第四話 教祖の独白

 届きましたよ、やっと。はい、これで、完璧です。もう資料はありませんよね。はい、燃やしておきます。すべてなかったことにするんですよね。あそこはとても都合がよかったんですけど。病院だから、何があってもおかしくない、という妄想がよく回るでしょう。そこらへんは患者の想像力次第なんですけどね。いろんなことが起こるようにタイルにも細工して。大成功でしたね。計画通り行きましょう。

 私も正直、つかれていたんですよ。しかもあそこ心霊スポットじゃないですか。だから、人が度々寄りついて困っていたんです。まぁ、もうなくなるんですけど。幽霊、実は私も怖いんです。



 八枚目。最後の手記を、机の中央へと伸ばす。


9月1日 (日)


 「渦の道」に向けて。


 鬱憤。私は高ぶっていた。けだるげな日常に、何か変化がないかと。

 だから「渦の道」を作った。いたずらに、ただのいたずらだった。儀式のようなそれっぽいことをする。人を招き、心の弱った者の壊れていく様といったら滑稽なものだ。適当なことをいい、世の不平不満を正当化することにより、彼ら彼女は満足する。

 良いおもちゃが六つ見つかった。私は、彼らに儀式という名の監禁を行い、隠しカメラでずっと見て面白がっていた。多少の食材と水を与え、生き延びてもらった。何の意味もない採決を行い、少しの食塩水を注射する。要するに一般の病院でも行われる点滴だ。

 怯えた表情をする彼らは非常に面白かった。きっと、なにか危ない薬剤や、麻酔、麻薬とでも勘違いしていたのではなかろうか。一人、また一人と狂っていく様子は楽しかった。そして、最後に銃を渡して撃つ。あの時の再演だ。彼の表情と言ったらたまらなかった。まぁ、いい、手伝ってもらった人たちには感謝している。本当にありがとう。私は、拠点を移して別のことを行う。この楽しみは、私だけのものだ。誰にも邪魔されない。



 ここで手記は途絶えている。


「これは、挑戦状と捉えていいのか...」

「あ、あのこれ、なんですか」

「なんですかって、教祖と思われる手記じゃないのか」

「あの、すみません、お手洗いに行ってきます」

 鎌谷は言った。

「あ、どうぞどうぞ。そこを曲がって右です」

「ありがとうございます」


 彼女は、そう言って、その手記の裏に文字を書き始めた。


『実は、すみません、父は生きています』


 一息置いて、独白を始めた。固唾を飲む。


『最初の三枚は、後に出した四枚を模倣して作られた父の創作品です。四枚は本物で、父が実際に廃病院で見つけたものです』


 俺は固まる。ふと、耳がよくなったように閑静な場所だな、と再認識する。筆音だけが響く。


『本来の目的は、警察に、五年前に失踪した、母の事件を再び調べてもらうために作りました。もし、生存はなくても、その関係者らを捕まえることができたらと、考えていました。』


 かっかっかっと、ペンは静かに怒りを放つ。家は落ち着かなくなるほど静寂に包まれていた。


『ですが、この八枚目、私、入れてないんですよ、つまり、あなたたちどちらかが、教祖、または、関係者ですよね』


 草食動物のような震える手で書く彼女の独白は続く。


『父は今、後ろの植木鉢の中にある盗聴器で、私たちの会話を聞いていました。どちらですか?』

 汗が冷たい。彼女はにらみを利かす。その鋭さは肉食獣を思わせるほどのものだった。


「...」


『何とか言ってください』


「いやぁ、それにしてもこの事件むずいっすねぇ」

 素っ頓狂な間で入ってきた後輩に感謝し、彼は席についた。彼女は人差し指で紙に書いたメモをトントンっと、少し苛立ちを感じる強さで叩く。後輩はすぐに理解したらしく、形相を変えた。


