しばしの夢
錦木
しばしの夢
縁側に座って団子をむしって食べた。
今宵の月はことさらに美しい。
美しい夜空を見上げながら呑む酒は美味いと思った。
独り暮らしは気楽でいい。
天下無双の剣豪と呼ばれて久しい。
先の戦では敵なしだった。
だが戦が終わった途端お役御免とばかりに寄りつくものはいなくなった。以来、屋敷で独りで寝起きしている。
ひん、とその時か弱い鳴き声がした。
「お前、また来たのか」
貧相な茶色の犬だ。
最早、家に寄りつくのはこの犬だけになった。
余り物の飯をやると美味そうに食う。
「そろそろ引き上げるかな」
酒瓶と盃を適当に板の間に放る。
布団を敷いてそのまま眠りについてしまった。
朝になり目が覚めると眩しい光の中にいた。
「なに、お前大丈夫?」
極彩色の服を着た
なんだ?女神か?
酒を呑みすぎて幻が見えているのかと思った。
「こんなに汚れて……。おいで」
そう言って私を運ぶ。
運ばれている?
鏡があったので見ると私はあの貧相な犬になっていた。
……これは夢だ。夢に違いない。
誰かが女子を遠くから呼んだ。
女子は私を下ろす。
「待ってて。ダンスの時間だわ」
そう言うと不可思議な動きで女は体を動かしはじめた。
踊り……。
白拍子か。
一度舞っているのを見たことがあるが見事だった。あの
思えば独り暮らしが長すぎた。
だからこのような夢をみるのだろう。
新しい出会いを得るためには自分で踏み出さねばならないという啓示か。
こうしてはいられない。早く目覚めなければ。
背を向けて歩き出そうとすると女子に声をかけられた。
「待って」
女子は私の首輪に何かをつけた。
「へへ。犬のストラップ。お前にそっくりで可愛いでしょ?」
鏡の中の私の首に犬の根付けがついている。
私は女子に礼を言った。
『
気がつくと布団の中で横になっていた。
まだ夜は明けてないようだ。
しかし不思議な夢だった。
いや。固い感触が手の中にある。
これは……。
私は目を見開いた。
犬の形の根付けが手の中にあった。
「すとらっぷ、か……」
ふむ、と顎に手を当ててそれを農作業の鍬につける。
庭に茶色の犬が来て興味深げに見ていた。
「なかなか良いだろう」
ひん、と返事をするように犬が鳴いた。
しばしの夢 錦木 @book2017
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