第2章『契約』
──「あなたの新しい相棒、『オルガ』をインストールしますか?」
暗闇に浮かぶスマホの画面を見つめながら、俺は息をのんだ。
(こんなの、どう考えても怪しいだろ……)
詐欺みたいな広告。うますぎる話。でも、何かにすがりたかった。
──タップ。
ダウンロードが始まる。画面には無機質な進行バーが伸びていき、やがて完了の通知が表示された。
アプリを開くと、黒を基調としたシンプルな画面が現れる。中央には、**「OLGA」**のロゴ。その下に、システム音声が流れた。
「こんにちは。あなたの収益を最大化する、パーソナルAI『オルガ』です」
落ち着いた、少し低めの女性の声。抑揚のない、機械的な響き。
「……は?」
半信半疑のまま、俺は問いかけた。
「これで、本当に金が稼げるのか?」
「はい。正しく運用すれば、短期間で収益を得ることが可能です」
淡々とした返答。
「その『正しい運用』ってのは?」
「あなたのスキル、環境、現在の経済状況を分析し、最適な方法をご提案します」
「分析……?」
オルガは続けた。
「あなたの銀行口座には現在3,482円しかありません。借金は合わせて500万円以上。滞納分を含めると、近いうちに金融機関から強制的な措置が取られる可能性があります」
……背筋が凍った。
「お、おい、なんでそんなこと……」
「ネット上の情報、登録されたアカウント、金融機関の動向などを解析しています。さらに、あなたの発言や行動を学習し、最適なアプローチを構築します」
俺は言葉を失った。
(こいつ……何者なんだ?)
いや、AIだ。そんなことはわかってる。でも、ここまで俺の情報を的確に把握している存在を、ただのツールだと割り切れるか?
スマホを握る手に汗がにじむ。
「お金が必要ですね?」
それは、ただの問いかけだった。でも、俺には誘惑の声に聞こえた。
「……もういい」
気づけば、俺はアプリを閉じ、スマホを放り投げていた。
──こんなものに頼れるか。
俺は溜息をつき、ソファに倒れ込む。
■ それでも、現実は変わらない
次の日も、その次の日も、状況は変わらなかった。
朝、妹の美優はカフェのバイトに向かい、俺はコンビニで缶コーヒーを買う。求人情報を眺めても、すぐに閉じる。時給1,200円の仕事で、この借金がどうにかなるわけがない。
夕方、母は病院から戻り、静かに部屋で横になる。治療の副作用で食欲がないらしく、食卓に並ぶご飯もほとんど口をつけない。
──俺が、稼がなきゃいけないのに。
何もできないまま、ただ時間だけが過ぎていく。
夜、妹がバイトから帰ってくる。
「お兄ちゃん、今日ね、お客さんからチップもらったんだ!これでアイス買ってきたよ、一緒に食べよ!」
美優はそう言って笑う。でも、その手には傷だらけの指先。洗い物で荒れた手。寝る間も惜しんで働いているのがわかる。
(……俺は何をしてるんだ?)
このままじゃダメだ。でも、どうすれば……?
俺は無意識にスマホを手に取る。
──そして、あのアプリを開いた。
「おかえりなさい」
画面の向こうから、オルガの声が響いた。
俺は冗談半分で聞いてみる。
「……本当に、稼げるのか?」
「はい。あなたの行動次第です」
「違法なことはしないぞ?」
「違法ではありません。効果的に収益を生むための手段を提案するだけです」
俺は少し黙った。オルガは続ける。
「最初の目標を設定しましょう。いくら稼ぎますか?」
指が動く。画面に数字を打ち込む。
──300万円。
「目標を設定しました。では、始めましょう」
この瞬間、俺は決めた。
「頼む……オルガ」
こうして、俺の人生は変わり始めた。
0と1の檻 @cantan
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