「だから、先輩辞めるんですか」

「え?」

「このことを償うために辞めるんですか」


 まぁそういう風にとらえられてもおかしくはないか。どちらにせよ、反省しきった悪を盾に、それが辞める理由と解釈されるなら都合がいい。


「あぁそうだ」


「なんで、こんなことしたんすか」


「こんなのただの犯人のお遊びだ。もう、いいだろう」


「じゃあ、あの手記の蜂谷さんって、お母さま、じゃないんですか」


「恐らくそうだな。行方不明者は毎年、ここの区で頻繫に起こっていることを考えると、きっと巻き込まれたんだろう」


「きっと...なんでそんな冷淡に吐き捨てれるんですか」

 娘は怒り心頭といった様子だ。


「さぁ、警察だからじゃないか。俺はな」

 そう言い切ると、一息ついて、タバコを持つ。二人とも俺の行動が常軌を逸していることを理解すると、俺を警察官としてではなく、教祖として、恐れているように見えた。


 煙草に火をつける。深呼吸。吸って、


 すぅーっ。


 吐いて。


 ふぅーっ。


「もういいんだ、ただの遊びだった、だがもう疲れた。いろいろ綺麗に終わるかと思ったんだがな、どうせ逃げても無駄だろ。玄関に父親が待機している。だから、俺の後継者を見つけた。もう電話でいろいろ伝えてある。だから、俺を捕まえたところで、また似たようなことが起こる。後継者にすべてを託した。その紙も、机に散乱したときに紛れ込ませた。そしたら、バレちまった、くそ」


 俺は、独白を終えると、二人は息を吐いた。


「先輩、もう無理っすよ」

「なにが?」

「どんだけ反省しても、警察として生きるのが」

「そりゃそうだろう、こんなことしちまったんだ、もういいよ」

「あの時、銀行で一発ぶちかましたカッコイイ先輩はどこいっちゃったんですか...」

「さぁ...どこだろうな」


 外に赤い光と甲高い音で威嚇するパトカーが集まっている。父親が通報したのだろう。


「もう俺、警察官失格だろ」

「そりゃそうですけど、ですけど、もういなくなるんですね先輩、いや、教祖様、何か、言い残したことはありますか」


「そうだなぁ...後は任せた」


 鎌谷は静かに首を縦に振った。



 事情聴取中の先輩は静かで、質問に答え続けるただのロボットになってしまった。また、蜂谷さん誤通報は、この件で特別に帳消しとなった。父親は平謝りをしていたところが少しふふっとなってしまった。生きてたのならよかったが、後継者がいると供述しているため、まだ、終わっていない。先輩は、もう、いないのだ。だから僕が、この事件を解決するんだ。



 教祖様の引退は「渦の道」にとって、とても悲しいことであったが仕方がない。私がちゃんと引き連れて、活動を続けなければならない。あれからずいぶん長い月日が流れた。教祖様と一緒に、「遊び」をしていたことが懐かしい。教祖様の引退の舞台を用意するよう言われたのは急だったので少し焦ったが、なんとかなった。それにしてもあの茶番劇は、今思い返しても笑ってしまう。そして、託された私が、新しい教祖になった。


『教祖様、連れてきました。これで揃います。今回の六人目が』

 頭に袋を被せ、暴れている男が、信者たちによって取り押さえられている。

「どれ、顔を見せろ」

 袋を勢い良く取る。

「いりずみ区警察署の鎌谷だ!お前の目的はなんだ、こんなおもちゃの廃工場で、一体何を企んでいる!」

 侵入捜査にでも来たのか。残念だが、それは叶いそうにない。

「目的...」

 目的などない、これは教祖様のただのお遊び、それをあの世で見ていただけるだけでいい。

「...すぐに準備に取り掛かれ」

『はい』

 信者は彼に注射をする。

「おい、はなせ!何をする気だ!よせ...」


 数秒後、彼は静かになった。睡眠薬が効いてきたようだ。これでいい、これでいいのだ。奥から、幹部が歩いてきた。


「教祖様、準備が整いました。」


「あぁ、もちろん。私は教祖様に『後は任せた』といってもらえたのだ、その責務を全うするまでだろう」


「了解です」


 それにしても、この白装束、重いな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

靴ひもはほどかれる にのまえ(旧:八木沼アイ) @ygnm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