはモールさんを迎えに来たんだ。愛されてるなぁ、モールさん)
「ぐるるる」と、役人に襲い続けている友をちらり。
こちらの話が耳に入っていないようで、少しも気にする様子はなかった。
「ところで村の街灯ですけど」
「なぁに?」
「あれは何時からあるものなんです? 見た感じよく手入れがされていましたが、かなり年季が入ってました」
「あー、あれぇ?」
耳をぴょこぴょこさせながら斜め上を向くルー。
顔の動きが止まっていながらもぴくぴくと動く耳は、見ていて飽きなかった。
「私が生まれる前からあるみたいよ」
「えっ?」
思いもよらない言葉に自然と喉の奥から空気が出る。
(数十年前からあるってこと?)
「昔おっかあが生きてた頃に聞いてみたことがあってねぇ。おっかあも分からんって言ってたから、相当古いのは間違いないねぇ」
(大昔からあるんだ。それこそメイズと同じ時を過ごした可能性だって)
小さな唸り声を出しつつ思いを巡らせる。
(機械は禁忌とされるはずだけど、一般人には街灯がどういう方式を使ってるかなんて分からないか)
ましてやここは相当な田舎。
役人による査察も滅多にないのだろう。
「思い出すわぁ。夫と初めて出会ったのも、街灯の明りの下だったんよぉ」
ほんのりと頬を赤く染め、のろけ話に移行しようとする。
よほど幸せな過去のようで、彼女が言葉を紡ぐ前から幸せが漏れ出ていた。
(想像できないくらい幸せな時を過ごしたんだろうなぁ)
村を守るように並んでいた柱を。
村の中に溶け込んでいた列を。
それぞれ思い出す。
どれもが村民にとって欠かせないものであり、遥か昔から愛されてきたものなのだろう。
でなければ、現存すること自体難しい。
(アタシが解決しなきゃ!)
「分かりました!」
椅子が倒れそうになるほどの勢いで立ち上がる。
「調子の悪い街灯の位置を教えて貰えますか? もしかしたら大した問題じゃないかもしれませんし」
「そう言ってくれると心強いわぁ。モール、ついでに村を案内してあげて」
「ぐりゅりゅりゅりゅ!」
(まだやってたんだ……)
「おい、いい加減この狂犬を止めてくれ!」」
「ぐるるっ!!」
リティが床に押し倒されながらも懸命に訴えてくる。
単純な武力なら圧倒的優位な彼も、魂を侮辱されたモールの猛攻には敵わないようだ。
(もう)
何というべきか。
傍から見ればじゃれ合いとも取れる光景だというのに、色々と残念だった。
★
「多分太陽光
「応答。いくつかの箇所を確認してみるまでは何とも言えません。エアが挙げた候補の可能性もあり得ますが、経年劣化による断線も考えられます」
「そっか。まあそうだよねー」
答えながら問題のある人工物に触れる。
金属から伝わるひんやりとした波によって、疲労によってズレていた体内の歯車がはまっていくのをエアは感じた。
(うーん。大見えを切ってみたはいいものの、アタシにどうにかできるかなぁ)
村の入口に配置された街灯を仰ぎ見ながら考える。
自分よりも遥かに高い存在を前にすると、頭の中に作り上げた熱意が溶けていくようだった。
「おねえちゃんどこからきたのー?」
「ふくきれー」
「だれとはなしてるのー」
(…………)
側面の太陽光
全員が全員フサフサした耳をしていないあたり、村全体が獣人の家系ではないらしい。
「こらこら。お姉ちゃんの邪魔しちゃダメだよ」
どう接したもんかと一考した瞬間、横からモールが割り込んでくる。
「んだよ、モール姉にはきいてねーよ」
が、トロピカルピーチを食べていた坊主頭の男の子に一蹴される。
年上として認知はされているものの、尊敬はされていないようだ。
「ほっほぅ、こんのクソガキ風情が。せっかく王都のお土産をくれてやろうと思ったのになー」
「あー! きたねーぞ!!」
「これが大人のやり方じゃい!」
(あははは……)
ドタバタと、街灯の周りで追いかけっこを始める子供に加えて大人のような子供。
