シシサマ
蟹海豹 なみま
シシサマ
「
ある日の放課後のこと。オカルト部の看板を掲げた一室である。白井と呼ばれた女子生徒は、目の前に突きつけられたスマホ画面の文字を目で追った。
「なに……シシサマ?」
スマホの持ち主は
【オカルト掲示板】
スレッド名:古の本怖について語ろう17
65:名無しさん:2007/05/06(日) 03:21:55
ID:147cfgt
初カキコ失礼します。
田舎に住む祖父から聞いた話。
なんでも祖父の学生時代に「シシサマ」と呼ばれる怪異の噂が広まったらしい。
その形は花にも似ていて、腕と足が計四本くっつけられたように見えることからシシサマというのだとか。
何人も目撃者が出たが、詳細は分からないまま。
シシサマを見た人間は二度と帰ってこられないらしい。
というわけで、祖父に聞いて現地へやって来てみた(・∀・)
この書き込みのあとには薄暗い写真が貼られている。画質が悪く見辛いが、緑色の屋根が特徴的な建物が写っている。
「毎度よく見つけてくるね」
「深夜にまとめサイト徘徊してたら出てきた! しかも場所も特定されてんの!」
ここでゴネても仕方がない。結局は黄瀬に付き合うことになるのだから。いつものことだ。
意外にも目的地は二人の家からそう遠くはない。とは言え、県境を越えしばらくバスに揺られる必要がある。
というわけで、決行は学校が休みである今日となった。
バスを降りるとぐっと体を伸ばす。
見渡しても木々と一車線道路以外ほとんど何もない。人の気配もない。空気が澄んでいて気持ちが良い。
古びたバスの標識には「旧校体育館前」と書かれている。降車ボタンを押した時、運転手とミラー越しに目が合った。二人が降りると運転手は「帰りのバスは十六時二十分が最終だよ」と言いドアを閉めた。
降車したすぐそこに、薄い緑色の屋根が見える。写真で見た建物だった。
「誰もいないじゃん。入っていいの?」
「だめだとして、誰が見てんの?」
それもそうだ。
心に過ぎった良心を無視した。
「とりあえず見てみるか」
ずんずんと進む黄瀬に、慌ててついて行く。こんなところではぐれたくはない。
しかし何もない。建物を一周してしまった。当たり前に何もない。黄瀬が見つけたくらいなのだ。件のまとめサイトはかなり大勢の人間が閲覧しているだろう。何かあれば話題になるはずなのだ。
「君たち、何しているんだい」
「きゃーっ!」
突然後ろから声をかけられ、二人は互いに抱き合った。咄嗟に振り向くと、きちっとした格好をした初老の男性が立っていた。あまりにもしっかりと目を見てくるので、思わず眉をしかめてしまう。
「このへんの子じゃないね。どこから来たんだい」
「○○から来ました」
柔らかい物腰ながら毅然とした対応だった。地元の方か、と少し警戒心を緩める。
「もしかして、シシサマ……かい?」
「え、そうです。なんで分かったんですか?」
二人はぎゅっと手を握り合う。期待の眼差しを男性に向ける。ここで合ってるんだ! と、心が跳ねる。
「はっはっは!」
男性は朗らかに笑う。思わず黄瀬に視線を送ると、彼女も困惑しているようだった。
「もう君たちで何人目かな。すまないね、あれは私の作品なんだ」
「さく、ひん?」
「昔はまってね、作り物だよ。驚かせようと置いておいたら、噂になってしまったんだ。すごく怒られたよ」
黄瀬は明らかに肩を落としていた。謎が解明したのだ。喜ぶべきところだろう。
「もしかしてオカルトの類に興味があるのかい?」
「そ、そうなんです! オカルト部っていうのやってて」
黄瀬は落ち込んでいたのを一瞬で忘れたのか、熱のこもった説明を始めた。様子を眺めているうちに、彼女と初老の男性はすっかり意気投合してしまった。
「それは面白いね。君はセンスがある。私もね、そういうものには多少の心得があるよ」
黒川と名乗ったその男性は、にこにこと黄瀬の話を聞きながら時折彼女を褒める。黄瀬は大好きな話で盛り上がり、生き生きとして見えた。
「母もね、コレクターなんだよ。呪いのなんちゃらとか持って帰ってきちゃうんだ。いま家にいるから見に来てみるかい?」
だからだろうか。黒川のそんな提案に、黄瀬は二つ返事で賛成した。
「黄瀬、何言ってんの? 知らない人のうちなんて行くわけないじゃん!」
黄瀬を小突きながら小声で咎める。
しかし黄瀬はあっけらかんとこう言った。
「あ、怖い? そしたら白井はここで待ってて大丈夫だよ」
なぜそうなるのだ。一人で行かせるわけにはいかない。しかし彼女を止めるのは至難の業である。ついて行くしかなかった。
黒川とかいうおじさんが、少しでも怪しい行動をすればすぐに逃げよう。この人のお母さんもいるらしいし、きっと何も起きない。
そう心の中で決め、二人について行く。
「縁側が涼しいよ。おいで」
年季の入った大きな家だった。表札に「黒川」とある。嘘をついてはいないようだ。
案内されたのは表からもよく見える庭。縁側に腰掛けるよう促された。ここなら外からも見えるし、すぐに逃げることも出来る。周囲を見渡しているうちに、黄瀬はもう縁側に座っていた。彼女に倣い、腰を下ろす。
少し待つと家の中から箱を抱えた黒川が戻ってきた。後ろに顔色の悪いおばあさんがついてくる。お辞儀をしているくらい腰が曲がっている。のっそりとした足取りに合わせ、手入れの行き届かない短い白髪が揺れていた。彼女が持つおぼんには三つ、麦茶の入ったグラスが乗っている。もう上手く力が入らないらしい。白井はお茶が振動しているのに気が付くと、慌てておぼんを受け取り礼を言った。
縁側には日が当たり、ぽかぽかと気持ちが良い。冷えた麦茶を口にし気持ちが落ち着いたのだろうか。思いがけず長旅で疲れていたのだろうか。ハッと目を開けた時には辺りがとっくに薄暗い。
しまった! バスの時間!
