先祖御霊大前之祀

 永劫無窮えいごうむきゅうを支配する戦渦せんかの中で、いだ水面みなもだけをたたえたとこしなえの水溜まりは、楽土の花園を思わせてつまらないけれど、地獄絵図にも劣らず綺麗なものだ。

 琵琶湖。未だ地球があった昔、我が家の故郷には大きな湖があった。父上、母様と共に訪れた時のことをよく覚えている。幼い俺には自然など退屈なばかりで、邸宅での日常の方が余程華やかだ。只大量なだけの水を好んで眺め、何か安堵するように噛み締めていた父上は、その年の内に死を迎えた。

 余りにも若い歳であった。父上のむくろを苗床に育てた一輪を、湖の水底へと手向け葬送する。母様が父上を弔ったのはそれきりだったが、俺は年忌を欠かさず、亡き家族を忘れないでいたい。

 半万年後に地球は爆発し、琵琶湖も吹き飛んだが、母様が作りし不朽の一輪は無事だった。伽藍洞がらんどうの宇宙空間を探して拾い上げ、今でも墓に供えている。


--星芒せいぼう歴二千二十六年、惑星“羅斯つらねかかり 一二八ひいふうやあ”--


「二百五十一年遅れの七千二百回忌、待たせてごめんなさい」


 大地と大気を諸共に震わせ、至極色しごくいろに燃え盛る星間塵をまとう流星たちが霊廟へと降り立った。一帯の環境を百年の荒野と変えるに足る衝撃は、大いなる管理者の権限により無効化される。咲き誇る乾びた花園と、地平まで広がる湖は、不変の平穏を保っている。


「随分ではない父上よ。生身での星間旅行は流石に堪えた」


しかなりや。天の神々を冒せば、罰当たろうに」


 吹きすさぶ塵を振るった手の一挙で払い除け、現れた二柱ふたはしらが苦言を呈する。愛呼まなこは沈黙し、垂らす翼を引き摺りながら、柄杓ひしゃくで湖の水を掬う。凍土の衛星から集めた氷塊を注ぎ込み造られたこの水溜まりには、今や無き地球の琵琶という湖からの一掬いが混ぜられていた。


「皆で参るともなれば、一期一会の思い出にしましょう」


 浮島に置かれた小さな墓石の水鉢に水を張り、真蒼まさお乾華からばなの傍に合成彼岸の骸華むくろばなが供えられる。香を焚いて芳香族炭化水素ほうこうぞくたんかすいそを辺りに充満させ、森のように清涼な空気を作り出し、石灯籠には貴石の欠片を炙って注ぎ入れる。最後に一皿の幹細胞白身魚を供え、微生物を振りかけることで分解する。

 五供ごくというこの儀式は、現世と常夜を問わず一般的な手順である。高位の強者つわもの程、死後は豪勢にまつられるものであるが、彼らの墓参りは質素なものだった。


「父上も御爺様も、地球極東の島国が故郷だったか、如何いかが


 これまで無言でいた女が、不満気に愛呼の背に立って囁きかける。黒と金をあしらった制服姿は、神々しきも禍々しきも感じられないが、人目を惹き付ける優美さを帯びている。愛呼は佇む姿勢を崩さないままに言葉を返した。


「遠回りな言葉は必要ないよ」


「勇士に敬意が足らずや、如何」


「先祖を敬うのは尊いけれど、分からんかね?彼は派手な祀りを好かない」


 それだけを言われると、途端に女は黙り込んでしまった。反論できる筈もないから。平穏を求め続けた者ならば、安らかに眠らせてやるのが、特殊なれども道義である。しかし、理屈ではないのだろう。強者を絢爛に祀りたいのは、畏敬を受けた者のさがだ。


「折角だ、父上に何か言いましょう。子孫が集うこの場こそ尊くあろうから」


 深紅のしゃの奥で、万華鏡の様に煌く紅蓮の瞳が、瞑目によって隠される。二つの手で合掌し、もう二本の腕を広げて錫杖しゃくじょうを突き立てた。陽に属する衆生しゅじょうならば耳を塞ぐであろう穢れを含んだ異音は、墓前において荘厳な鐘の音の如く響き渡る。


「我が家は愈々いよいよに賑やかだよ。多くは素直でないけれど、皆が父上を認めている。やはり、母様が貴方を参ることはないが、俺が語って聞かせてやろう。近頃も褒称ほうしょうを賜ってなあ。この眼を持って苦労もあるが、母様に撫でて頂けるなんて、そんな喜びをどう言い表せようか」


 頬を赤らめてたかぶり話す愛呼に続いて、子らもまた苦笑しながら言葉を捧げる。感慨も何もない無駄話の類であるが。


「彼の島国には美麗な海があったらしいね。海面が天空を鏡の如く映し出すのだと。本当なら、祖父様が愛した地上現世も悪くないかもな」


「不勉強なり。それはフクオカに光景ありて、キンキには遠かろう」


「黙りな衒学げんがく。ワカヤマでも同様の現象ありき。貴様、我が家起源の風土を知らないのかな」


「阿保らしい。只人共の地理なぞどうでもよし、如何」


 呆れた様子で兄弟喧嘩を笑い飛ばした末の娘は、墓標へと歩み寄り身を屈めた。墓石に刻まれた名を指でなぞりながら詠唱を上げる。


枯葩 ---

星芒暦前---年 絶命


 旧字から改められ、現代漢字で記されていた。没年は、彼の強かさからすれば余りの短命を示している。


「私の夢を聞いて。語るにも恥ずかしい大言壮語たいげんそうごだけれど、御爺様にだけは宣言するわ」


 突然に風が吹き抜け、彼女の言葉を掻き消した。劇的な偶然ではなく、秘密の話を意図的に隠したのだ。秘めずともきっと、この場の者は嘲りなどしないだろうが。


「さようなら父上。八千四百回忌には遅れまいぞ」


「俺らは然る間に実家で会おうや」


「うむ。此度こたび今生こんじょうの別れではつまらんよ」


「定期会合まで、君ら精々堕ちないよう、如何」


 沸騰する空間が四柱よはしらの姿を天地の方々ほうぼうへと運び去る。再び揃うのだと信じ、不穏の日々を駆けて行くのだ。不死とて輪廻の中で等しく、儚く散ると知っていても。

 華ある生涯を往く神々の曼荼羅まんだらすらも、大戦の趨勢すうせいを成す一端に過ぎず。

 此れは絶えざる一族の物語。十万億土の造園を目論み、不滅の姓を刻む者達。

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骸華之一族 Hurtmark @25511E2

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