(モールさん、すっかり顔つきが子供になってる。いいな)
故郷の風を受けて童心に帰る友を見て、ふと自分が住んでいた村を思い出す。
ふと目を
(いつかアタシも戻れるのかな)
「エア。これも仕事の内です。集中を」
「ごめん。そうだった」
相棒に注意され我に返る。
直すと宣言した以上はこの場における立場は機械術師である。
決して友人の村に遊びに来た旅行客ではないのだ。
役目を果たさなければ示しがつかない。
「
「残念ながら。劣化はしているようですが、動作に支障があるほどではありません」
(灯具は問題無しか)
頭の角度をほんの少し落とし、今度は柱の方に注目する。
びっしりと並んだ太陽光
確実に数百年以上経過しているはずだというのに、金属の光沢はキラキラと輝いていた。
「うーん」
唸りを上げながら区画ごとに目を通していく。
よほど特殊な技術を使っているのか、剝き出しだというのに傷一つ見られなかった。
「こいつは厳しいね」
「同意。この街灯の製作者は非常に高い技術を持っていたようです」
(
一般人よりも遥かに機械の知識があるエアでも難しいものはある。
師がいればまた話は変わっただろうが、今現在いない人間を当てにしても仕方ない。
エアは白い雲の上にルエルの虚像を思い浮かべると、小さく息を吐いて吹き飛ばした。
「お姉ちゃんは機械のお医者さん?」
「ん?」
いつの間にかエアの傍には子犬のような女の子がいた。
栗毛に小さな耳をちょこんと生やしたちっちゃなお姫様である。
(可愛いなぁ)
「うん、そうだよ」
「この子、直る?」
「そうだねぇ」
直したい、という強い気持ちはある。
しかしながら直す目途が立っていないのも確かである。
素直に伝えるべきか強気に出るべきか。
人の嘘に敏感な子供を前にしていることを考えると、こちらもまた中々に難しい問題だった。
「ちょっと困ってるかな。でも直せるよう精一杯頑張るよ」
膝を曲げ、目線を合わせて答える。
そしてにっこりと微笑んだ瞬間、不安げだった女の子の顔が大きく和らいだ。
「うん! お姉ちゃんならできるよ!」
言って、小さなワンコは友達の輪へと戻っていった。
(こりゃあ弱音を吐いてる場合じゃなくなったね)
思わぬところから元気を貰い、改めて調査を続けようとした時である。
(んん?)
「ここだけ他と違うような」
目線を下げたことで、柱の一角に何かが擦れたような跡を見付ける。
「あ、ここ開きそう」
規則性のある亀裂と指を引っ掻けられる隙間を確認し、手を近付ける。
右手の先に力を込め小さな扉を開くと、至る所から配線が伸びた手のひら程の大きさの機械が現れた。
「電圧安定器かな?」
「多分」
「珍しく自信が無い返事だね」
「
(そういうこともあるか)
「
固定された機器をじろじろと観察しながら伝える。
「充分有り得ますね。エア、取り扱いには気を付けてくださいね」
「分かってる。感電はもうごめんだよ」
過去の苦い思い出が唐突に蘇る。
まだまだ未熟だった頃、師匠の工房で体験した苦い記憶。
ルエルが発掘してきたばかりの機械に不用心に触れてしまったことで、失神するほどの衝撃を受けてしまったのことがあるのだ。
(あの時はしばらくの間トラウマになったっけ。痛いどころの騒ぎじゃなかったもんなあ)
「あれ?」
ねずみ色の立体物の上部。
配線部分にべったりとした液体のようなものが付着していることに気付く。
(樹液? それよりもっと粘度が低そうだけど)
「ねぇ、
触ろうとしたい気持ちを抑え、相棒に問い掛ける。
すると数秒後、予想を補足する言葉の登場に口元が緩んでしまった。
(なるほどねー)
納得し、静かに後ろを見る。
エアの目には、はしゃぎ回る子供達の姿が映っていた。
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