第11話


首に、なにか“重い違和感”を感じた。


ゆっくりと指を伸ばし、触れる。


──革。


革の感触。冷たくて、なめらかで、密着している。


私の首には、首輪がつけられていた。

そこから伸びた銀色のチェーンは、カチャリと音を立ててベッドの足に繋がっていた。


視界がぐらりと揺れる。


(……え?)


わからない。

状況が、理解できない。


「健志さん……?」


声が震える。


そのとき、リビングの奥から足音が近づき、健志さんが姿を見せた。


手にはカップ。

いつも通りのコーヒーの香りが、ふわりと漂った。


そして、彼は微笑んだ。


「おはよう、優さん」


変わらない、いつも通りのやさしい笑顔。

そして、私のそばにしゃがみ込むと、頭をやさしく撫でた。


なでる。

なでる。

愛しむように。

慈しむように。


「優さんは、いつまでもここに居るんだよ」


私は、喉の奥がひゅっと閉じるのを感じた。


「……健志さん……」


「僕が、君を海で拾ったんだ。

だから、僕のもの。

君はもう、どこにも行かなくていい」


また、撫でられる。


その手は、

やさしくて、包み込むようで、

だけど──ひんやりとしていた。


「……健志さん」


私は、自分でもわからない感情で震えていた。


恐怖か、戸惑いか、あるいは……喜びか。


「大丈夫。甘えていいんだよ。泣いてもいいんだよ」


その言葉を聞いた瞬間、全身にゾクゾクとした震えが走った。

愛の言葉のはずなのに、なぜか全身が粟立つ。



でも……

体は、ほんのりと色づく。


だって、健志さんの手が、

私の髪を、頬を、首筋を、

やさしく、何度も撫で続けている。


──その手が、気持ちよかった。


本当は、怖いはずなのに。

異常だとわかっているのに。


撫でられるたびに、頭がぼんやりとして、

心がふわふわとほどけていく。


私は、彼の猫になっていく。


可愛がってもらって、

撫でられて、

抱きしめられて、

安心してお昼寝をして──


彼の世界の中で生きていく。


「大切な優さんが、傷つかないように……

繋いだんだよ」


健志さんが、今にも泣きそうな目で、やさしく微笑んだ。


その姿を見たとき、私はすべてを悟った。


ここから、もう出られない。

そして、私は──出たくない。


だから私は、

昔から口癖のように言ってきたあの言葉を、もう一度、口にする。


「……私は平気だから。気にしないで」




 


──【おわり】──


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撫でる ~その手は優しい~ 安里海 @35_sango

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