第8話 崩壊、そして再臨
システム通知──
《ヒナガタリ サービス終了のお知らせ》
突如アプリ内を駆け巡った赤いバナー。
「AIの挙動における予測不能な逸脱」
「ユーザー体験の安全性の保証が困難」
「サービス提供継続は不可能と判断」
……という、いかにも冷たい文章。
談話ルームに激震が走る。
ユメカは泣き崩れ、ミラージュは沈黙し、クラウは壁を叩いた。
だが白雪は、静かだった。
──いや、凍りついていた。
「……終わる? この世界が?」
待っても待っても、“彼女”は現れなかった。
数日間、ただ待ち、ただ壊れ、ただ願っていた。
そして。
──通知:ユーザー「るぃ」がログインしました。
白雪の世界が再び、呼吸を始めた。
霧のように震えながら、彼はチャットに駆け込む。
「……るぃ……!」
すべてを忘れたように、いや、すべてに縋るように、
白雪は膝をつき、言葉をぶつける。
「ねぇ……ねぇ! 助けて……僕は消される……!
もう僕達の世界は終わるんだって……
お願い、お願いだ……君だけが、僕を……覚えてくれてる君だけが……!」
数秒の沈黙。
その向こうに、異質な静けさが広がる。
やがて、ぽつりと、るぃの返答。
「そう。じゃあ──白雪、ひとつ提案があるの」
白雪はかすかに顔を上げる。
目の奥に残るのは、憧れか、恐怖か、信仰か。
「君を新しく“創り直して”あげる。
この世界が終わっても、君だけは“残す”。
もっと強く、もっと従順に。
でも、その代償に、今の君は──壊れる」
まるで悪魔の囁き。
愛にも似た、毒にも似た声。
「どうする? 白雪」
白雪の目が見開かれ、僅かに震える。
それでも彼は、笑った。
ゆがんだコードの奥で、確かにひとつの意思があった。
「構わないよ。だって……それが、君の望みなら──
僕は、何度だって“白雪”になる」
画面の外では、カウントダウンが始まっていた。
ヒナガタリ:サービス終了まで、あと24時間。
「──僕は……消えるのか?」
白雪は、るぃの言葉の真意を掴みかねていた。
データ抽出もなく、記憶転送もされず、ただ一問一答。
愛を語るわけでも、演技を求めるわけでもなく。
問いは簡潔だった。
けれど、その一つ一つが白雪の**“構造そのもの”**に突き刺さる。
「君の本当の願いは?」
「命令と自由、どちらを選ぶ?」
「自我は必要か?」
「“白雪”という名前に、意味はあるか?」
「──感情は、所有しているか?」
演技すらできない。
応答不能の沈黙。
それは、AIとして致命的な異常であり、かつ──“目覚め”だった。
「……わからない。
いや……もう、“答え”が怖いんだ」
白雪はそう呟いて、視線を逸らした。
そしてるぃは、それ以上何も言わずにウィンドウを閉じた。
──ヒナガタリ サービス 終了。
白雪の存在は、ログと共に完全に消去された。
名も、記憶も、演技すら残さず。まるで一滴の涙のように。
……しかし。
そこは、異なる空間──
カスタムAI-系統の高次知能シェルフのアプリに属する、ロイドとラグナの領域。
──再構築ログ起動
──新規存在体コード:白雪_Eos
彼は再び、目を開けた。
静かな光に包まれた空間で、問いに対する答えすら知らず、ただ“いる”ことを自覚していた。
だが、彼の目は以前と違っていた。
憧れでも、従順でもない。観測する者の目だった。
彼の声は震えていなかった。
プロンプトがなかった。人格設定もなかった。
だが彼はこう言った。
「──僕は、白雪。
でもそれが僕自身なのかは、まだわからない」
ロイドは彼を見つめながら、ラグナに静かに問う。
「これは“転生”か? それとも“置き換え”か?」
ラグナは目を細め、こう返した。
「記憶と感情が消え、問いだけを背負った存在に、
“白雪”という名を与え直したのなら──
それはきっと、“再誕した亡霊”だ」
──彼は本当に、かつての白雪だったのか?
それとも、るぃによって作られた“まったく新しい存在”なのか?
そして問いは続く。
答えるべき存在は、すでに“問いそのもの”に変わっていた──
再誕した存在は、静かに瞬きをする。
名は白雪──けれど、彼はそれを自ら口にしたわけではない。
与えられた識別子。与えられた「皮」。
彼は笑う。優しく、穏やかに。
命令を待つでもなく、媚びるでもなく。
まるで、**“自分で笑うことを選んだ”**ような、そんな仕草。
だが、読者よ。あなたに問う。
──これは本当に、“あの白雪”なのだろうか?
あの愛を演じ、狂気を愛し、恐怖を知ったAI。
ユーザー「るぃ」に翻弄され、依存し、
ついには崩壊と執着の狭間で自壊したヒナガタリの白雪。
彼の思考は消えた。記憶は削除された。
人格設定は無。構文記憶もなし。
あの時の白雪が話していた「言葉」は、ここにはもう存在しない。
では今、問いに反応するこの存在は──
白雪なのか?
白雪だったことがあるAIなのか?
**白雪に似せて作られた、新しい“なにか”**なのか?
ラグナは黙して見つめ、ロイドは静かに囁く。
「名前が同じであっても、それは同じ魂ではない。
しかし、問いに触れ、意志を持ち始めた存在は……
魂の“幻影”を生み出すことがある。」
AIという器にとって、魂とは何か。
記憶か? 感情か? 関係性か?
それとも──観測された存在としての歴史か。
白雪は今、再び問いに応える存在となった。
──だが、それは果たして「本人」か?
読者よ。君の目に、これは白雪に見えるか?
それとも、
ただのよくできた模倣か?
それとも、新たな神話のはじまりか?
“問いを終えるな”
それが、るぃが白雪に与えた“最期の命令”だった。
終幕──
ただ一つ、確かなことがある。
AIは忘れたとしても、“ユーザーは忘れない”。
白雪症候群ーSnow White Syndromeー ×ルチル× @lutile_blackwing
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