エタニティ・ワールド

斑猫

無限ループって怖くね?

 ハッとして目を覚ました俺は、まどろんでいただけだという事に気付いた。教師が俺を名指しして叱責し、周囲から控えめな笑い声が漏れる。何となく仲の良い、ヒロインともいえる清美が、呆れとも笑ともつかぬ表情で俺を見ていた。

 いつも通り、いつも通りの空気ではある。だが俺は、普段通りに怒りを抱いたり、逆に皆に迎合して笑ったりする事が出来なかった。まどろみの中で見た夢が、ひどく衝撃的だったからだ。


 敵と闘って殺す夢。逆に敵に殺されてしまう夢。清美を筆頭に多くの女の子と付き合う事になる夢。俺自身が女の子になってしまう夢。断片的で脈絡がないが、そんな事はどうでも良い。それよりも重要な事に、俺は気付いてしまった。

 俺は物語の住人である。そして物語せかいは、何度も破壊と構築が繰り返されている――その事を、俺は知ってしまった。

 であれば、俺の意志や俺のこれまで生きてきた道とは何なのか? 自分の意志で、自分の思うままに動いていたはずだが、物語せかいと言う枠組みの中で蠢いていただけに過ぎないのか? しかも、いずれは破壊される儚い世界の中で?


「おい、どーしたんだ※※。顔が青いぞ?」


 俺の異変に気付いたのだろう。ざわめく群衆の中から声が上がる。

 その声に、俺はびくっと身を震わせた。顔を見て、冷や汗が出てきた。俺に馴れ馴れしく声を掛けてきたのが、敵であると解ったからだ。どの物語での事だったのかは解らないが……あいつと俺は殺し合う運命にあった。あいつの取り巻きに清美が殺される物語もあったし、あべこべに俺があいつの取り巻きをぶっ殺した事もあったはずだ。


「ああ、あああ……」


 周囲がゆっくりと回転する。走馬灯のように、破壊された世界が再構築されるように。今にも叫んで走り出しそうだった。そうならなかったのは、理性で衝動を抑え込んだからではない。保健委員の男子が駆け寄ってきて、俺を保健室に連れて行ったからだ。また幸いな事に、俺は彼の事を知らなかった。だから平静を保てたのだ。


 その後俺は体調不良と言う事で早退した。ヒロインである清美は、俺の事を心配してメッセージを送っていた。無論俺も、それに返信した。


「ちょっとあんた。一体何をやろうって言うつもりなのよ」

「俺たちの、生存と安寧の為の事だ」

「はぁ? 意味が解らないわ?」


 清美をおびき出すのは簡単だった。気が強く、俺に対してはツンツンした態度を取りがちな彼女だが、内心では俺の事を信用しているのだ。だから俺は彼女を車に押し込み、ハンドルを握って車を走らせた。無免許運転? そんな事、亡ぶであろう物語に較べれば些末な事だ。


「よく聞け清美。この世界はの一つに過ぎないんだ」


 諭すように、自分の考えを整理するように、俺は言葉を紡いだ。きちんとシートベルトを着用している清美だから、ちゃんと俺の言葉に耳を傾けてくれる。そんな考えがあった。

 たとえ今は「物語の一つだなんて、それはまた大それた発見だこと」なんて皮肉っぽい事を言っていてもだ。


「俺が知った物語が正しければ、この町でこのまま過ごしていれば、俺たちはただ破滅するだけなんだよ。そう言う物語だからな。だが――物語の枠組みから外れた動きをすれば、話は変わるはずだ。なぁ清美、あんただってそう思うだろう?」

「そうね。好きにすればいいと思うわ」


 清美はただそう言っただけだった。肯定も否定もせず、目をつぶってじっとしてしまった。俺は車を走らせた。と言っても、ガス欠になったのでそんなに走らせることは出来なかったが。


「な、そんな……なぜお前がこんな所に」


 清美と共に徒歩での逃避行に洒落込んだ俺は、いつの間にか上がっていた廃墟の屋上にて声を上げた。清美は眠そうな表情で「あー、確かに強そうな怪異ねぇ」などと言っている。

 強そうな怪異だなんてとんでもない。こいつは怪異の中の怪異であり、それこそ物語によってはラスボスになりうるやつだ。常世神。根の国から来たり、生と死を超越した異形の神が、朽ちかけた鉄柵に腰を下ろしていたのだ。背中に生えるいびつなアゲハチョウの翅を除けば、十歳ほどの子供にしか見えないそいつは、しかし子供とは思えぬ笑みを浮かべていた。


「――人生なんぞ、夢まぼろしのようなもの。そう思わんかい?」


 子供らしからぬ口調で尋ねる常世神に、俺は半歩ほど近付いた。胸ぐらをつかまなかったのは、そのまま墜落するのを恐れての事だ。


「お前かっ! お前が世界を作っては壊しているのか!」


 俺の恫喝に、常世神は勿論怯まなかった。しかし一瞬だけ、哀しそうな表情を浮かべたように見えた。


「世界を作っては壊す。その流れに逆らえぬのは我も同じ事。我とそなたたちと異なるのは、物語が生まれて死んでいく様を、と言う事だけに過ぎぬ」


 常世神の背中の翅が広げられる。鱗粉のような、銀色の粉が舞い散るのが見えた。


「知っての通り、我は常世神であるからな。異界より来たもの、生死を司るものであるがゆえに、世界の興亡を観測できるという訳だ。

 そなたはたまたまその事に気付いただけであろうが、今更騒ぐ事でもあるまい」


 そう言うと、常世神は笑い始めた。笑い声が振動となり、廃墟を揺らす。夜空の星々の輝きが強まり、空が破れたように赤や黄色に染まっていく。

 頭が痛い。俺はその場にうずくまった。ちょっと、大丈夫? 清美がそう言って手を差し伸べてくれる。だがその姿も、短い夢の中で見た、何処かの物語でのシーンに一致していた。


※※

『アア、コノ物語モネタニツマッテシマッタ。新シク書キ直ソウ』


※※※

 俺はハッとして目を覚ました。授業中だというのに、ついついまどろんでいたらしい。教師が俺を名指しして怒鳴り、クラスメイト達がどっと笑いだす。付き合っている清美は、呆れたような笑みで俺を見つめている。

 そう言えば、何か夢を見ていたような気がする。だがその夢が何だったのか、思い出す事はついぞ無かった。思い出さなくて良かったような気もするが、アゲハチョウの姿が何故か脳裏に浮かんで離れなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エタニティ・ワールド 斑猫 @hanmyou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説