さっと血の気が引いた。
話に夢中の黄瀬がバスの時刻など気にしている訳がない。
「すみません、今何時ですか!?」
「おや、もう十六時だね。こんな時間か。随分話し込んでしまったようだ。バス停まで送ってあげよう」
「セーフっ! セーフだ! あと二十分、あぶなっ!」
心臓がバクバクと音を立てる。ギリギリだった。
見渡すと彼女が、黄瀬がいない。
「あの、もう一人の……」
「ははは。中にいるよ、新しい作品があるんだ。君も見ていくかい?」
まったく、初対面の人の家に上がり込むなんて! あとでよく言い聞かせないと。
「あ、いえ。ここで大丈夫です。黄瀬ー! ちょっと急いで、時間やばい!」
「……はーい」
奇妙な間を置いて返事があった。強い違和感が背を駆け、ひゅっと頭が冷たくなる。聞き慣れた声ではない。
落ち着けば分かる。自分があんな場所で眠るなんて、ありえない。ありえるはずがないのだ。
考えるより先に体が動く。
縺れる足をどうにか動かし、靴を脱ぎ捨てた。縁側の
「黄瀬!」「はーい」「黄瀬!」「はーい」「黄瀬っ!」
パンッ!
最後に開けた障子の部屋。見慣れた後ろ姿が座すのを認めて、体中の汗が吹き出していたことに気が付いた。いや、様子がおかしい。ふわふわの黒い髪の毛。自分と同じ制服。だが服はところどころ裂けており、赤黒く染まっている。伏せた顔が妙に床に近い。
「……はーい」
ちがう。腰が曲がっているのだ。しわがれた声。腰の曲がった老婆に、心当たりがある。
「はっ……はっ……」
呼吸が上手くできない。喉の奥がひゅうひゅうと鳴き声をあげる。
では親友と同じ髪型、同じ服装をした老婆の前に置かれているアレはなんだ。酷く乱れた布団の上に女性ものの下着が散乱している。さらにその上には恐ろしい形の花が咲いていた。目の前が霞む。頭が痛い。腹の底から何かがせり上がってくるのを感じる。
シシサマ。
二本の腕。二本の足。青白い。あざのように紫色になっている部分もある。赤黒い液体を雑に拭いて伸ばした形跡があった。茶と白を混ぜたような色が太ももに伝う。肩の部分と足の付け根が雑にくっつけられている。確かにそれは花のようにも見える。しかしまるで生命力が感じられない。腕と足の密着した部分に何かが乗せてある。メガネだ。メガネではないか。
「良い作品だろう」
「ひっ」
ぽん、と肩に手が置かれた。喉から反射的に搾り出された声に驚いたのか、黄瀬の服を着た老婆の肩がびくんと跳ねる。その拍子に彼女の頭から、ずるりとふわふわの黒髪が落ちた。彼女の白髪は赤黒く濡れ、ピンク色をしたかけらがまとわりついている。
いつの間にかすぐ隣には黒川が立っており、にこにことこちらを凝視している。まるで
ドッドッドッドッ。呼吸を思い出した途端、頭の中に心拍音が響く。口を抑えてしゃがみこむ。間に合わない。胃が痙攣し吐瀉物が止まらない。他人の家だというのに止められなかった。その匂いが生々しい匂いと混ざりさらに嘔吐を促す。涙が止まらない。体と心が拒絶を示し、目の前がちかちかと点滅する。
体の力が抜け抵抗も出来ないまま黒川の車に乗せられた。そしてバス停につくと黒川が助手席側のドアを開ける。上手く立てずにいると、無理やり車から降ろされた。地面に座り込み茫然自失する。縁側で脱ぎ捨てた靴は丁寧にスカートの上に並べられた。
最後にまた黒川が覗き込んでくる。にたぁ、と今日一番の笑みを見せて、車へと乗り込み去って行った。
やがてバスが来る。降りてきた運転手は白井の体を支えて立たせると、押し込むようにバスへ乗せた。慣れているのだろうか。
「一人だね? 本当に一人で帰るんだね?」
帰りたくない。彼女を置いていけない。頷けない。運転手は少し待つ。しかし返事をしないことが分かると、バスを発車させる。「旧校体育館前」の標識は、次第にちいさくなっていった。
シシサマ 蟹海豹 なみま @k_na2019
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